4 ★
名前を出すと、アミは俄に真剣な表情になった。
そんな彼女の心臓を指差し、予言のようにラビは告げた。
「忠告しておく。全ての『ヒロイン』が、今日の被告人と同じだ。身勝手な欲望を何かしら抱えているはずだ。リク・イチジョウも、必ずそうなる。……被害者になりたくなければ、今のうちに離れた方が身のためだぞ」
「離れる……? リクと……?」
「汝、一緒に召喚されたことで行動を共にさせられているようだが……。離れる口実を、こちらで作ってやってもいい。手が必要なら、力を貸そう。何なら、神殿で……いや。私が保護してやろうか?」
しかしアミは、ぶんぶんと首を振る。
「リクは、そんな人じゃないよっ……!」
いたいけな娘を苛めているようでラビは気が引けたが、『ヒロイン』被害者が増えるよりはいい。ラビは重ねて忠告する。
「言ったはずだ。例外はない。全ての『ヒロイン』は、必ず処されることになる」
「……!」
あれだけ騒いでいたアミが、急に静かになった。
そのような表情を、どう表現したらいいのだろうか。
アミは寂寥感と諦観、そして友愛を混ぜたような筆舌に尽くしがたい表情をしていた。
「……あなたも、そう言うんですね」
不意に、アミが口を開いた。
(――あなたも?)
ラビは違和感に気付くが、続けてアミが言った。
「でもリクはそうじゃないって、私は信じてますから」
「信じられる根拠でもあるのか?」
「そんなのないです。勘です!」
「ふむ……。すでに洗脳されているようにも見えんが」
「せんのー?」
ラビはあっけらかんとしているアミの手を掴んだまま、もう片方の手で印を切る。
《マスター。警戒して下さい》
AIイリスが警告したが、遅かった。
「少し眩しいかもしれんが、我慢してくれ」
「ほえ?」
ラビは発動の瞬間にアミの手を離し、最上級の解呪魔法を唱えた。
「『絶対解呪』」
創世の煌めきが、燦然と『法廷』内を駆け巡る。
星々の歴史を始まりから再現したかのような熱量が、美しさが、アミの細胞を貫いていく。
「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? ……って、アレ?」
しかし星天の光は、アミの全身をすり抜けた。解呪が不発に終わった証だ。
アミをじろじろ観察してから、面白そうにラビが言う。
「何も変わっていないな」
「やっぱり私、命狙われてます!?」
珍しくムッとしてツッコんだアミに、ラビは苦笑して詫びを入れた。
「すまんな。汝のステータスが読めんから、洗脳されている可能性を潰しておきたかったのだ」
《暴力反対です。申し訳ありません、マスター。あの流れで今のは予測できませんでした》
「ひどい言い草だな。もし『ヒロイン』に洗脳や呪いの類いを受けていれば、今ので解放してやったところだ」
「リクはそんなことしないよっ!」
「今のところはな」
ジト目で身を硬くしているアミには、随分と警戒されてしまったようだ。
こういうタイプには、搦め手より正攻法でいった方がいいかもしれないとラビは考えた。
「何故、スキルを隠匿しているのだ?」
ストレートに尋ねてみれば、アミは「ギクッ」としてから分かりやすく小刻みに震えだした。
「……か、帰ってイイデスカ……?」
「ほう。言わぬか」
ラビは、にやりと笑った。
「今回は見逃してくらさい……」
「では次回は、洗いざらい吐いてもらおうか」
「勘弁してくりゃしゃい……」
アミは瀕死の子ウサギのような震え声になる。
小動物を虐待しているような罪悪感を感じたので、ラビは吹き出した。
「ふっ……。心配するな。見逃す約束だ」
ひとしきり笑った後、ラビは最後の助言をした。
「とにかく汝の考えは分かった。今はそれでも構わん。助けが必要になれば、神殿に便りを出すといい。どこの神殿でも大丈夫だ」
「そんなことには、ならないと思います!」
「だといいがな……」
アミはくるりと背を向け、出口の扉へ駆けていった。
ラビは片目を瞑ってアミを見た。
青い右目の視界には、彼女の背中に鑑定画面が見えている。『完全鑑定』でも看破できない、謎の鑑定画面だ。
まがりなりにも、右目は混沌龍神オールドに与えられた『混沌の竜眼』である。実際にはスキル以上の効力を発揮する。眼球に篭められた、わだつみの霊格の影響だろう。
今回の裁判で『ヒロイン』に不利な決定的証拠を持っている人物を探し出せたのも、この右目の力によるところが大きい。
その神眼による鑑定を妨害することから、同等以上の存在が彼女の背後にいるはずだ。
神クラスの隠匿スキルで真の能力は不明だが――ただひとつ、言えることがある。
『ヒロイン』以外で鑑定画面が見えているのだから、リク・イチジョウを倒すためにはアミ・オオトリの力が必ず必要なはずだ。
「心配ではあるが……今はまだ、か……」
ラビは独りごち、『法廷』を出た。




