掴んだ幸せ
いよいよ始まった社交界シーズン。
私はデビュタントとして王城の舞踏会に参加する。
「これでやっと家族全員で参加出来るな」
おじい様がとても嬉しそうに言った。
「ふふ、ルーチェとオスクリタも参加できるしね」
お母様が二匹を撫でる。今日も二匹はお互いの色の蝶ネクタイをしている。
私はお父様とお兄様が吟味して選んだドレスを身に纏っている。薄めの金の生地で出来ているドレスに、所々黒の差し色がある。本当はラフィ殿下がまたドレスを贈ると言ってくれたのだけれど、二人に負けたらしい。
せめてと贈ってくれたのがブラックダイヤモンドが連なるネックレス。中心は大きなピジョンブラッドルビー。もう着けるのが怖いくらい高そうだ。それでもラフィ殿下の色を纏っている事が嬉しい。
そうこうしているうちに、私たちが入場する順番が回ってきた。
「さ、行くぞ」
お父様の声と共に歩き出す。物凄い視線を感じるけれど、なんでもない事のようにしっかり顔を上げて笑顔で歩く。
無事に終わった時にはほっと息をついた。
「ふふ。皆、この子達に釘付けだったね」
お兄様が二匹を抱いて笑っていた。私はそれどころではなかったから気付かなかったけれど。
最後に国王とラフィ殿下、バイアルド殿下が入場していよいよ舞踏会が始まる。
「皆の者、今年もまた社交界シーズンが始まった。これからはあちらこちらで開催されて忙しくなるだろう。王城での舞踏会は最初と最後の2回が通常だが、今年は1回増える事になる。少し早いが我慢できそうもないので言ってしまうが……この度、我が息子のラファエロとオリヴィエーロ家のエリーザ嬢の婚約が決まった。近いうちに婚約発表の宴を開催するからそのつもりで……殺気を飛ばすな、グアルティエロ」
国王様のフライングで笑いに包まれ、無事、社交界シーズンが始まった。
ファーストダンスをお兄様と踊り、次はお父様と踊る。
「くそっ、あのへぼ陛下め。先に言ってしまえば覆らないと思いやがって」
文句を言いながら踊るお父様に笑ってしまう。
「あのね、お父様」
そんなお父様を宥めるように、少し甘えた声で呼べば、途端に目尻を下げて私を見つめるお父様。
「ん?どうした?」
「あのね、例えラフィ殿下に嫁いだとしても私はずっとお父様の娘よ。それにね、王城勤めのお父様とはきっと毎日会えるわ。だから私は嬉しいの。他の貴族に嫁いだらそんな簡単には会えなくなるでしょ、ね」
少し首を傾げて言えば、泣きそうな顔になったお父様。
「そうか、そうだよな。毎日きっと会える。よし、それなら素直に認めてやろう。国王はあとでぶちのめすがな」
「ふふ、お父様ったら」
二人でひとしきり笑った後、お父様が優しい表情で言った。
「私は今、とても幸せだよ。美しい妻と娘がいて、頼もしい父と息子がいて。それから神獣たちまで。この世界できっと一番幸せだ。そう思う」
「お父様……」
「そしてこの幸せはこれからもずっと続いて行くんだ。これからもずっとな」
ふと、私の目から涙が零れた。これは勿論、うれし涙だ。
「私はこれから先も、おまえ達と共にいる。何があっても守ってみせる。だから安心しておいで、エリーザ」
私の涙をキスで掬い取ってくれたお父様。ちょうどここで曲が終わった。
「さ、次はじいさんだ。目が回らないようにな」
おじい様とのダンスはほぼ、足が地に着かずに終わった。ずっと抱き上げられて回っていたからだ。それがとても楽しくて、周りの皆も笑っていた。
流石におじい様の後、すぐにダンスは無理と思い、端へと移動するとスッと腰を抱かれた。
「じいさんのは最早、ああいう乗り物だな」
「ラフィ殿下」
「疲れたろう。少し外の空気に当たらないか?」
テラスから外に出ると、少し冷たい風が心地良かった。
「風邪引いたら大変だからな」
ラフィ殿下が自分の上着を私の肩にかけてくれる。
「これではラフィ殿下がー」
そう言って見上げた殿下の肩には、二匹の生きたマフラーがあった。
「俺は暑いくらいだぞ」
「もう、ふふふ」
外から中の様子が見えた。お兄様はご令嬢方に囲まれている。お父様も同じく囲まれているが、年齢の幅が大きい。ご年配のご婦人からうら若きご令嬢まで。お母様は他のご婦人たちと楽しそうに笑い、おじい様は物凄い勢いで飲んで食べていた。
見ていて自然に笑顔になる。
「リーザ、幸せか?」
「はい、とっても」
「俺も幸せだ。これで婚約も覆ることはないだろうしな」
いたずらっ子のような笑みを浮かべるラフィ殿下。
「これからもっと、幸せになろうな、こいつらと一緒に」
二匹を撫でながら極上の笑顔で言う殿下に
「はい」
私も極上の笑顔で返した。
キョロキョロと辺りを窺うラフィ殿下に首を傾げると、一瞬のうちに殿下の顔が私の目の前に来た……と思ったらそっと口づけを落とされた。
咄嗟の事でびっくりしている私を笑いながら
「愛してる」
耳元で囁いて、抱きしめてくれた。
『ズルい!僕もする』
ルーチェは殿下の肩から私の胸に飛び込んで、私の口をペロッと舐めた。
『俺だって!』
オスクリタも殿下の肩に乗ったまま、私の口をペロッと舐めた。
「おい、おまえら。俺のキスを上書きするんじゃない」
『エリーザは僕たちのだもん』
『そうだ、俺たちのエリーザだ』
「リーザはおまえ達のじゃないからな」
二匹の言葉がわかったように文句を言うラフィ殿下と、それに更に文句を言う二匹の姿に笑ってしまった。
ああ、私は本当に幸せだ。




