13.このままでは、駄目だから
大暴れしてきたのか息を切らせたメルティンは、私の前まで来ると深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。どうやら、彼らは庭木を手掛かりに侵入してきたようです。ラーライラ様のことが心配でしたので、持ち場をみなに任せてきました」
「ありがとう、メルティン。あなたたちが頑張ってくれていたのは、塔の上からでもよく見えていたから。おかげで、侵入者たちに対して冷静に対応できたわ」
「ですが、あのような侵入経路を見落としたのは、私たちの落ち度です……」
彼女の声は、苦しげに震えている。すると今度は、イリアエがただ一人、裏門のほうから駆け寄ってきた。馬の獣人だけあって、ものすごく足が速い。
「正門と裏門から攻め入ると見せかけ、少数精鋭で城の中に入り込む……理にはかなっていますが……獣人族の気性には、合わない戦法です」
いつも上品で穏やかな笑みをたたえていた彼の顔には、はっきりとした怒りが浮かんでいた。
「彼らは、そこまでなりふり構わなくなってしまったのでしょうか……」
「同族として、恥ずかしいです……」
そうして、しょんぼりとするイリアエとメルティン。けれどまだ門の外からは、戦いの気配がする。おそらく二人は、この状況で私を守るために、それぞれの持ち場を離れてここまで来てくれたのだろう。
「……あちらがその気なら、こちらも遠慮はいらないわね」
そんな暗い空気を吹き飛ばすように、力強く言い放つ。みんなの視線が私に集まったのを見計らって、にっこりと笑ってみせた。
「こうなったら、全員叩きのめしてギルディス様をびっくりさせてしまいましょう!」
魔導具の淡い光に包まれたこぶしを、ばっと天に突きつける。メルティンにイリアエ、そして私を守っていたメイドたち。みんなの顔に、徐々に輝きが戻ってくる。
そうして私たちは一塊になって、城内を暴れまわった。今までのうっぷん晴らしとばかりに、出くわす敵をぶっ飛ばしては、また次の敵に襲いかかっていく。
しまいには、侵入者たちのほうが青ざめながら逃げまわるようになっていた。でももちろん、手加減なんてしてあげない。
遠慮なくぼこぼこにして、丈夫な縄でぐるぐる巻きにして。そうして、城の広場に、どんどん転がしていく。
「ここまで体を動かすのは、久しぶりね」
くすりと笑いながらそんな作業にいそしんでいたら、また城の外が騒がしくなった。みんなの間に、緊張が走る。
「あ、いえ、あれは……ギルディス様、ですね……」
耳をまっすぐ前に向けて様子をうかがっていた猫のメイドが、少し困ったような声でそう言った。
と、次の瞬間、ギルディス様が目の前に落ちてきた。どこからともなく落ちてきて、私の目の前にすたんと着地したのだ。
「え、え、ええっ!?」
困惑している私にはお構いなしに、ギルディス様は私の体にぺたぺたと触れている。どうやら、怪我をしていないか確かめているらしい。
「大丈夫か、あいつらに何かされていないか、怪我はないか」
「はい、大丈夫です。見ての通り、遠慮なく叩きのめしてやりましたから。私の腕前はご存知でしょう?」
おろおろしているギルディス様をなだめるように答えたら、ぎゅっと抱きしめられてしまった。
「分かっている。が、心配なものは心配だ。ああ、無事でよかった……」
力いっぱい抱きしめられているせいで、前が見えない。ぎゅっと彼の胸に顔を押しつけていると、ほんの少し土ぼこりの臭いがした。聞こえてくる鼓動は、やけに速い。
と、正門のほうからばたばたという足音がいくつも駆け寄ってきた。
「はあ、はあ……ようやく、追いつきました……ギルディス様、まさか城壁を飛び越えられるとは……」
どうやら足音の主は、ギルディス様とともに出陣していた兵士たちらしい。
「このほうが早い」
「だからと言って、私たちを置いていかれるのは……」
「危地にあるかもしれない妻のもとに駆けつけずして、何が夫だ」
そう答えながらも、ギルディス様の腕の力はどんどん増していく。それだけ私のことを心配してくれたのだなあと嬉しくなると同時に、少し申し訳なくなる。
この状況にとまどいながらも、兵士の一人がおずおずと尋ねてくる。
「あの、それで城のほうはどのような状況でしょうか……」
それに答えたのは、ぷりぷりと怒ったままのメルティンだった。
「無事ですよ! ギルディス様を見下してこんな行いに出た大馬鹿たちには、きっちりとしかるべき処分を受けさせてやらないと!」
穏やかだけれど眼光鋭いイリアエが、それに続く。
「帰還そうそう悪いのですが、不届き者たちを牢に放り込むのを手伝ってください。王都へ身柄を移し、裁いていただかなければ」
そうして、今度はメルティンとイリアエが周りの人たちを指揮し始めた。その間も、ギルディス様は私をしっかりと抱きしめたままだ。
ギルディス様の温もりを感じながらそんな声を聞いていると、ある思いが強くわき起こってくる。
「……やっぱり、このままじゃ駄目、ね……」
その日の夜、どうにかこうにか後始末を終えて、すっかり疲れ果てて寝室に向かう。大きな寝台では、既にギルディス様が私を待っていた。
「やれやれ、ようやっとお前と休める……」
寝台に腰を下ろしたとたん、ギルディス様の手が伸びてくる。そうしていつものように、しっかりと抱きしめられてしまった。ふわふわの尻尾が、ふわりと私の腕にからんでいる。
「今回も、攻めてきた連中は大したことがなかった。俺一人で、半分くらいはのしてやれた」
私の頭に頬ずりしながら、彼は深々とため息をついている。かなり疲れているらしく、声がとろんと眠そうだ。
「こちらも、被害はなかったんです。メルティンとイリアエ、それにメイドたちもみんな、頑張ってくれていましたから」
「ああ。だが……万が一ということも、あるだろう……」
そう言って、彼は私の頭をしっかりと胸元に抱えこんでしまう。
「もっと……お前をちゃんと守れる方法を……探さなくてはな……」
やがて、腕の力がゆるんできた。と思ったら、静かな寝息が聞こえてきた。
この状況をどうにかできるかもしれない方法を、一つ思いついてはいた。けれどそれを彼に打ち明けるのは、明日でもいい。
今夜はゆっくり、この人を休ませてあげよう。ちょっと尊大なところもあるけれど、みんなを、私を守りたくて一生懸命に頑張っているこの人を。
「おやすみなさい、ギルディス様。よい夢を」
彼の胸元にそっと額を寄せて、私も目を閉じた。とても、安らかな気分で。
そうして、次の日の朝。目が覚めたら、隣でギルディス様が眠っていた。もうすっかりなじみになってしまった、いつもの光景だ。
ここ二日ほど、彼は反子猫派を迎撃するために留守にしていた。だからその間、私はここで一人眠りにつき、一人で目覚めた。
そしてたったそれだけのことが、とても寂しく思えていた。だから、今こうやって彼が隣にいてくれることが、震えるくらいに嬉しい。
彼は、朝はぎりぎりまで寝ている。だから朝のこのひと時だけは、彼の顔を思う存分見つめていられるのだ。
白と灰茶の、柔らかい髪。素晴らしく青い目は閉ざされていて、長いまつげが影を落としている。
普段は生き生きとした、堂々とした雰囲気なのに、こうしているとむしろ幼くさえ見える。
そして、その頭の上のほうについた、大きな耳。やや色の濃い、灰色を帯びた茶色の毛が生えていて……。
触りたい。でも、勝手に触ってはいけない。私たちは夫婦だけれど、そういった礼儀は大切だ。
だから寝台の上に座ったまま、窓から差し込む朝日に照らされたギルディス様の寝顔をじっと眺めていた。
やがて、ギルディス様がゆっくりと目を開けた。よく晴れた空の色の目が、私をまっすぐにとらえる。その口元に、大きな笑みが浮かんだ。
「……なんだ、また俺を見てたのか……物好きだな」
「ふふ、いくら見ても飽きないんです。見ているだけで、とっても幸せで」
「そうだな、俺も……こうして目が覚めてすぐにお前の顔を見られるのが、幸せだ」
お互いに静かな笑みを浮かべたまま、見つめあう。胸がじんわりと温かくなる、大切な時間。
「私もです。ですから、この幸せな時間を守りたいと、そう思うんです」
「……ラーライラ?」
私の声音に何かを感じ取ったのか、ギルディス様がかすかに目を見張った。
「そのために一つ、思いついたことがあるんです」




