旅の始まり
街道に出ると、空気が少しだけ賑やかになる。
人の行き来、馬車の音、遠くから聞こえる呼び声。
「いやあ助かるよ、若い子が来てくれて!」
荷馬車の御者台で笑うのは、今回の依頼主――行商人のガルドだ。
日に焼けた顔に、人懐っこい笑み。
いかにも“旅慣れてます”という雰囲気の男だった。
「任せてください!」
セイラは元気よく胸を叩く。
「ちゃんと護衛、務めますから!」
「おう、その意気だ!」
ガルドは豪快に笑い、手綱を軽く鳴らした。
オーウェンが亜竜を討伐した翌日、セイラは行商の護衛依頼を受けることを決めた。
オーウェンはもしかしたら、もっと派手な依頼の方が良かったのかもしれないが、彼が「セイラが選ぶ依頼ならなんでもいい」と言うのだから、セイラはそこの所は気にしないことにした。
街から街を移動する行商の護衛をすれば、様々な場所を訪れることができて、お金も貰える。ただ、魔獣や野盗の危険性はあるため、セイラ単独では受けられなかった依頼だ。
だが、オーウェンと一緒であれば、問題なく受注できる。セイラは利用できるものは利用しようと、オーウェンのことを受け入れ始めていた。
馬車がゆっくりと進み出す。
その横を、セイラはきびきびと歩く。
周囲に目を配りながら、時折振り返って荷台の様子も確認する。
――護衛として、ちゃんと。
(やるって決めたんだから)
足取りに自然と力が入る。
そんなセイラの後ろを、オーウェンは気の抜けた様子で歩いていた。
「……なんか、楽しそうだね」
「楽しいですよ!」
即答だった。
「こういうの、初めてですし」
街の外へ出て、依頼を受けて、誰かの役に立つ。
全部が新鮮で、胸が弾む。
「へえ」
オーウェンは小さく笑う。
「そっか」
それだけ言って、また前を向く。
その横顔は、どこか穏やかだった。
――その日の夕方。
一行は目的地の手前の、小さな街に立ち寄った。
ちょうど祭りの日らしく、広場は色とりどりの布と灯りで飾られている。
「お、運がいいな!」
ガルドが声を上げる。
「今日は泊まるぞ。せっかくだ、楽しんでいけ!」
「いいんですか?」
「護衛だって息抜きは必要だろ」
にやりと笑われて、セイラは少しだけ迷い、
「……行ってきます!」
結局、我慢できなかった。
広場には屋台が並び、香ばしい匂いが漂う。
甘い菓子、焼いた肉、見たことのない料理。
「これ、なんだろ……」
目を輝かせながら見て回るセイラの後ろを、オーウェンがついてくる。
「食べてみれば?」
「え、でも……」
「ほら」
気付けば、代金はすでに払われていた。
「えっ」
「どうぞ」
差し出される串焼き。
あまりにも自然な流れに、セイラは一瞬ぽかんとする。
「……ありがとうございます」
一口かじる。
肉汁がじゅわっと広がる。
「おいしい……!」
思わず顔がほころぶ。
その様子を見て、オーウェンは小さく目を細めた。
「よかった」
それだけで、満足そうに。
(……なんでだろ)
その表情に、少しだけ違和感を覚える。
優しいのは、わかる。
でもそれ以上に――
“見ているだけで満たされている”みたいな。
そんな空気。
言葉にできないまま、考えが途切れる。
「次、あっち見ていいですか?」
「いいよ」
すぐに返ってくる肯定。
まるで最初から、全部許されているみたいに。
その夜。
宿に戻ると、ガルドが酒を片手に笑った。
「どうだ、楽しんだか?」
「はい!」
セイラは即答する。
「すごく賑やかで……料理もおいしくて」
「だろう?」
ガルドは満足げに頷いた。
「こういうのがあるから、旅はやめられねえんだ」
その言葉に、セイラも強く頷く。
――翌日。
再び街道を通り、森へと差しかかったあたりで、気配が変わった。
「……止まってください」
セイラが低く言う。
ガルドが手綱を引いた。
「どうした?」
「誰か、います」
道の脇。
木々の影。
息を潜める気配。
数は――三。
(野盗……)
セイラは剣に手をかける。
心臓が、少しだけ速くなる。
けれど、怖くはない。
(やれる)
そう思えた。
「オーウェンさん」
「うん」
「手、出さないでください」
振り返らずに言う。
「今回は、私がやります」
一瞬の沈黙。
それから、
「……わかった」
あっさりと返ってきた。
それが逆に、少しだけ意外だった。
次の瞬間。
野盗たちが飛び出してくる。
「荷を置いていけ!」
叫び声。
同時に、セイラは踏み込んだ。
先手を取る。
最初の一人の懐に入り、剣を振るう。
鈍い衝撃。
相手が崩れる。
(あと二人!)
横から来る攻撃を受け流す。
体勢を崩した隙に、足を払う。
倒れたところに、剣を突きつける。
「動かないで!」
残る一人が、動きを止めた。
仲間がやられたことで、戦意が削がれている。
「くそ……!」
舌打ちとともに、逃げ出す。
追わない。
十分だ。
静寂が戻る。
「……終わりました」
剣を下ろす。
呼吸が、少しだけ荒い。
でも。
(できた)
自分で。
ちゃんと。
「おお……!」
ガルドが目を丸くする。
「やるじゃねえか嬢ちゃん!」
「ありがとうございます」
ほっと息をつく。
そのとき。
「うん、いい動きだった」
すぐ後ろから声がした。
振り向く。
オーウェンが、いつもの調子で立っている。
「危なげもなかったし」
「……見てたんですか」
「ちゃんとね」
軽く言う。
その言葉に、少しだけ胸が温かくなる。
けれど。
「一応、危なくなったら止めるつもりだったけど」
続けられた一言に、思わず眉をひそめる。
「……やっぱり、手を出す気だったんじゃないですか」
「だって護衛だし」
悪びれもなく言う。
「君が怪我するのは嫌だからね」
あまりにも自然な言い方に、言葉が詰まる。
責めたいわけじゃない。
でも。
(信用、されてない……?)
そんな考えが、一瞬よぎる。
オーウェンは、そんなセイラの表情を見て、
「でも、出さなくてよかった」
ぽつりと付け加えた。
「ちゃんとできてたから」
その言葉に、胸の奥が少しだけほどける。
褒められた。
ちゃんと見てくれていた。
――それなのに。
(なんだろう、この感じ)
嬉しいはずなのに、少しだけ引っかかる。
まるで最初から、
“失敗してもどうにでもできる”前提で見られていたみたいな。
その距離。
その余裕。
――埋まらない差。
セイラは、気付かないふりをして前を向いた。
「……行きましょう」
馬車が、再び動き出す。
その後ろを並んで歩きながら、
セイラは小さく息を吐いた。
楽しい。
ちゃんとやれてる。
役に立ててる。
それでも。
隣にいるこの人との間にある“何か”だけが、
まだ、うまく掴めなかった。




