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教会区の入口へ駆けて来る人物がいた。
神学科の教会校舎を出たところで、リクはその人物に気付いた。魔法魔術科の黒いローブを着ている。そしてブロンドの髪に、薔薇のカチューシャをしているとなれば、一人しかいない。
「……ミラ!?」
「リク様ぁっ」
リクの胸に飛び込んできたグランルクセリアの公爵令嬢ミラフェイナ・ローゼンベルグは、どこかうろたえている様子だった。
魔法魔術科の制服は、神学科の教会区では悪目立ちする。
待ち合わせ場所で待たずにわざわざ飛んで来たということは、よほど切迫した事態が発生したのかもしれない。
「ア、アミ様が……っ!」
「――!?」
事情を聞いたリクは取るものも取りあえず、教室へと引き返した。
どの教室にもある魔導ヴィジョンで中継され続けている『法廷』の映像に、身憶えのある赤毛が映り込んでいた。
「――だから、あの子は関係がないと言っている!」
強い口調で訴えるリクの目線の先には、銀の顎髭を生やした紳士――オージェハイド学園長が静かに座っていた。
リクたちは今、学園長室に来ていた。
ミラフェイナの話によると、アミは帰りのホームルームの最中に姿を消したという。周辺を探しても見付からない。
リクがもしやと思って各教室に流れていた『ヒロイン裁判』の映像を再度確認しに行くと、アミが紛れ込んで身動きが取れなくなっているのが見付かった。
半年前にグランルクセリア王国で起こった異端審問裁判の時と同じだった。
学園側に訴えるため、リクは当初教職員棟に向かった。しかし、神学科の教師たちでさえ神殿とのパイプ役を知らなかった。
担任のプラサード司祭の助言により、直接学園長室に来たという経緯だ。
案の定、学園長室には精霊術で作った『法廷』の窓があった。学園内の魔導ヴィジョンに流れていた映像は、ここから共有されていたものだった。
「君たちの話は分かりました。しかし、審理中の『法廷』に手出しすることはできません。残念ながら」
「……そんな!」
「無関係なのに、あんまりですわ!」
お決まりの台詞を言っただけの学園長に、リクと一緒に来ていたイングリッドやミラフェイナが異を唱えるものの、学園長は二人を一瞥して黙らせた。
学園長の態度を見たプラサード司祭が肩を竦め、渋々口を開いた。
「学園長先生。巻き込まれたとはいえ、無関係な生徒を監禁に近い形で拘束したと世間に広まれば、神殿としても威信に関わるかと……」
「お言葉ですが、プラサード先生。インクイジターの『法廷』を前に、我々に何ができると?」
担任と学園長のやり取りを聞きながら、リクは室内を見回した。
学園長の手元には精霊術の映像とは別に小さな魔法の窓があり、『法廷』内にいるインクイジターと何かしら握っていることは確実だった。
それを証明するかのように、あの巫女の姿も見受けられた。アミの赤毛より鮮やかな、アザレア色の髪をした付与術を使う巫女。名前はカレン・スィード。神聖星教会では知らない者がいないほど有名な巫女だ。
忘れるはずもない。彼女の付与を受けたモンクのような少女に、リクは敗れた。
アミの付与に匹敵する力を見たリクは、自分を倒した少女よりも付与を行ったカレンを警戒していた。アミの能力の優位性を唯一覆せる人物だからだ。
巫女たちは来客用のソファに座り、サンドイッチや紅茶などの飲食物が用意されていた。『法廷』との繋がりである精霊術の映像を維持しているのは、彼女たちだからだろう。
リクはソファの方へ近付いて行った。
「……あなたも、ここの神学科生だったのね」
リクの接近に気が付くと、カレンはソファから立ち上がって何事かという表情でリクを見た。
カレンもリクやイングリッドと同じ神学科の高等部制服を着ており、後ろでカードを広げている少女は神学科の初等部制服を着ていた。
「……何かご用ですか?」
どこか緊張した様子で、カレンが答えた。彼女はインクイジターと一緒にいた巫女だ。リクが『ヒロイン』だと知っていてもおかしくはない。
「今日は、あの子はいないのね」
「あの子?」
カレンは訝しげな顔をした。リクは情報を追加した。
「あの気功術を使う、強い子」
そこまで聞いて、やっとセミュラミデのことと分かったカレンが言った。
「……ああ、ミュウなら来ていないのだ」
「そう。じゃあ、そこの子が戦うの?」
「えっ!?」
リクはカレンの後ろの少女を指差した。前に会ったモンクのような少女より小さく、戦闘をするようには見えないが敢えて尋ねたのだ。
予想通り、カレンはとんでもないと言って首を振った。
「リ、リィリは戦わないのだ!」
「なんや?」
シプリスがぱちくりと顔を上げ、カレンは彼女を隠すように前に立った。シプリスはまだ九歳で、カレンとしては危険な『ヒロイン』に近付けたくなかった。
そんな想いと状況を逆手に取り、リクはカレンの方へ手を伸ばした。
「だったら、今度からはいつも連れ歩いた方がいい」
「なっ……!?」
リクはカレンの手首を掴むと、回り込んで後ろ手に拘束した。
「痛っ……! な、何を……」
「インクイジターがアミを人質に取っているから、こちらもそうさせてもらうだけ」
「ちょっ……、人質って……。何言ってるのだ……!」
事態に気付いたプラサード司祭が、驚いて蒼白になる。
「……リク・イチジョウ! 一体、何をしているか分かっているのですか?」
リクは担任には答えずに、オージェハイド学園長に対して言った。
「学園長先生。私たちは、グランルクセリアで一度裁判を目撃しているから知っている。そこの小さな窓で、インクイジターと話ができるはずだ」
半年前、グランルクセリア王国で小窓は国王の近くにあった。そこで何かが話し合われ、追加の鑑定士が『法廷』の中へ入っていったのをリクは目にしている。出入りが全く不可能ではないはずだ。
「無関係なアミを今すぐ解放すれば、私もこの手を放す」
「……!」
か弱いカレンの力では、リクの拘束に抗うこともできない。
インクイジターや神殿側に対する脅しとも取れる言動に、見ていたミラフェイナとイングリッドは絶句する。
ちょうどそこへ、学園長室のドアがノックされた。オージェハイド学園長は、平気な顔をして「どうぞ」と答えた。
すると部屋に入ってきたのは、貴族科の総生徒会長でありアシュトーリアの王女でもあるナユタ・グラールフレア・アシュタルと彼女を連れて来たスピリニラ・アスミディアス、そしてリクを探しに来たレナードの三人だった。
「リ、リク殿! これは一体、何事だ!?」
「近付かないで」
よく分からない状況に歩み寄ろうとしたレナードに対し、リクはひとことでぶった切る。
そんな状況を一通り観察してから、ナユタ総生徒会長が尋ねた。
「学園長先生。無実の生徒が、『法廷』に連れ去られたと聞いたが……」
「はてさて。連れ去られたのか、巻き込まれただけなのか……」
オージェハイド学園長が、半ば苦笑して言った。ナユタは冷静に次の言葉を紡ぐ。
「そのどちらかは問題ではないのでは? 無実の生徒が巻き込まれるのは頂けない。我がアシュトーリア王家に免じて、インクイジターに話を通してもらえないか? 私が話そう」
「いいえ、私が話す」
ナユタの言葉に、リクが反応した。ナユタは肩を竦め、「まあいい」と言った。
「そういうことでしたら、私からもお願いしますわ」
少し開いたドアの隙間から、もうひとりが学園長室に入ってきた。貴族科の制服を着た、艶めく黒髪の美しい女生徒だった。侍女を二人連れており、リクも知っている人物だった。




