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ナイヴィット子爵令息リチャードは、乙女ゲーム『花と光の国のロマンシア』――通称『花ロマ』の五人目の攻略対象だ。
と、いうことは本人は知らないのだが。
彼は今、エリック・バードランやその他のユレナ信奉者たちと一緒に、パーティー会場の吹き抜けの上階からディアドラ・フラウカスティア伯爵令嬢を監視していた。
「今度こそあの女の罪を暴き、ユレナの信頼を得る……!」
リチャードは、グッと拳を握った。彼もまた、ユレナの魅力の虜となっていた。
やがてその時が訪れ、リチャードはエリックたち他の者に指示を出す。
「よし、あの女が一人になったぞ。エリック、殿下たちに合図を。時が来たとな」
「……あ、ああ」
「どうした? 何をボケッとしている?」
「い、いや。何でもない」
リチャードにはごまかしたが、エリックは階下の広間にとある人物を見つけて動揺していた。
(……何故あいつがここに?)
それは死んだエリックの元婚約者の弟、ウォルター少年だった。国王に挨拶をしている神官とみられる一団にくっ付いて行動しているようだ。一介の子爵令息にすぎない子供が、神官のグループと行動を共にしているのは妙だ。
しかし今は、ユレナの方が大事だ。エリックは視界から神官の一団を外した。
エリックはすぐに胸元の内ポケットから通信用魔導具の小型水晶玉を取り出し、第二王子へ合図を出す。
その魔導具は、エリックの父であるバードラン男爵が運営する商会で手に入れた物だ。多少値の張る物ではあるが、ユレナのためなら安いものだ――と、そんなエリックをいいことに今ではユレナと第二王子たちの財布にされていることに、本人は気付いていない。
しばらくして第二王子から反応があり、リチャードはユレナのための計画を次の段階へと進めるべく動き出す。
「よし、クリスティン殿下がユレナを連れて来るまで時間を稼ぐぞ。お前ら、付いて来い。あの女を逃がすなよ」
リチャードはユレナ信奉者たちを引き連れ、揚々と階下へと向かった。
「よぉ。エスコートはなしか? フラウカスティア令嬢」
黒髪のうなじがビクリと震え、ディアドラが振り向くとリチャードはニヤリと嗤った。
振り向いたディアドラの前には、ナイヴィット子爵令息とエリックやその他のユレナ信奉者たちが勢揃いしていた。
じりじりと彼らに取り囲まれるが、ディアドラは第二王子やユレナがいなかったことに内心安堵していた。
ディアドラは怖じけることなく、リチャードやエリックを正面から見据えた。
「エスコート? あるはずありませんわね。クリスティン殿下の婚約者である私には……」
その婚約者の第二王子は、リリーマイヤー子爵令嬢にぞっこんだ。ディアドラのエスコートをしたことなど、一度もない。
「ははっ、みじめな女だ」
「……何かご用ですか?」
「チッ。相変わらず、すました態度だな。まあ、それも今日限りだ。安心しろ、殿下とユレナはじきに来る」
「……っ!」
これは罠、もしくは足止めだ。ディアドラは、一人でここにいるのは危険だと察知する。
「用件がないのでしたら、失礼致します」
その場を去ろうとしたディアドラの前を、エリックたちが塞ぐ。
「おっと。どこへ行くつもりだ? 用ならあるさ。お前の罪についてな!」
リチャードがわざと声を張り上げ、周囲の招待客たちの関心を集めた。
一人の令嬢が複数の男たちに囲まれ、険悪な雰囲気を放っていれば人目を引く光景になるだろう。
それこそがリチャードたちの狙いだった。ディアドラをこの場に釘付けにするために。
目論み通り、謂われのない罪を主張されたままでは、ディアドラはこの場を逃げ出す訳にはいかなくなった。
「……罪? 何のお話でしょうか?」
「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだ?」
「何を仰っているのか、分かりかねますわ」
時間が経つにつれ、次第にディアドラたちへの注目度が増していく。
このままではまずいと思いつつも、ディアドラはその場を離れることができない。
「そこをどいて下さいますか。私には、あなた方と話すことなどございません」
ディアドラは毅然と言い放ち、男たちをはねのけようとしたが彼らは頑なにそれを阻んだ。
「どういうおつもりですか? これは……さすがに無礼です、ナイヴィット子爵令息」
ディアドラの抵抗に、リチャードは鼻で笑った。
「お前はここまでなんだよ、悪女が」
「……はい?」
その時、観衆の視線がディアドラの背後へと移る。
まさかとディアドラが振り向くと、第二王子クリスティン・ツォルド・グランルクセリアがリリーマイヤー子爵令嬢ユレナをエスコートして会場入りしたところだった。
ユレナは美しく着飾っており、第二王子からの寵愛が見て取れる。ユレナと第二王子を「お似合い」だともてはやす声も後を絶たない。
案の定、ユレナと第二王子は真っ直ぐにディアドラたちの元へと向かって来る。
第二王子のエスコートを受けるユレナの、歪んだ口元を見た時、ディアドラは悟った。
ついに断罪イベントが始まってしまう――いや、始められてしまうことを。
一方、ユレナは表向き愛らしいヒロインの笑顔を作る裏で、勝ちを確信して高揚する気持ちを抑えていた。
(チェックメイトよ、クソ女)
男たちが、彼女の黒い笑みに気付くことはない。




