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紅い輝きの中の攻略【ワンガル】#13[後編]

 アリシアのドット絵が3マス目に移動する中、星はステータスボードに目を落とした。2マス目から3マス目までの距離は少しだけ開いており、移動にはいつもより時間がかかる。かつてルビーの採掘をしていた鉱山というだけあって、今回のマップはこれまでに比べて広かった。


「ここまでアップランクの魔獣との戦闘になりましたが、少女たちの熟練度の高さが伺えますね」

『少女たちは上級ダンジョンにも攻略に入ったことがあります。中級になったと言っても、さほど苦労することはないでしょう』

「悪質な魔力は他の地点に流れることはないのでしょうか」

『放置し続ければダンジョン中に広がるでしょうが、ダンジョン内は風がありません。広範囲に充満することはないと思われます』



***

[エアロゾル感染みたいなもんか]

[充満したらガスマスクが必要になるな]

[俺らだったら簡単に死ぬんだろうな]

[弱体化だけで済むのが戦闘少女]

***



「さて、アリシアちゃんが3マス目に到達したようです」



 ――【 魔力感知 発動 】



「魔力感知となりました」

『悪質な魔力が検知されましたね』


 画面上にポニーの目元がカットインする。このカットインの瞬間、視聴者も湧き立つ。カットインが好きなのはどのオタクでも同じだよな、と星はそんなのん気なことを考えていた。



 ――【 空間駆除(エリアクリーン) 完了 】



***

[この演出かっこいいな~]

[ワンガルはとにかく演出がカッコいい]

[瞬きしちゃったー]

[ポニーちゃんがメインになるの、なんだかんだ初めてなんちゃう?]

***



 ――【 敵影アリ 】

 ――【 索敵開始 】



「今回の攻略では、ポニーちゃんの魔力消費が気掛かりですね」

『戦闘での出番を少なくする作戦を執っていますが、まったく手を出さないわけにはいかない場面もあるでしょう。回復薬を適切に使用しましょう』



《 索敵完了! 前方に二体、後方に二体! 戦闘開始します! 》



「さあ第三戦。前方から飛び出すガットとドゥーンはエーミィ、アリシアの速攻に倒れます。後方のレガシー二体はモニカの速力に追い付けず! 瞬きする間もなく、戦闘少女の完全勝利となりました」

『二体掛かりでもモニカちゃんに追い付くことはできないようですね』



《 戦闘終了、ですね。お疲れ様でした 》



 リザルト画面に、モニカのランクアップが表示された。これまでのダンジョンでは一度もランクアップしなかったことを鑑みるに、中級のダンジョンは確かに難易度が上がっているらしい、と星は考えた。それでも、戦闘少女が苦戦することはないと断言できる。それは少女たちの戦いぶりが証明していた。



***

[少女たちの勝利ボイス、密かな楽しみ]

[モニカちゃんのレベルが上がったな]

[やっぱり経験値がいつもより多いってことか]

[さらに強くなれるってすごいな。天井知らずなのかな]

[上級ダンジョンもクリアした実績があるからなー]

***



 星はステータスボードに目を走らせる。レディは落ち着き払い、惣田と青山も戦いを静観している。コメントも安定していた。いまのところ異常はないようだ。


「ポニー、魔力の回復薬を使ってくれ」



《 かしこまりました! 》



 中級ダンジョンに「悪質な魔力」という変化が加わっても、上級ダンジョン攻略の実績を持つ少女たちが苦戦することはない。少女たちの自信は星にも伝わっている。

 星が次の指令を下そうとした瞬間、ピー、と甲高い音が鳴った。



 ――【 緊急感知:敵影アリ 】



 リトの“接近感知”の音だった。このマスでの戦闘はすでに終えている。異例の出現を告げる音だ。

 少女たちがそれぞれの武器を手に警戒する中、巨大な影が姿を現す。それは頭が花びらで、ドレスを身に着けた人型。ケタケタと笑うその魔物に、星もレディも息を呑んだ。


「パルツーダ……!?」

『どうしてここに……!』



***

[パルツーダって、前のダンジョンのボスだったモンスターじゃん!]

[ここってダンジョンの一番奥じゃないよな]

[どういうこと!?]

[野良にボスモンスターなんて、あり得るのか?]

[探査機では感知されなかったんか?]

[てかヤバいじゃん!]

[こんなとこでボスモンスターと戦うのかよ!]

[まだ一番奥にここのボスモンスターがいるのに!?]

***



《 司令官、緊急作戦のご許可を! 》



 アリシアの声は落ち着き払っている。少女たちは力強い瞳で、あり得ないはずの魔物の出現を見据えていた。ここで司令官が躊躇うわけにはいかない。



「戦闘を開始してくれ」



《 はい! 緊急作戦を実行します! 》



 星の心配はリトとポニーだった。このダンジョンのボス「ラカント」を見据え、悪質な魔力に対処するための編成である。パルツーダの戦闘スタイルは魔法。中盤のリトと後衛左前のポニーに攻撃が及べば大きく損傷する。以前のパルツーダ戦ではリトの結界でリト自身とポニーを保護していた。今回、後衛左後ろにモニカがいるため、リトとポニーは扇状に広がらなければならない。距離が空いては、リトの結界はポニーに届かなくなるのだ。星とレディには、リトとポニーの中破を覚悟しなければならなかった。


「さあ異例の戦闘となりました、パルツーダ戦。アリシアとエーミィが特攻を仕掛けます。パルツーダは軽々と躱し、リトに雷撃を落とした! リトの結界を破るモンスターはいない!」

『パルツーダは速力の高いモンスター。以前に戦った個体より能力値は上がっていると考えると、エーミィの速力で追いつけるか心配なところです』

「パルツーダがつるを伸ばす! ポニーに向けられた攻撃はモニカの速攻に落とされた! 隙を見逃さないアリシア・モーメント! 魔弾は効果が抜群だ!」

『パルツーダはリトとポニーがウィークポイントだと気付いているようですね』



***

[月輔もレディさんもいつも通りにやってるけど、ハラハラして見てらんない]

[少女たちを信用してるから冷静でいられるんだろうな]

[司令官が冷静さを欠いちゃいけないもんな]

[みんな頑張れ~!]

***



「黙っていないエーミィ・ポンド! 鍛えた瞬発力でパルツーダに迫る! 踊るように躱すパルツーダに、ポニーの流星弾が撃ち込まれた!」

『良い連携です。互いを補い合って――』


「おいおい、なんだこりゃ」


 思わずといった様子で声を上げる惣田に、星は瞬時に配信用のマイクを切る。惣田はステータスボードを星に見せた。


「見てみろ。このモニカちゃんのゲージ。こんなゲージ、いままで見たことないぜ」


 それは橙色のゲージで、特異攻撃のゲージとはまた別のものだった。



***

[いまの、もうひとりの司令官かな]

[何があったんだろ]

[悪いことじゃないといいけど]

[このあいだの読み役の人と違うタイプの良い声だったな]

***



「レディさん、これは……」

「私も初めて見ます。ですが、このまま戦いに集中したほうがいいでしょう」

「はい」


 星は配信用のマイクをオンにする。星たちがステータスボードを確認しているあいだも、少女たちは見事な立ち回りで戦闘をこなしていた。


「さあ、手元のステータスボードではパルツーダのHPは残り三分の二。まだまだ硬いですね」

『前回の戦いより育成具合が上がっていると考えられます。その分、装甲も厚くなっているでしょう』

「次の主戦のために余力を残したいところですが、どうやら厳しい戦いのようですね」

『この戦闘が終わったら一度、帰還することも考えたほうがいいかもしれません』


 リトとポニーに攻撃が向くたびに、モニカが俊足を活かしそれを防いでいた。ステータスボードを見ると、攻撃を弾くごとに橙色のゲージが増えていく。それと同時に、リトとポニーの特異攻撃のメーターが徐々に上がっていた。

 何かが起きようとしている。その期待と不安が星の中で入り混じり、実況が疎かになっていた。



***

[月輔、実況どころじゃないって顔してるな]

[俺もドキドキしてる……]

[苦戦してるようには見えないけど、まだ三分の一か……]

[みんな頑張ってくれ~!]

[モニカちゃんの行動範囲が広すぎて惚れ惚れする]

[今回はモニカちゃんがMVPだな]

[さすモニ]

***



《 エーミィ! 》



 アリシアが緊迫した声を上げる。攻撃を繰り出したエーミィの着地地点にパルツーダのつるが集中していた。エーミィは体勢が整わないままルーンアックスを振るが、すべてのつるを排除することができず、肩口や足をつるの棘が切り裂いた。



《 リト! モニカ! いきますよ! 》

《 オッケー! 》

《 はい! 》



 凛とした声を張り上げるポニーが、リトとモニカの応答を受けて矢を番える。それと同時に、モニカの橙色のゲージが光を放った。


「これはいったい、何が起きようとしているのでしょうか!? ポニーは流星弾を構えている! しかし、その矢尻はリトに向けられているぞ!」



***

[えっなになに!?]

[何が起きるん!?]

[連携技か!?]

[三人連携!?]

[これは特異攻撃・改か!?]

[いけー!]

***



「パルツーダが攻撃の匂いを感じ取る! しかし、アリシアの連射がその動きを止めているぞ!」

『目にも留まらぬ早撃ち! さすがアリシアちゃんです!』

「さあ、ポニーが流星弾を放った!」


 ポニーから発せられた光の矢を、リトが杖で受け止める。それは杖を包んでより大きな光となり、風を纏うように渦を巻く。リトが杖を振り上げると同時にモニカが地を蹴った。リトの杖から放たれた光がモニカを包み、刀身が藤色に輝いた。



《 奥義! 觜宿の斬撃ブライトリー・ブラスター! 》



「決まったァー! モニカ・ソードマンの新技! パルツーダは真っ二つだ! 戦闘少女の美しい勝利を飾りました!」

『さらに新技を編み出すなんて! 戦闘少女から目が離せません!』



***

[決まったァー!]

[奥義!? 特異攻撃じゃなく!?]

[ここへ来て新技たまらねえー!]

[ふたり連携で特異攻撃・改、三人連携で奥義なのかな?]

[これからも目が離せないな]

[他の子の奥義も見てえー!]

***



「みんな、お疲れ様。素晴らしい連携技だったよ」

『とっても頑張りましたね。花丸です!』



《 ありがとうございます 》

《 なんとかなったねえ~ 》

《 咄嗟でしたけど、上手くいって安心です! 》



「エーミィは大丈夫か?」



《 ええ、ちょっと怪我しただけよ 》



 星はアリシアの肩を借りるエーミィのステータスを見る。画面の一部に「小破」のマークが表示されていた。


「今回はここで引き返そう。随分と消耗してしまった。一旦、基地に戻って立て直そう」



《 はい。帰還します 》




 戦闘少女たちの姿が画面から消える。「戦線離脱」の判定になり、基地に送還されたのだ。


「はい。今回は異例の戦闘となりました。レディさん、どう見ますか」

『明らかなダンジョンの変化ですね。まさかここにパルツーダが出現するとは……』

「パルツーダは一度、討伐しています。主級の魔物が再出現することはあるのですか?」

『通常ではあり得ません。このダンジョンの変化……悪質な魔力が生み出したのでしょう。この先もまた同じことが起きる可能性を考えたほうがいいかもしれません』

「はい。では、今回はこの辺で。次回は主戦となります。充分な準備期間を設けようと思います。次の配信についてはSNSでご確認ください。では、お疲れ様でした」

『お疲れ様でした~』



***

[おつ!]

[ええもん見たな]

[みんな、よく休んでね~]

[エーミィちゃんは大丈夫かなー]

[あのエーミィちゃんが簡単に折れるはずがない]

[次回も楽しみにしてる!]

***



 配信を止め、星は大きく息をついた。レディは優しく微笑み、お茶を淹れに立ち上がる。惣田と青山も安堵の表情を浮かべていた。


「しっかし、驚いたな。まだ新しい技が使えるなんてなー」

「特異攻撃のチャージを利用すれば、連携技はまだ増やせそうだね」

「パルツーダの出現は驚いたけど……」


 星は呟きつつ、いつも通りダイニングテーブルに移動する。惣田と青山もいつもの席に着いた。


「これからもそれが起こる可能性は頭に入れておいたほうがいいね」

「厄介だなー。主戦に入る前に主級と戦うことも想定すると、何回も同じダンジョンに入らないといけなくなるってことだよな」

「少女たちの安全のためにはそうするしかないよ。深く傷付く前に撤退しないと」

「慎重な作戦が必要になります。撤退を躊躇う必要はないでしょう」


 レディが三人の前に湯呑を置く。レディがいつの間にか用意していた揃いの湯呑だ。


「次は主戦だ。万端に準備しようぜ」

「もう一度、探査機を入れるといいかもしれないね。また魔獣が復活していることもあるかもしれない」

「そうですね」


 惣田と青山もしばらく少女たちの帰還報告を待ったが、エーミィが小破したためか、なかなかホームに少女の姿は映し出されなかった。少女たちの無事を確認したら連絡する、と約束してふたりは帰って行った。

 ダンジョンの難易度が上がるにつれ、少女たちが工廠に入る時間も長くなっている。星とレディは、工廠の強化を話し合った。聖霊たちの助言が必要になった頃、ホーム画面に動きがあった。


『司令官、レディ様! ただいま帰還しました!』


「アリシア、お疲れ様。エーミィは大丈夫か?」


『だから大丈夫って言ってるじゃない。心配しすぎだわ』


 画面外からエーミィのつんとした声が聞こえ、アリシアが困ったように笑う。


「今回は厳しい戦いだったな。新しい技が使えるなんて、驚いたよ」


『それは私も同じですね。モニカから連携技のイメージが伝わって来たとき、確実に熟練度が上がっているのを感じました』

『特異攻撃も、もともとはモニカが考案したのよね』


「そうなのか……。次は主戦だし、また連携技が必要になると思う」


『はい。私たちも作戦を考えておきます』

『あたしに汚名返上の機会を与えてほしいわ』


「汚名なんてない。勲章を贈ってもいいくらいだよ」


『ふん。フォローとしてはまあまあね』

『では、作戦会議、お願いいたします。司令官とレディ様も、よくお休みになってください』


「うん、ありがとう。また明日」


『はい! おやすみなさい』

『おやすみなさーい』


 ホームとの通信が切れると、星はまたひとつ息をついた。司令官の荷が重くなってきたように感じる。


「星さん、もうお休みになってください。作戦は私が考えておきます」

「お言葉に甘えさせてもらいます。レディさんも、適度に息抜きしてくださいね」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 寝室に引き上げ、ベッドに潜る。寝入るまでのあいだ、星は次の主戦のことで頭がいっぱいだった。それでもすぐ睡魔に引き摺り込まれたのは、星も同じだけ疲れているということなのだろう。




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