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リクたち他の生徒らが出て行くと、学園長室に残ったのは巫女であるカレンたちとアシュタル総生徒会長だけだった。
扉が閉まるのを確認すると、カレンはホッと胸を撫で下ろした。そんなカレンに、総生徒会長――アシュトーリアのナユタ姫が声を掛けた。
「大丈夫だったか、カレン?」
「あ……、はいなのだ」
カレンは一瞬だったとはいえ、警戒すべき『ヒロイン』相手に拘束されてしまった。見た目以上の心労が残ってはいたが、気丈に振る舞った。
「今はツクミト大神官の元で、異世界神の対処に当たっていると聞いたが……。まさか送り込まれている転生者というのが、あんなにいたとは……」
大量逮捕が行われた時、ナユタ姫は総生徒会長として挨拶のために入学式会場にいた。入学式で逮捕された新入生の『ヒロイン』は一人だけだったが、始業式の方での逮捕者は三十九名にも上った。
「あれでも一部だそうなのだ。この学園に来ていない『ヒロイン』もいますから……」
「そ、それは厄介だな」
旧知の仲のように話す二人を見て、オージェハイド学園長は関心を示した。
「お二人が顔見知りというのは聞いていましたが……」
「……ああ、彼女は幼い頃から優秀な巫女だったからな。魔族との戦いを始め、多くの案件でカレンの託宣が役立っている」
「では、ラビ審問官ともその時に?」
学園長の質問に、ナユタ姫はカレンと目を見合わせた。
「何かおかしなことを聞きましたかな?」
「……いや、知らないのも無理はない。その、今は審問官のラビとは過去にアシュトーリア王家から依頼した幾つかの件で知り合った。その時は、審問官ではなかったがな」
「はぁ……」
意味がよく分かっていない学園長は、生返事をした。
今の言葉だけを聞けば、ラビは普通の神官から審問官になったように聞こえるが、実は違う。
元々、彼が〝神の人形〟と呼ばれる神器そのもので、今は神々の任命によってインクイジターになっているにすぎない。過去には別の命を受けて別人になっていたこともあるということだ。
そのことを知る人間は少ない。神殿側では大神官や直接関わった巫覡たち、王家では国王とナユタ姫を含む数名のみだろう。
ナユタ姫は、オージェハイド学園長の方へ向き直って言った。
「……学園長先生。いえ……、オージェハイド伯爵。あなたが大公の命令でこの学園に来たことは知っている。今朝の逮捕劇といい、この学園で何かが起こっているようだ」
「それをお知りになりたいなら、今までのように神殿に話を通されたらいかがです?」
「そこまで首を突っ込むつもりはないよ。ただ、できる範囲で協力させてほしい。少なくとも、今のを見てカレンには護衛が必要ではないかと思うが……」
「!」
ナユタ姫の申し出に、カレンは何てありがたいことかと目を輝かせた。セミュラミデと離れてからというもの、『ヒロイン』と相対するのが不安であったのだ。
「そちらの巫女にも必要だろう」
ナユタ姫は来客用のソファでオラクルカードを混ぜている少女、シプリスの方を見て言った。
シプリスはカードを混ぜながら答えた。
「んー。うちは護衛いらんよ。そんなもんおったら逆に目立つし、動きづらくてかなわんわ。護衛はカレンお姉さんだけにしといて」
「そうか。ラビたちの任務を邪魔したくはないからな。そうしよう。カレンの護衛は、近いうちに手配させる。待っていてくれ」
「姫様ぁ~。助かりますのだ~」
今回のことでヒロインの危険さを改めて実感したカレン。ナユタ姫の厚意に涙を浮かべて祈るように手を組み、感謝を示した。
ナユタ姫は頷くと、学園長と目配せをしてから退室した。
それからカレンは若干疲れた顔で、来客スペースのソファに戻って来た。いくら旧知とはいえ、王族のナユタ姫と話すのも畏まってしまうのだ。
学園長室に開かれた精霊術――『法廷』の内部を見ることのできる『四隅の目』には、未だに裁判を行うインクイジター・ラビと、『ヒロイン』たちの様子が映し出されていた。
裁判が終わるまで『四隅の目』の術者である巫女たちは、この場を動けない。
「はぁ……。やっぱり今日は一日コースなのだ……」
そう言って溜息を吐き、ソファの背もたれに沈むカレンに、シプリスは大人びた表情で労った。
「カレンお姉さん、お役目ご苦労さん」
「う……うん。リィリも、さっきはいきなりびっくりしたでしょ? 何もなくて良かったのだ……」
「何も……とは、いかへんかもなぁ」
「え?」
相変わらずオラクルカードを広げていたシプリスは、新たなカードをめくったところだった。
シプリスの占いは、かなり当たる。水鏡を使えば詳細な未来を視ることもできるが、人物像などの簡単なものならオラクルカードで読み解けてしまう。
「さっきのヒロイン、なんぼのもんやと思うてな」
「あの子を占ったの!?」
シプリスは問題のカードを持ち上げて、にやりと笑った。
「これは、そーとーなクセモノや」
「何か分かったのだ?」
カードを覗き込んだカレンは、ぎょっとしてしまう。そこに描かれた絵柄の意味を知っていたからだった。
一方その頃、教職員棟を出てきたリクと令嬢たちが青い鳥広場へ向かうのを後方から眺めながら、レナードはとぼとぼと歩いていた。
「友を助けるために、巫女を人質に……。とても聖女の行動とは思えん……」
「――彼女がどういう人か、分かったか?」
そこへ、レンブラントが近付いて来た。護衛は教室の中には入れないため、レンブラントは建物の外で待機するスタイルを取っている。レナードが何を見たのか、聞かなくても分かった。
「兄さんか。私がいるのに、何しに来た」
「護衛」
いけしゃあしゃあと言う兄弟に、レナードは大きく舌打ちをした。ラッハ家の聖剣に見向きもされなかった出来の悪い兄の分際で、『光の乙女』についてはレナードより深く熟知しているようだった。
「彼女を普通の聖女と思わない方がいいぞ。あれは自身で名乗っている通り、勇者代行でもある。必要があれば、力を行使することもあるだろう」
「ああ……。よく分かったよ」
レナードは溜息を吐いた。気落ちする弟を見て、レンブラントは好奇心から尋ねた。
「何だ、『聖女の器』と何か話したのか?」
「……偉大な聖騎士になれと言われた」
「よかったじゃないか」
ふっと、レンブラントが笑った。レナードは途方に暮れた。
「護衛を断られた」
「だろうな」
それからラッハ兄弟は、しばらく無言でリクたち一行を眺めて歩いた。
背後に視線を感じながら歩いているリクが、短く溜息を吐いた。それを見て不思議に思ったアミが、リクを案じて尋ねた。
「どうしたの、リク?」
「いや……。何というか……」
リクは言いづらそうに視線を外し、片方の手で肩を揉むような仕草をした。
どうせこの会話も聞いているのだろうと、リクには分かっていた。
「ストーカーが増えた…………」
「え!?」
驚いてアミが振り返ると、よく似た銀髪の美形二人が、銀狼のような眼光を放ちながら付いて来ていた。
「う……うん。またモテたんだね、リク……」
「…………」
リクは遠い目をして、ノーコメントだった。アミは頷きながら、背後は見なかったことにした。
ラビが別の役柄に任命されていた頃の話も、機会があればどこかで出したいですね。
そんな機会は当分なさそうですが……。
転生者でない普通の登場人物でわりと重要な人をまとめます
【非転生者】
・ナユタ アシュトーリアの王女でアム学の総生徒会長。神殿サイドの味方 ←New!※情報追加
・スピリニラ アシュトーリアの伯爵令嬢
名前と出番のある教職員まとめ
【アム学教職員リスト】
学園長:オージェハイド伯爵 シェイドグラム大公家の分家筋 ←New!※爵位判明
錬金科教授:ゼイルストラ アシュトーリアの貴族
神学科教師:プラサード 神聖星教会司祭の資格を持つ担任




