出逢って数か月、アリアや皇子たちのことを思い出そう ③
――兄にする態度や言動を出してきたということは、それだけアリアが心を許している証拠だ!
喜ぶドュレイグは身内扱いから恋愛対象になる難しさについては考えない。
「おまけしても、飼い主とペットって感じ?」
亀の歩みで仲を深める婚約者たちにケイリィは冷や水を浴びせ続ける。
「しょっちゅう邪魔なくらい引っ付いてるのに?」
「それ以上に弟殿下たちにメロメロべったりっしょ」
ドュレイグはアリアの邪魔発言に一瞬体を強張らせた。
自分への気遣いの言葉だと思おうとしたが、護衛の言葉を判定負けと感じ虚無の表情になった。
斜め上に動いたアリアの目線がとんぼ返りする。
「家族の愛と男女の愛は違うのよ」
端に笑みを浮かべた唇より上は真顔だ。
知ったかぶっている彼女も微笑ましい。ドュレイグの気分が上向く。
「ほぉう? 恋の甘酸っぱさも、愛故のドロドロ感も色気も、なんもないっすけどぉ? ベタベタ甘々バカップルを期待して待ってた人たちに謝ってください」
利いた風なケイリィが、カツアゲ目的のチンピラの如く顎を突き出し首を下げる。
嫌な角度で睨む成らず者かぶれは殴ってみろと言わんばかりだが、アリアは拳すら握らない。
「出会ったばっかで誰がそんな期待すんのよ。嘘くさい。惚れるにも忘れるにも時間が大事。恋人もいないケイリィにわかるとは思えないけど」
――さすがだ。自分でも容赦せずに反撃しただろう。
しかし、忌々しいのはケイリィだ。ダメージを受けた様子もなく、自信満々に鼻から息を出す。
「甘く見てもらっちゃ困る。ドラゴンに慣れたアリア嬢の頬は色味も表面温度も一定、心拍数も呼吸も平常。スキンシップもただの世話なんて……もう出会って二ヶ月以上ですけどぉ? そんなんで説得力のあるイチャラブって言われても……ぷすぅクスクス」
アリアを応援していたドラゴンは思い当たる節にうつむき呻く。
悔しい事に、嫌味なケイリィが言うことは、認めたくはないが間違っていない。
「そんなの祝福持ちだから、わかることでしょ」
「ユーリウスですらわかってます」
「本当ですか?」
瞳に湿り気は見当たらずとも、アリアの顔に泣きそうな雰囲気がにじむ。
ここで涙が一粒でも流れたら、ドュレイグは我を忘れてしまうかもしれない。
「………………黙秘で」
動揺した様子の無いユーリウスは主の気持ちを汲んだ。
「いや、アリア嬢を呼び出した本題じゃん。――生ぬるい交際じゃ、本当の婚約者がハゲタカどもに狙われて傷つくぞって念押すんだろ?」
「グラウ様が貴族に?」
「ドラゴンが令嬢に!」
「アリア嬢が馬の骨に攫われかねません」
アリアはショックを受けた顔でよろけ、ケイリィが晴れやかに肯定し、ユーリウスもここぞとドラゴンに念を押す。
三人は同じ単語を口にしていても、それぞれ意味する人間が違うのだろう。
正しく変換して自分たちを狙う者の多さを認識し直したドュレイグはうんざりした。
「とにかく、ドュレイグ殿下を最速で帝位につけるための筋書きが嘘だと思われたら……」
「弟殿下まで手玉に取って、落とした次期皇帝からあんなものやこんなものまで搾り取ってやるわ悪女作戦も終わりっすよ」
「あ」
――目と口をまん丸に開けて固まるアリア、可愛い……。
にやける竜などお構いなしに、側近は畳みかける。
「それは、『あ、すっかり忘れていた』の『あ』ですか? それとも、あんなものやこんなものが何かわからない、の『あ』でしょうか?」
側近たちの狭すぎるのだろう恋愛対象にアリアが当てはまらなくて嬉しい反面、万人受けして然るべき彼女の魅力に無反応なのは、やはり釈然としない。
いっさい魅了された様子がない幼馴染らが不可解だ。
少しでも早く弟たちを呪いから解放したいドュレイグに、アリアは協力してくれている。
計画の一部である弟たちの世話を全力で楽しむ彼女だが、側近たちが推測していた通り、もう一つの肝心な使命を忘れていたらしい。
「どうして殿下の婚約者になったのか、覚えておられますか?」
今日も今日とて、ユーリウスの声も表情もニュートラル。彼の心境は受け取る側が想像することになる。
すかさずアリアはソファの上に正座した。どうやら責める圧を感じてしまったようだ。
「不肖アリア、迅速果断およびその他多くの四字熟語で名を馳せるエルムガルド辺境伯の長女でありながら、成人した第一皇子に贈り物を渡すという義務を果たすのに、大遅刻しました。でも解呪には成功しました」
「良い時間稼ぎだったな。ありがとう」
遅延のおかげで事前にアリアを婚約者に強制指名することになったのだ。
心から感謝するドラゴンは株を上げるチャンスがどんなに小さくとも見逃さない。
お礼を素直に言える人間のほうが好感度が上がりやすいと学んだ。
「まさか私とグラウの呪いを解いてしまうとは思いもしなかったが」
「……ディー様は三分で元に戻りましたけど……」
申し訳なさそうに呟く。
「そのぐらいだったか?」
「はい、姿が戻るのは三分以内が定番なので」
「そうか」
定番かどうかはさておき、その数分間がドュレイグの命運を分けた。
どさくさに紛れたとはいえ、強制指名されたと知らない本人と、指名したと知っている国の上層部の前で『貴方は私の婚約者だ』と公式通告できたのだ。
この時点から、アリアは一年間、ドュレイグとの婚約関係に問答無用で突入している。
ただし、強制指名だとはアリアの前で名言しなかったので、偶然および意図的にその事実は隠された。
未だに知らないままの彼女は、最終的に呪いが解けた皇子の婚約者になったと誤解している。
おかげで、末っ子が成人するまでは城に滞在してくれる予定だ。
コリドラたちとも自由に会えるようになった今、元々頻繁ではなかった新種探しを我慢するのも問題ないとのこと。
異形であろうがなかろうが、弟たちは日々アリアを虜にしている。
横恋慕してこない限り、兄は彼らが誇らしい。
――私でも取り入れられる、幼さと素っ気ない態度以外の秘訣と真髄を教えてくれ。
周りから「強制指名なのに仲がいいですね」や「第一皇子と婚約破棄したら、末っ子皇子と婚約するんですか?」などと言われるリスクはない。
アリアは『婚約者の皇子との関係には触れないでくれ令嬢』だとの通達が解決した。
「『婚約者の皇子との関係には触れないでくれ令嬢』を選択して楽ですけど、外部の貴族は禁止事項に従ってくれないんでしょうか?」
「品性と教養がないだけだ。先日の無礼者たちへは厳重注意している」
「やはり魔生物に現を抜かしてきた私では、結婚市場を震撼させたディー様が惚れる相手として、信憑性がないんだと思います」
「逆だ。魔生物に夢中なアリアでなくてはおかしいだろう? 私は相手に怯えられても喜ばない」
「SじゃなくてもMの可能性はまだ残る……」
ケイリィがほぼ息で呟く。
だからその文字のセットはどういう意味だと尋ねたくても、アリアが必至で流そうとした話題を蒸し返すべきではない。
「解呪できたので、運命の番や一目惚れ路線で真実味が出せるかも……」
「いいな、それでいこう」
アリアの案に同意すれど、すぐにユーリウスに後ろから刺される。
「呪いが戻っているので、心変わりしたと受け取られかねませんけど」
「この世のすべてを魅了して当然の皇子様を、私が釣るとは誰も思いませんもんね」
あっけらかんとしたアリアを、ケイリィが指さす。
「殿下とイチャつく理由は忘れたに、一票」
「グラウ様を我利我利亡者の餌食にしないためでしょ。帝位を望まないように育てるから傀儡にできないって信じさせる動機よ」
「だいたいの強欲貴族の腹と指は、はち切れんばかりっすけど――どんな動機が?」
「帝位がほしいディー様を愛してる、でしょ」
時間が止まった――次の瞬間、光明がさし春の訪れを告げる花びらがドラゴンに降り注いだ。
小躍りしたくなる初めての感情に、ドュレイグは至福の地に転移したと勘違いしかける。
――体の接触面積を増やし、目を見てもう一度言ってほしい。
「殿下、確認した俺への感謝をお金に換算してください」
「言い値を払おう」
謎の勝ち金の授受にアリアは首を傾げる。
彼女のセリフの真ん中だけが頭に残ったドュレイグにとっては、それだけの価値があった。
「――というわけで、婚約者の兄弟と和気あいあいしている場合ではありません」
「ちっちゃい殿下を育てる。おっきくなった殿下と口以外で仲良くする。次期皇帝を手玉にとる悪女になる。はい、復唱」
「可愛い殿下の世話します。ディー様とキスせずイチャつきます。次期皇帝の敵を排除する悪女になります」
「合格! 戻ってよろしぃっす」
含みがありそうだったケイリィの言葉を、なるべく誤解がないよう言い直したアリアは見事だ。
キスせずイチャつく方法もたくさん思いついてくれるだろう。
そう期待するドュレイグの頭の中を、彼自身が考えた方法がすでに駆け巡っている。
妄想がはかどる竜の尾がしびびと痺れたように僅かに震えた。
「私にぞっこんだと周りを騙さないといけないディー様のほうが大変なんですから、私もやり遂げます」
脳内のアリアを凝視するのに忙しかった竜は、語弊がある決意表明も弟たちの勉強部屋へ転移するアリアも止めそこなった。
「殿下、相手はアリア嬢ですよ。過度な期待はしないほうが身のためかと」
「黙れ、ユーリウス。少しはひたらせろ」
「キス以外なんでもありの奉仕なら、するのとされるのはどっ……」
カッ――。
ケイリィの一言がやや懐かしい光の引き金となる。
人間化の原因が、映像化したらモザイクだらけの妄想だと、二人にバレた。
男性絵師には見せられない。
他人の記憶を静止画や動画にできる女性を探したくなったドュレイグだが、完成した作品をどこに隠し鑑賞するのかには考えが及んでいない。
主が人間の姿での子孫繁栄行為を希望だと察しても、側近たちは普段通りだ。
「アリア嬢がいなくてよかったですね」
「その気がない相手が、一皮むけるどころか呪いが解ける妄想を自分でしてるって知ったら、ヤバイ男確定で逃げるよな」
「ケイリィ、お前を護衛に付けられて初めて感謝した日だ。何を言われても許そう」
「悲しめばいいの? 喜べばいいの? 複雑だわ! むっつり初心殿下にも同じ思いをしてもらうしかないっ」
「なぜだ」
「気を許してきたアリア嬢は俺属性……つまり殿下は俺が好き」
事実、アリアがケイリィと同レベルの言い合いをすることは増えた。
かといってドュレイグは同意しかねる。
「いや、アリアは年齢よりも大人びている。緊急事態にも冷静に真面目に対応できる」
「気を張っているアリア嬢はユーリウス属性……つまり殿下は俺とユーリウスが好き」
たしかに冷静沈着で敬語といえばユーリウスだが、これも認めたくはない。
「未だ隠されているアリアの魅力は計り知れない。お前たちとは違う」
「惚れてる現時点で、まだ見てないでしょうが」
「ミラーリングで相手に合わせているのでしょう。もしくはケイリィは新種の生き物扱いなのかもしれません」
ユーリウスの援護射撃に飛びつく。
「それだ!」
「ほおほお、つまり、どっちにしろ、アリア嬢は俺が好……ぅおっとぉう――」
尻尾の一振りでケイリィを壁まで吹き飛ばし黙らせる。
彼らにとっては手押し相撲よりも無害なじゃれ合いだった。
不意打ちを食らった方も、壊れなかった壁に着地するくらい余裕だ。
飛んでいく男がかすめ、前髪を乱されたユーリウスでさえ平然としている。
「今のはケイリィが悪いですよ」
護衛が反省しようがしまいが、今後が楽しみすぎるドュレイグは気にしない。
鼻歌混じりに執務の続きに勤しんだ。




