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山の主である狸

31        山の主である狸



超重力が生じているという死の峡谷を越えた俺とノワールだったが、いきなりの狸襲来に動揺を隠せなかった。

 もっともノワールが一番慌てている様子ではあるが、俺の頭に数秒手をかざすと、薄い膜のようなものが俺を包み込んだ。



「一応防御の支援だ。だが、飾りにしかならないだろうがな。無いよりはましな程度だ」


マジかよ。どんな化け物なんだよ狸って。

 ここまで慌てているノワールを見るのは初めてであり、ここまでノワールに恐怖を抱いたのも初めてだった。

最強のアンデッドの異名も持つノワールの力をようやく拝めることができとワクワクしてしまっている自分もいるのがスゴく残念だ(少年心)。


風向きが変わりだし、木々が騒いでるように音を立てる。

そんな中俺の視界を横切ったのは小さな黒い影だった。早すぎる移動速度に目が追い付かず、全く姿を見ることができなかった。



「来たか…………。ハルトよ、貴様はさっさと【硬化】を使うのだ。出し惜しみをしていたら命を落とす」



いやいや…………命を落とすって言われてももう遅いんですよ。でも俺はノワールの忠告通りスキル【硬化】を発動する。


(【硬化】!!)



パンパカパーン!ゴーストからメタルゴーストに進化しました!!

 ……………なーんて、寒いギャグをやってる場合じゃないですよね。心なしか、ノワールの目線がとても冷たかったような気がする。



ノワールはいつ襲い掛かってきても大丈夫のようにしっかりと構え、俺はノワールが守ってくれると信じてしっかりと背中に隠れる。お願いだからノワールの背中から闇討ちというのは止めてほしい。

一応自分でも警戒を怠らないようにするけど、目で姿が確認できないほど速く動く物体をどうやって仕留めるのだ?


「む…………?上か?」



目を細くして逃さないようにしていたのに、ノワールが一瞬にして狸の居場所を見抜いたらしい。上に向かってピストルの形をした指を向けてスキル【魔弾】をぶっぱなす。

 この間の童顔が放っていた魔弾よりも一回りほど大きい魔弾は、肉眼では見れないほどに加速をして木の上へと向かっていく。



「うぎゃぁぁぁぁ!!!」




……………あ、誰か死んだな。

魔弾が木の上に到達すると、間違いなく何かに当たったような鈍い音と叫び声が聞こえてきた。どうやら一撃で仕留めたらしい。

 この叫び声からすると大分いいところに命中したと見える。


「む?当たったが、何かおかしいな」



(なにがだ?もしかして幻影だったとかか?)


「山の主である狸がこの程度の一撃で殺られるわけがない。ましてや反撃してこないのはおかしいのだ」



言われてみると確かにそうだ。ノワールがここまで警戒しているのに魔弾一発で殺られてしまっては興醒めもいいところだ。

 幻影とまではいかないものの、油断をさせといて一気に襲ってくるのかもしれない。


(!!?)


なにかの気配を感じた俺は恐る恐る後ろを振り替える。

 するとそこにはさっきまでは居なかった地球にいる狸と変わらない外見をしている小動物が四足歩行で立っていた。


狸というよりはアライグマに近いようで、体長は30センチくらいだ。黒く針のように逆立っている毛と、鋭い爪は地球のアライグマとは少し違うかもしれない。一瞬反応が遅れた俺とノワールの事なんか見向きもせず、爪を立てた狸はこちらに襲いかかる――――――


「き、貴殿がハルニトル・ニランクニル・ドルゾエム・フィーレ・ノゼムリム・ハタストム殿でござるか!?どうか、我輩の仲間と森を助けてほしいでござる!!」



――――――こともなく、見事な土下座を俺とノワールに披露してくれたのだった。




※※※




「実は数日前に魔王がこの森を訪れたのでござる」



いきなり土下座をかましてお願いをしてきた森の主の詳しい事情を聞くために現在事情聴取中なわけであるが、ノワールはどこか上の空だった。ノワール自信も狸の強さに期待していたような節もあるし、いきなり土下座までされて頼み事をされるとは思っていなかったのだろう。

 今俺が思っているのは、一人称が『我輩』なのになぜ語尾が『ござる』なのかだ。


普通なら『拙者』という一人称で語尾に『ござる』をつけると思うんだけど……………気のせい?(ただの偏見)



「この森を訪れた魔王は『私の目的の手伝いをしろ』と言い張り、この森にいる魔獣たちを脅迫し始めたのでござる。断った者は超重力が生じている峡谷に突き落とされてしまうのでござる」


………あれ?もしかしなくても、この狸が言っていることは結構闇が深いのかな?魔王が現れて目的のために魔獣を従わさせる。逆らった奴は殺すのみ。

 みたいな感じなんだろうけど、結構大問題だよね。


「我輩の父は森に住んでいる魔獣と、森を守るために一人で立ち向かったのでござったが、魔王との交戦で命を落としたのでござる。

 魔王も深手を負ったものの、『回復したらもう一度来る』と言い残して立ち去ったのでござる」



「つまり貴様はその父を殺された仕返しをしたいのか?魔王に父を殺され、恨みを抱いて魔王を殺したいのか?」



「そういうわけではないのでござる。魔王を恨んではござるが、我輩は命を落としてでも我輩と仲間を守った父の意思を継ぎたいのでござる。我輩は魔王を殺すのではなく、仲間と森を守りたいのでござる………!

 そのためにも…………どうか…………どうか貴殿の力を貸してはござらぬか!!」


一度上げた頭をもう一度下げて深く頼み込んでいた。正直に言うと、俺はこんな感じの頼み事にめっぽう弱い。

 どんな些細な悲しいことでも悲しくなってしまい、まるで自分が体験してしまったような感じになってしまう。俺だったら間違いなく引き受けるが、ノワールがそうとは限らない。


襲ってきたのが魔王ということは必然的に魔王と戦うことになるということ。魔王の恐ろしさは俺よりもノワールが知っている。


「顔を上げよ。貴様の気持ちは十分に伝わった」


「………!!。では、我輩の頼みを聞いてくれるということでござるか!」


「そうとは言っていない。貴様らを守っても我にメリットが無いのは明らかであるし、我が仮に魔王を撃退したとしても、他の魔王が全ての総力を持ってしてこの山を破壊に導くであろうな」



…………ノワールの言っていることは明らかだ。ノワールと狸、魔獣の力を合わせれば魔王一人くらいなら倒せるかもしれない。でも、他の、魔王が仲間が倒されて黙っているはずもないのだ。そんな流れに任せて始まってしまうのは殺し合いの戦争だけだ。


「つまり、我が力を貸すのは根本的な間違いだということだ」


「そんな…………では、吾輩には仲間と森を守ることができないでござるのか…………」


「そうとも限らん。貴様の話では、魔王は何かを企んでこの山を支配しようとしたわけだ。ならば次の魔王が来る前にこの森を支配したと勘違いさせればよいのだ」


…………ん?どういうことですかノワールさん。確かに魔王が支配する前に誰かがここを支配すれば確かに魔王には支配されない。でも結局は支配されてるのと同じじゃねえか。


「それは違うぞハルトよ。森を支配する必要はない。あくまでも勘違いをさせればそれでいいのだ」


――――パチンッ。

 そう言いながらノワールは指を思い切り鳴らした。何回か聞いてるような気がするけど、ノワールが指を鳴らしたということは何かのスキルを発動させたということだ。基本的にノワールは、スキルを発動させる際に指を鳴らす傾向がある。もちろん鳴らさない時もあるが、高確率で指を鳴らす。


(一体何をしたんだ?)


「この山一帯に我が【魔結界】を張ったのだ。我の魔結界を破壊できる者はそうそういないのでな。それこそ魔王クラスでないと破壊はできん」


「こ、これほど強い魔結界を張るだけでなく、山を包み込むほど広範囲に張るなど尋常ではないでござる。貴殿の強さ、身を持って体験したでござる」


「張ったのは結界だけではないが…………これでしばらくは大丈夫であろう」


…………やっぱりノワールさん半端ねえな。しかも文句言ってた割にはちゃんと狸の頼みを聞いてやってるし。ここまで面倒見のいいアンデッドモンスターが居ていいのだろうか?しかも張ったのは結界だけではないと言う。破壊に来た魔王をハメるために罠でも張ったのだろうか?

 

「ちまみに…………貴殿はハルニトル・ニランクニル・ドルゾエム・フィーレ・ノゼムリム・ハタストム殿とどういう関係なのでござるか?」


あれ?ようやく俺の存在に気が付いたんですか?結構間に入って話かけたりしてたよね?無視って結構辛いんだよ?地球にいる幽霊も見られたいから皆を驚かせているんだよ?(独論)


(俺は一応ノワールの…………いや、そこにいるハルニトル・ニランクニル・ドルゾエム・フィーレ・ノゼムリム・ハタストムの友達だよ。)


もはや心の中を読まれていることを前提に話しているけど、ノワールが警戒するぐらいだから心ぐらい読めていると思い込んでいる。

 単なる偏見で申し訳ないけど狸さんほどの魔獣なら余裕ですよね?


「確かに吾輩なら余裕でござる。…………と言うより、ハルニトル・ニランクニル・ドルゾエム・フィーレ・ノゼムリム・ハタストム殿と旧知の友というのは本当でござるか?」


旧知の友なんて初めて聞いたな。そんなことを言う奴はまだちゃんと生きてたんだ。失礼な言い方だけど、そんな古い言い方をする奴と巡り合ったことがなかった。

 旧知の友って言うほど古い仲じゃないけど、友達って言うのは本当だよ。


「何と…………!?恩人であるハルニトル・ニランクニル・ドルゾエム・フィーレ・ノゼムリム・ハタストム殿の友だとは!!挨拶が遅れて申し訳ないでござる!!」


え?い、いや…………そこまで深く頭を下げらるとこっちも困ります。

 狸さんが地面に頭をつくほど頭を下げてるけど、傍から見たら狸が穴を掘るための準備をしてるようにしか見えなかった。


「それにしても…………貴殿らには世話になってばかりで申し訳ないでござる」


まあ…………それに関しては気にするなよ。というか俺は何にもしてないし、ノワールが魔結界を張るのを見てただけだし。

 今回のことはノワールが全部やっただけだよ。俺は何もしてない。


「その通りである!!ハルトは今回、ろくな活躍がなかったであるな!!自分の体に乗り移るためにはスキルを習得する必要があるというのに、そんな体たらくでいいのであるか?このまま行くと時間だけが過ぎていって、ずっと美味い物が食えなくなってしまうのだぞ?」


止めて…………ねえ止めてよ。折角お前のことを持ち上げたのに、いきなり俺を罵倒してこないでくれよ。そうだよ!!!どうせ俺は役立たずだよ!!お前の力がないと何にもできない最弱のアンデッドだよ!!


「だが、貴様が居なければこの森に来ることもなかった。ましてや、来るタイミングが今より遅くても早くてもダメだったのだ。それを忘れるな」


…………ふぇ?どしたのいきなり。

 さっきまで思う存分馬頭してきたノワールだったのに、今度は遠回しに褒めてきた。こいつの考えていることはよく分からない。だけど、さっきのノワールの言動をまとめると『ツンデレ』ということになってしまっている。素直に褒めてくれればいいものの、素直になれないから遠回しに褒めているのだろう。


「そして狸。貴様は何か勘違いをしているぞ?」


「何をでござるか?」


「いつ我が『見返り無しで引き受ける』と言ったのだ?貴様の頼み事を聞いたのだから、今度は我の頼みを聞くのが筋であろう?」


「へ?」


ありゃりゃ。狸可哀想。

 こうして、森の主である狸の頼み事を聞いた俺たちはその見返りとして一緒に旅をしてもらうことになった。ノワールにとっても戦力は欲しいということだったので、実に都合のいいことだ。つまり、仲間が一人増えて俺・ノワール・狸と言うことになったのだ。


3人もいながら誰一人として人間でないことには目を瞑るとしておこう。
























おまけ~~~~狸の名前付け




(そう言えば…………狸って名前何なんだ?)


新しい仲間が入ったとは言え、いつまでも狸と呼ぶのは失礼だろう。自分の名前があるのなら教えてもらいたい。


「いや、吾輩にはまだ名前はないでござる。折角なのでつけてもらえるでござるか?」


名前を?別にいいけど、変な名前って文句いうなよ。


「無論でござる」


なりゆきで重要な役を任されてしまったけど、ここは少し真剣に考えてやるか。

 確かノワールは『黒』っていうイメージから付けたんだよな…………。やっぱり狸に由来してる名前の方がいいかな?


狸…………狸…………狸の信楽焼→道〇堀→もんじゃ焼き・お好み焼き→もんじゃ→もん→モン。

 

(よし!!お前は今日から『モン』だ!)


こうして、俺の渾身のネーミングセンスが狸――――いや、モンに直撃したのだった。

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