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その後、リクたちはティーテーブルへ椅子を移して、ミラフェイナやエクリュア王女たちとお茶をしながら色々な話をした。
「――断罪イベント?」
「そう。いわゆるテンプレってやつなんだけれど」
エクリュア王女が言うには、ミラフェイナやディアドラたち悪役令嬢の登場する作品には、いくつかのお約束が存在する。
曰く、ヒロインをいじめたり、罪をなすりつけたり、殺そうとしたりなど、悪役令嬢がヒロインを陥れようとする行為。そして、それを覆して勝利する物語の流れだ。
「ライバルキャラの悪事を暴いて、ざまぁする……『ざまぁ展開』ってやつね。そこで悪役令嬢は処刑が決まったり、追放されたりするわけ」
「なるほど……」
「わ、わたくしやディアは、悪事なんて働いておりませんわ!」
ミラフェイナが身を乗り出して言った。リクは彼女をなだめるように頷いた。
「私たちは普段のミラを知っているから、分かるよ。ディアドラさんも、そういうことをする人じゃないのでしょう」
「分かって下さいますの!? さすがはリク様ですわっ!」
ミラフェイナが涙目で感激する。ディアドラも目を見張りながら言った。
「……驚きましたわ。『ヒロイン』に、そのようなことを言って頂ける日が来るなんて。こちらのヒロインは、あの通りですので」
「えっと……ユレナさん、だっけ? そんなにひどいの? その人……」
アミがクッキーを頬張りながら、何気なく訊ねる。ディアドラは溜息を吐いた。
「それが、次の夜会で断罪すると宣言されましたわ。シナリオに従わない私に、早く消えてほしいようですね」
「何ですって!」
エクリュア王女が憤慨してテーブルを叩いた。
「卒業パーティーには、まだ早いじゃない。シナリオに固執するクセに、自分だって好き勝手して!」
「まあ、こちらがシナリオ通りにやらないのなら、あちらも手段を問わないといったところでしょうか」
諦観したように、ディアドラが肩を竦めて言う。
「うん……? 悪事やいじめをしていないのなら、その人はどうやって断罪するつもりなんだ……?」
至極まっとうな疑問を呈するリクに、ミラフェイナとディアドラが残念そうに首を振った。
「もちろん、全てでっち上げですわ。……けれど、学院では誰もディアの言葉を聞く耳持たなくて……」
「ユレナ様はヒロインですから。ほとんどの殿方が、彼女に夢中ですわ」
「今までは、公爵令嬢であるわたくしと一緒にいることで何とかやり過ごしてきましたが、あの方のすることは巧妙で……。対策しきれませんの」
「本当に鼻持ちならないのよね。私も庇いたいけれど、中等部からじゃ限界があるのよ」
いかにユレナに悩まされてきたか、口々に語られる。
しかしリクは、なおも首を捻る。
「『ヒロイン』だからというだけで……? そこまで人心を動かせるものなのか……?」
人の心を動かすには、ある種のテクニックが必要だ。ユレナという人物がそれに長けていたとして、それでも誰も耳を貸さないということがあるのだろうか。
アミもそこには疑問を持ったようだ。
「ええ……? そんなことってあるの? よっぽど美人さんとか……? でもそんなこと言ったら、ディアドラさんだってすっごく美人だよ!」
真顔で言ったアミの言葉に、ディアドラは一瞬きょとんとしてから微笑した。
「ふふ……っ。ありがとう。でもユレナ様も、とても可愛らしい方ですよ。裏の顔がどうであれ」
含みを持たせる言い方を、ディアドラはした。やはり裏の顔があるようだ。大抵の人は、それに気付かないということだ。
「それにしてもおかしくないですか? みんなに好かれるなんて、現実的じゃない気が……」
「そこで私たちの議題に上っていたのが、『ヒロイン補正』や『シナリオの強制力』といった問題なんです」
アミの疑問に答えたのは、シエラだ。聞き慣れない単語に、リクも興味を持った。
「ヒロイン補正……?」
「主人公補正とも言いますね。多少の失敗は『ヒロイン』の魅力が補ってくれることや、シナリオと違う行動を取っても結果が変わらなかったりする現象のことです。現に、ディアドラ様やミラフェイナ様も王子殿下との婚約を回避しようとして、叶わなかったようなので」
シエラは『花ロマ』や『ななダン』とは無関係な立ち位置のため、冷静に大局を見ているようだった。
「お二人はどう思いますか? ディアドラ様――悪役令嬢の命を軽んじていることから、ユレナ・リリーマイヤーは未だにこの世界をゲームの中だと捉えているのではないかと、私は見ていますが……」
どう思うかと問われて、リクとアミは顔を見合わせた。
「私たちは生きている。この世界に私たちのような転移者がいることが、現実の証では?」
「そうだよ! みんな血の通った人間だよっ!」
「リク様……アミ様……! 何て素晴らしいお言葉でしょう……ぐすっ」
二人の答えに、ミラフェイナが感動して号泣し始めた。
そんなミラフェイナにたじろぎながらも、シエラが結論を促した。
「つまり、お二人は『ヒロイン補正』や『シナリオの強制力』は存在しないとお考えですか?」
「そんなものがあるなら、そのユレナという人も断罪を強行する必要はないんじゃないか?」
それこそが現実である証拠だ。ゲームであれば、プログラム通りに事が進むだけだ。
「言われてみれば……」
「一理ありますね……」
シエラを始め、王女たちも深く納得したようだ。一名を除いて。
「ですが、『ヒロイン』であるユレナ様が、明らかに人に好かれやすいことは確かですわ。あなたも、そうではないのですか?」
ディアドラが、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「……分からない」
リクには覚えがない。何か秘密があるのかも、と言おうとした時、アミの何気ない言葉に被せられた。
「あー、確かに。リクも、まわりの人にすぐ好かれるよね」
「うーん……。そう……なのか?」
リクは思わず冷や汗をかく。
「だって私は、そんなことないし。リクだけだよ?」
「いや、待ってほしい。アミも、あの異端審問官の人に言い寄られていなかっただろうか。……ラビって名前だったか……、絶世の美男子だった。あの人は、アミのことしか見ていなかった気がする」
「えっ、待ってこわい。やめて」
今度はアミが青ざめた。
聖女認定式の時の話だ。その時、その場にいたミラフェイナが思い出したように手を叩いた。
「あら……! もしかして、あの方がアミ様の攻略対象なのかしら? 異端審問官なんて、『ななダン』にも『花ロマ』にも出てきませんものね」
「いやいやいや。私、絶っっ対、ヒロインとかじゃないから」
「アミ? 運命共同体の私に、隠し事はなしよ?」
「ほんとだってばー! 乙女ゲームも、ネット小説も知らないのにっ」
またしても話が大幅に脱線したため、エクリュア王女が大げさに咳払いをした。
「――ゴホン! ……とにかく、今はユレナ・リリーマイヤーの対策をしなきゃならないわ。このままだと、ディアが断罪されてしまうわ」
エクリュア王女やディアドラの表情は真剣だ。
「……たとえ冤罪でも、ユレナ様には勝算があるのだと思います。何しろ、第二王子のクリスティン様が味方なのですから」
「そうなのよね……。お兄様が相手だと、王女である私が味方してもちょっと弱いというか。最悪、極刑だけは避けられるよう動くつもりだけれど。私一人じゃ、どうにもならないこともあるから不安要素が多いのよ」
そういうことなら、とリクは彼女たちにひとつの提案をした。
「私がディアドラさんの無実を支持するというのはどうだろう……? 私はこの国では『聖女の器』という立場だし、少しは力になれるかもしれない」
「それ、いい考えかも! 私も協力するよっ」
アミも賛同した。
当のディアドラは、戸惑いを隠せないようだ。
「な……っ。姉妹作のヒロインが、悪役令嬢の味方を……!?」
「何それ、どういう状況!? でも、心強いのは確かね! ……いいわ! あなたたち、『フリーダム』に入れてあげる! シナリオに叛逆する者、自由に生きる意志がある者なら大歓迎よ!!」
エクリュア王女が二人に手を差し出して宣言し、ミラフェイナがその様を奇跡のように見つめて瞳を輝かせた。




