43 フィールド【大草原】
懐かしい感覚がした。
匂いとか景色とか、そういう類じゃない。形容しがたいけど、どこかなぜか懐かしい。言葉で表そうとするなら、雰囲気だ。何となく、懐かしい。そういう感覚。
真っ白な空間が、次第に色を帯びていく。
俺は、広大な草原の真ん中に立っていた。
「ここは……」
「〈オメガ〉のフィールドと、そっくりですね」
俺の隣で、荒上と蓮華が呟く。二人ともアバターの姿だ。
「全く同じなんじゃないか? こういう場所があっただろう。確か名前は──」
そこで、俺は言葉を途切れさせた。
「八雲さん?」
「何かがいる」
視線を感じた。俺達を見ている。どこだ? 何処にいる?
俺はせわしなく目線を動かした。上下左右四方八方、時には身体を捻って感覚する。
そして、そいつはいた。
俺達の背後、遠く離れた小高い丘の上。そいつは俺達のことを見ていた。
「あいつ……」
「どうした、周?」
「あいつだ。あいつがいる」
俺はその場から駈け出した。地面を強く蹴って、前傾姿勢に。〈小型剣〉をジェネレートして、そしてそれを掴んだ。
見つけた。ああ、見つけた。あいつだ。あの男だ。さあ、殺す。殺してやる。
あの男との差が縮まっていく。俺は跳躍し、そして〈小型剣〉を振った。男の身体に、その刃が叩き込まれ──
しかし、それは突如出現した光の壁に、阻まれた。
衝撃が走り、俺は弾かれた。空中で体勢を立て直し、着地する。
「久しぶりだな、周」
男が笑いながら、言った。そいつは俺の親父と同じ顔だ。でも、違う。こいつは親父じゃない。親父の顔をした、別の男だ。
「紫電光鸞。あんた、何でこんなところにいる!」
俺は再び接近し、〈小型剣〉を振った。また、壁に阻まれる。
目の前の男は、依然として笑っていた。そして刃を振い続ける俺を前にして、独りでにぶつぶつと喋りはじめた。
「ああ、もうお前は紫電と会ったのか。いや、そうじゃないとおかしいな。私の姿を見て紫電の名を叫ぶということは、きっとそうなのだろう。なあ、周。お前は紫電の本当の顔を知らない。というか、覚えていない。昔、何度か見ているはずなんだけどな。そうだろう?」
「気色の悪いことをごちゃごちゃと」
「落ち着けということだ、息子よ」
不意に、目の前の壁が消えた。俺の刃が男に向かう。だがそれは、空を切った。避けられたんだ。
男は俺の腕をつかんで、その動きを拘束した。そしてその顔を近づけてくる。
「私は八雲だ。私こそが八雲戒だ。もっとも、本人の記憶と思考をトレースしただけの、コンピュータに過ぎないんだけれどね」
「何……?」
「本人は紫電光鸞に殺された。身体は紫電に奪われた。脳は紫電に利用されている。そして残っているのがこの私、八雲戒の擬似人格ということさ」
この回りくどさ。この芝居がかったかのような言動の数々。そうか。俺の感じていたあの懐かしさは、これか。
目の前にいる男は、親父だ。俺の中に残った絞りカスのような記憶が、そう言っていた。




