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替え玉令嬢と子猫王子のハッピーな政略結婚  作者: 一ノ谷鈴
第2章 おしどり夫婦は力を合わせ
14/41

14.新たな力を得るために

 朝の光に満たされた寝室、そこの寝台の上で、私たちは見つめあっていた。


「この時間を守るために、思いついたこと……?」


 まだ少し寝ぼけた顔のまま、ギルディス様がつぶやく。それから身を起こし、寝台の上に片ひざを立てて座った。


「聞かせてもらえるか、ラーライラ」


 私も寝台の上にちょこんと座ったまま、順立てて説明していく。


 そもそもの原因は、ミルファの獣人族の一部がギルディス様のことを子猫だからとあなどっていることだ。


 あんな者を王子として仰ぐことなどできないとごねたあげく、実力行使に出てくるせいで、私たちの日常はおびやかされているのだ。


 だったら、取れる手は二つ。ギルディス様が王家を離れ、ただの人として生きること。もしくは逆に、彼が王子としてふさわしい存在なのだと、人々に示すこと。


「前者の道は選べないと、以前にも言ったが……だとすると、後者の道か? しかしこれ以上、何を示せばいいのか……」


 私の言葉に、ギルディス様は大いに困惑しているようだった。一生懸命考えこんでいるからか、ふさふさの尻尾がびたんびたんと寝台を叩いているし、大きな耳がぴこぴこと落ち着かなげに動いている。


 か、可愛い。じゃなくて。


「ギルディス様は、文武共に優れ、人望もある方です」


「……いきなりそう褒めちぎられると、照れるんだが」


「私、ありのままを述べただけですから。……結局、ギルディス様が軽んじられるのって『子猫だから』という理由だけなんですよね。こんなに可愛いのに、腹立たしい……」


「おい、変な本音が出ているぞ」


 ギルディス様が目を細めて、こちらをにらんできた。大きな耳がぺそんと倒されていて、やはり可愛い。


「と、ともかくですね。これまでと同じような努力をいくら続けたところで、連中の考えを変えるには足りないのではないかと、そう思うのです。なので、ここは大きく方向性を変えてみるのはどうでしょうか」


「方向性を変えて……さっぱり見当がつかない。お前は、何を思いついたんだ?」


「その……うまくいくかは分からないんですが、テルミナと貿易をしてみるというのは、どうかなって……そうして、ギルディス様の立場をさらに強いものにできれば、って……」


「貿易?」


 きょとんとした顔で、ギルディス様が首をかしげる。寝ぐせのついた前髪が、さらりと揺れた。


「はい。ミルファとテルミナは、現在ほぼ国交がありません」


 だからこそ、ギルディス様が『公爵令嬢マナ・コリンとの結婚』を申し出てきたとき、コリン家は大混乱に陥ったのだけれど。


「私はニュイ侯爵家の出ですが、ずっとマナのお守りをしてきたり、彼女の身代わりを引き受けたといういきさつがあります。なので、コリン家にかけあって、ちょっとした物品のやり取りをできないかと持ちかけることはできると思います」


 ……マナの身代わりとして嫁ぐときに、コリン公爵夫妻は「本当にありがとう、私たちにできることがあったら何でもするからね」と言っていた。


 たぶん、いやきっとあれは社交辞令だとは思うのだけれど、遠慮なく利用させてもらうことにする。


「そしてギルディス様は、一部の人たちにうとまれているとはいえ王子ですから、貿易のためのちょっとした品を集めるくらいはできますよね?」


「あ、ああ。禁制の品でなければ、ある程度は……」


 話しているうちに勢いづいてきた私にちょっと圧倒されているのか、ギルディス様がためらいがちに答える。


「でしたら、試してみませんか。ミルファの上質な武器や防具をテルミナに輸出し、テルミナの魔導具をミルファに輸入する。今、それが可能なのは、私たちだけです」


「確かに、そうかもしれないが……魔導具を、そうやすやすと他国に持ち出せるのか?」


 彼の視線は、私の手首に注がれていた。そこには、あの魔導具がはまっている。女性にしては身のこなしが軽い程度でしかない私に、大の男を倒せるほどの力を与える道具。


「もちろん、こういった大きな力を持つものは貿易には使えません。……といいますか、持ち出したところでまともに使いこなせるかどうか……力の強い魔導具ほど、癖も強いので」


 そんな魔導具の性質のおかげで、テルミナは割と平和なのだとも言える。私の魔導具みたいなものが量産されて、しかも誰でも使えるなんてことになったら、内乱とか戦争とか、そんなものが勃発し続けることになりそうだし。


「ですから、ほんのささいなものを……簡単に火をつけるもの、燃え盛る火を一瞬で消すもの、汚れた水を浄化するもの、重い荷物を軽々と運べるようになるもの、など……そういったものなら、子どもでも簡単に使えますし、とっても便利です」


 私の説明に、ギルディス様の目が輝く。


「ほう、それはいいな。民が喜ぶだろう。ただ……こちらから提供するのが武器防具で、いいのだろうか? 特に珍しくもなんともないと思うが……」


 心底不思議がっているその様子に、つい笑みがもれてしまう。


「ミルファの武器防具は、とても質がいいんです。昨日、みんなと一緒に戦って実感しました。ぱっと見は飾りのない、どちらかというと武骨なものばかりなのに……威力も頑丈さも、とびぬけていて……」


「ラーライラ、顔が輝いているぞ。まあ、我が祖国の品を褒められるのは嬉しいが」


 この両手足の魔導具のおかげもあって、私は鍛錬が好きだった。自分がどんどん強くなっていくという、確かな手ごたえが得られたから。


 そうしてたくさんの人たちと手合わせをしているうちに、自然と武器防具の良し悪しなんかにも詳しくなっていた。……貴族の娘としてはかなり変わってはいるという、そんな自覚はある。


「人間族は獣人族よりは非力なので、その分を考慮して、比較的軽量なものを輸出することになるとは思いますが……それでも、かなり喜ばれますよ」


「ふむ、なるほどな」


「そうして、あなたがミルファとテルミナの唯一の架け橋となれば……あなたの力は、否応なしに増していくと思います」


 本当は、これはマナの役目だった。その血筋をもって二つの国の接点となり、ギルディス様の後ろ盾となる。でもここに、マナはいない。


 そしてギルディス様は、身代わりでやってきた私のことを、妻だと認めてくれた。だとしたら私が、彼のためにできることをやる。それが、何であれ。


 私には、貿易について管理できるだけの能力がある。コリン公爵やその周囲の人脈も使えるだろう。おそらく、必要なものを手に入れることはできる。


 でも、もしかしたら、獣人族たちは魔導具におそれをなすかもしれない。もしそうなったら、一人ずつ捕まえてでも、魔導具のよさを説いて回るつもりだった。


 それもこれも、全部ギルディス様のためだった。この人が安全に、幸せに暮らせる時間を守るんだ。そう考えたら、自然と気合が入ってしまった。


「そうと決まればさっそく、準備に取りかかりますね!」


 意気揚々とそう言って、寝台を降りようとする。と、腕が後ろに引っ張られた。あれ、と思った次の瞬間には、なぜか寝台にあおむけで寝転がっていた。


 そして真上に、ギルディス様の顔が見えた。どうやら彼が私を寝台に引っぱりこんで、そのまま押し倒したらしい。


「そう焦るな。まだ朝早い。どうせ、時間になれば着替えだ何だと忙しくなるのだし、昼は執務やら手合わせやらでさらに忙しい」


 彼の言うとおり、私たちは毎日それはもう忙しくしている。二人で執務を分け合って、さらに合間のお喋りで気分転換をしているから、どうにかこうにかこなせているだけで。


 私が来る前は、ギルディス様はずっと一人で、忙しいばかりの暮らしを続けていた。メルティンたちのように、臣下には恵まれているけれど……それでもやっぱり、気軽なお喋りで気晴らし、とは中々いかないだろう。立場の違いというものがあるから。


「朝晩のこのひと時が、俺にとって一番幸せな時間なんだ。何かに追われることなく、あくせくすることもなく……ただひたすらに、お前だけを見ていられるから」


 嬉しそうに目を細めたギルディス様の顔が、どんどん近づいてきて……首元に、柔らかなキスの感触。


 私たちは夫婦なのだし、これくらい……と思いつつ、実はまだ慣れない。くすぐったくて嬉しくて、どんな顔をしていればいいのか分からないのだ。


 しかもとどめに、ギルディス様の大きくてふわふわの耳が、頬やらあごやらに当たって……これ、どうしたらいいの!?


 結局私は、真っ赤になったまま、ギルディス様の熱い抱擁と幸せそうな頬ずりに耐え続けることになったのだった。いっそ、きちんと手出ししてもらえれば、まだましだったかもしれない……。


 そんなことを考えながら、ギルディス様の温もりをただひたすらに感じていたのだった。


 途中、朝の支度の時間ですよとメルティンがやってきたけれど、私たちの現状を見たとたん「はい、ごゆっくりー」という謎の言葉を残してさっさと立ち去ってしまったのだった。


 私たちは夫婦。この人は夫。だからこれくらい、恥ずかしくない。そんなことを、ただひたすらに心の中で唱えていた。何度も何度も、照れくささに負けながら。

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