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悪役令嬢VS黒ヒロインVSインクイジター【第二部連載中!】  作者: まつり369
第八章 魔物討伐にロマンスを求めるのは間違っています

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 討伐は順調だった。


 途中、魔獣の群れに何度か出くわしたものの、全ての個体の撃破に成功している。


 多少の怪我を負う者は出るものの、聖女クラスの治癒が必要なほどの重傷者は今のところ出ていない。後衛部隊の魔術師たちが使える回復魔法や、物理的な応急処置で十分だった。


 休憩を挟みながら、一行はさらに奥へと進んだ。


 口数が少なくなってくる一行に、アウグストが叱咤する。


「油断するな。そろそろ、中型以上が出てもおかしくない」


 リクも周囲に気を張っていた。勇者代行として名を上げるには、アウグストたちに守られている訳にはいかないのだ。


 そんな時、沈黙を破ったのはAIイリス――アミのパーソナルAIの声だった。


《マスター。前方から、『巨大な骨と皮の塊』が接近してきます。距離2.1キロ。速度20。おそらくこちらに気付いています》


「えっ……! あ、アウグストさん、気を付けて下さい。大きなモンスターが近付いてるって」


「何っ? 今のが、異界の人工妖精(えーあい)とやらの声か。なんと、アミ殿は索敵もできるのだな! よし……全員、構えろ!」


 アウグストと前衛隊の騎士たちが剣を抜く。前衛後部隊の通信兵が、後衛隊に警戒態勢の連携を取る。


 数秒後には、ずしん、ずしんと地響きが近付いて来るのが、肌で感じられた。


 リクも、王宮から支給された鋼の剣を抜いて構えた。


「アミ……! イリスのドローンね。ナイスだわ」

「うん。ドローンパック買っててよかったよ。一晩で充電余裕だったし」


 アミはイリス端末のセット商品を買ったまま鞄に入れていたため、付属のドローンを地球から持って来ていることに、昨晩気が付いたのだ。その後、端末を介した生体充電でドローンを起動させた。


 イリスの提案で、そのうちの『スズメ』のドローンに斥候をさせていたのだ。


「今のうちに付与をお願いできる?」

「任せて!」


 アミも王宮支給の白いステッキを振り、リクにステータス上昇の付与魔法を施した。


「『エンハンスド』」


 アミの付与が発動すると、リクは全身が軽くなり力が漲ってくるのを感じた。


 実際に数値化された結果を確認するため、リクは自分のステータス画面を開いた。


 ざっと見る限り、生命力と魔力値を含めた全ステータスが倍になっている。それも、効果時間は一時間とある。


 想像以上だ。


 リクは自分の判断に誤りがなかったことを確信すると共に、アミの身の危険性も感じた。


「アミ。あなた……まだレベル1よね?」


 小型魔獣の掃討にも参加していたリクは、地味にレベルが上がっており現在レベル7だ。だが、アミはここまで戦闘に参加していないので実入りはないはずだ。


「うん。ここまでずっと騎士さんたちが戦ってくれてたから、全然レベル上がってないよ。付与もまだひとりずつにしか掛けられないけど、時間をおいて他の人にも掛けていくね」


 リクは少し考えてから、


「それはちょっとやめておいた方がいい」


 と警告した。


 アミは首を捻る。


「えっ。どうして?」


 リクは言葉を詰まらせた。彼女にどう説明するべきか。


「とにかく……、あなたの付与は貴重なの。レベルが低くて制限のある今は、特に」

「制限……。そっか。もしかして、リクのスキルも?」


 アミの気付きに、リクは頷いた。


「私の『祝福』も、今はひとりにしか掛けられない。勇者代行をする以上、自分に掛けるしかない」

「あわわ。そ、そうだよね。ミラさんたちを守るには手柄が必要だし……」

「そういうこと」


 やはりアミは物分かりが良い。こういうのを以心伝心と言うのだろう。心なしかリクの口端が上がる。


「だから今回は私への付与が途切れないように気を付けてほしい。くれぐれも無理をしないで」

「うん。分かっ…………」


 アミが返事をしようとする刹那、森の陰から不意に声が掛かる。




「――ぶっ壊れだもんねぇ、その子」




 瞬間、リクは悪寒を感じて声の方向に剣を向けた。


「……た。え?」

「誰?」


 ひとりきょとんとしているアミの前で、リクは木陰から現れた男の喉元に剣を突きつけていた。


 先ほどの言葉からして、アミの力に気付いている。

 それはそれは、よろしくない状況だ。


「おっと。ははっ、盗み聞きしていた訳じゃないよ。俺は鑑定スキル持ちでね。異界魔術師殿の付与を受けた聖女様のステータスが、あまりにも異常だったからさ」


 男は降参を示すように両手を上げ、何が面白いのかヘラヘラとした笑いを顔面に貼り付けていた。


「質問に答えて。あなたは誰?」


 男の黒いローブ姿は、魔術師のように見える。だが、魔術師は前衛隊でも後方に控えているはずだ。


「俺かい? 俺はクライド・ドゥラクロワ。見ての通り、しがない魔術師さ」


 男――クライドと名乗った彼は、恭しく社交的な辞儀をした。しかし、リクは厳しい表情を変えない。


「なんてね。そんなに警戒しないでくれよ。一応、討伐隊の魔術師隊長をやらせてもらっている。ローゼンベルグ師団長の部下だよ」


「……グレゴールの?」

「おや。名前で呼び合う仲なのかい? 妬けるねぇ」


 食えない態度のクライドは、話をはぐらかそうとしているようだ。


「アミの力のこと。言いふらしたら、あなたを斬って国を出る」

「おお、怖い」


 クライドは笑った。


 そうこうしている間にも、地響きと葉擦れの音がどんどん強くなる。


「リ……リク。ボスっぽいのが来ちゃうよ!」


 アミが焦れて口を挟んだ。


 リクは分かっている、と答える代わりに頷きながら、剣を持っているのとは反対側の左腕を前方へ突き出した。同時に、クライドもやれやれと肩を竦めながら同じ動作をする。


「『ホーリーレイ』!」

「『ヴォルテックス』」


 聖なる閃光が瘴気を貫いて空へと駆け上がり、地面から噴出した圧倒的な熱量が木々を呑み込んで炸裂した。リクの低級聖属性魔法と、魔術師の放った上級混成魔法だ。


 近くにいた隊員たちは血相を変えて退避していた。

 足止めを喰らった巨大な影が、土煙の向こうで不気味な眼光を発した。


「――ドラゴンゾンビ!?」

「……う、嘘だろ」


 各々がモンスターの姿を確認して戦慄した。

 モンスターの出現と同時に瘴気が濃くなり、辺りの木々が枯れていく。


 アウグストは即座に撤退命令を出した。


「全員、撤退だ! 今回、コイツの相手は想定してない。前衛部隊はリク殿を守りつつ後退、後衛部隊は前衛の退避をサポートしろ!」


「り、了解っ!」


 騎士たちが慌ただしく退路の確保を始めた。


「リク殿!」


 最前線から踵を返してきたアウグストが駆けてきて、リクの手を掴んだ。


「もういい、充分だ。ここまで粗方の魔物は掃討し尽くした。当分、町や行商人への影響は排除できただろう。これ以上、君の身を危険に晒す訳にはいかない」


「まぁ、妥当な判断だね」


「クライド? 後方隊のお前が何故ここに。……とにかく急ぐぞ。これ以上ここにいたら、全員瘴気にやられる」


「そ、そんなにヤバいモンスターなんですか?」


 アミの問いに、クライドが答えた。


「正真正銘、この魔の森のヌシさ。本来なら森の中心部がテリトリーのはずだけど、リクちゃんの聖なる気にアテられて出てきたのかね。アレが目撃されるのも、数十年振りだよ。瘴気と毒の汚染源。北の魔王配下の魔将の一人が設置した魔物だと言われている」


「ひえ……」


 話を聞いたアミは、身を縮こまらせた。


「そういう訳だ。討伐隊の目的は達した。行くぞ、リク殿。なるべく離れるな」


 リクが返事をするのを待たずに、アウグストはリクの手を引いて歩き出す。


 しかし、リクはその手を振り払う。


「……そう。あなたたちは、あれを見て撤退の判断を下すのか」


 見損なった、と目が語っているようで、アウグストは一瞬たじろいだ。


「ぐ……。しかしだな。あれを討伐するにしても、もっと専用の準備をだな」

「その専用の準備というのが、勇者召喚だったのではないの?」

「あっはっは。違いない」


 いよいよ言葉を詰まらせるアウグストの横で、クライドが声を上げて笑った。

 リクは剣を握り締め、不退転の意志を告げるのみ。


「言ったはず、勇者の仕事は私が引き受ける。『勇者代行』の初仕事よ」

「そうこなくっちゃ!」


 アミが目を輝かせた。アウグストは呆気に取られることしかできない。


「おい待て! ちょ……アミ殿まで!」

「意志は固いようだね」


 アウグストの肩にぽんと手を置き、クライドが首を振る。


「で、どうする? 討伐隊長」

「どうもこうもあるか!」


 苦渋の選択を迫られたアウグストは、いつもの雄叫びを上げるのだった。






 ドラゴンゾンビのしなやかな尾骨が不意に薙ぎ、鋼の剣に止められた。


 鞭のような骨の尾を受け止めたのは、リクの護衛役である神殿騎士のレンブラント・ラッハだった。


 戦い慣れしていないリクは本体に気を取られて、尻尾の攻撃に気が付かなかった。レンブラントが止めていなければ、アミともどもまともに食らっていただろう。


「ラッハさん!」


 アミの叫びを聞いて、リクも振り返る。


 骨の尻尾をいなしながら、レンブラントはリクに問う。


「やるなら早くしろ。策はあるのか?」

「……ありがとう」


 礼を言われると思っていなかったレンブラントは、少し驚いた顔をした。


「その前に確認したいことが」


 リクの言葉にレンブラントは黙って背を向け、時間稼ぎを引き受けた。


 リクは敵に向き直る前に、アミのパーソナルAIに話しかけた。他者のパーソナルAIに話しかけるには、決まった枕詞を使う。


「アミのAIイリスに訊ねる。あなた、本当にアミを守れるのね?」

「えっ」

《問題ありません。マスター、私とドローンたちに雷の属性付与をお願いします》

「雷って……。え? ショートして壊れたりしない?」


《おそらくですが魔法による属性付与で、私が電子の流れをコントロールできるのではないかと推測します》


「えっと……」

《つまり、電気的な障害は起こり得ません》

「そ……それならやってみるけど。……壊れないでね?」

《その可能性は低いと考えられます》

「分かった」


 何をするつもりかと興味津々の外野をよそに、アミは白の杖を振った。


「『サンダーエンチャント』」


 雷属性の付与が完了すると、アミの肩に待機していた『モンシロチョウ』と『蚊』のドローンが飛び立ち、斥候から戻ってきていた『スズメ』と合流して辺りを周回し始めた。


《電磁シールドを展開》


 その時、ドラゴンゾンビの前脚が地面を叩き付けて飛び散った大量の礫が飛来したが、ドローンたちの陣形で生み出された盾がそれを防いだ。


「あ、あぶな……っ」


 アミが冷や汗を掻いていたが、他の者たちは感心してそれを眺めていた。魔術に精通しているクライドは特に興味を持ったようだった。


「へぇ。異界魔術で結界も張れるのか。興味深いね」

「結界? あー、……アサメシマエヨ」


 アミは首を傾げてから、ヤバイと気が付いて余裕の演技をしようとしたが失敗していた。


「ふーん? えーあいっていう見えない妖精や、あのどろーんとかいう使い魔たちの使役も異界魔術なんだろう? うーん……。俺の『鑑定』では、それらしいスキルは見えないが……」


 突っ込まれてドキリとしたアミは、ビクッと肩を震わせた。

 そういえば付与魔法以外のスキルないんだった、と焦る彼女の心中がリクには手に取るように分かった。


「ええと、それは……。ま、魔法じゃなくて科学の力だから!」

「カガク?」


「そ、そう。この世界にはない……っていうか、あったとしてもそんなに進んでないような……たぶんスキルとして認識されない感じ? だから『鑑定』で分からないんじゃないかな~……って」


「ほう? ……まぁ、君が最初の鑑定で軽んじられたってのは理解したよ。さっきの広域索敵能力にしろ、実はかなり優秀なんだろうね。まぁ、聖女のリクちゃんと一緒に来るぐらいだ」


「そ、その話はまた後で……」

「ははっ。リクちゃんが怒っちゃうか」


 アミの誤魔化し方は大根役者だったが、結果オーライである。


「大丈夫そうね」

《出力中はマスターの魔力値を消費していますので、長引かせないことを要請します》

「分かったわ」


 リクが戦いに集中している間は、アミを守れない。だから少しでも自衛できる手段をと、かねてより話し合っていたのだ。


 憂いを払拭したリクは、ようやく魔の森のヌシへと向き直る。




「――『ピュリフィケーション』」


 リクはまず『浄化』のスキルを使った。今のレベルでは身の回りの狭い範囲の空気や水、または対象ひとつの浄化しかできないが、戦うのに呼吸する空気の浄化は必要不可欠だろう。


 効果はすぐに出た。


 呼吸が楽になったと、前衛隊の騎士たちが口々に言う。

 同じく、アウグストも表情を明るくして振り向いた。


「……リク殿かっ。さすが俺の聖女だ!」


 聖女ではない、かつ『俺の』でもないのだが、リクはツッコミどころが多すぎて何も言えず仕舞いだった。


 瘴気が浄化されていくのを感知したのか、ドラゴンゾンビはリクを危険な存在だと認識して狙いを定めた。


 (あぎと)か、前脚か、尻尾か。

 いずれかの攻撃が来る前に、リクは次のスキルを使う。


「『リジェネレーション』」


 徐々に体力を回復させる効果が一定時間続く魔法だ。これを、自分と周囲の騎士たちにも掛けておく。巻き添えを食うかもしれないからだ。


 これにもアウグストたちは感心した。


「おおお! リク殿の愛を感じるぞ!」

「愛ではなく、回復魔法だ」


 真面目なレンブラントのツッコミは、感動するアウグストの耳には入らないようだ。


「……って、俺にもかい?」


 同じく『リジェネレーション』を受けたクライドが驚きの声を上げる。


「あなたは後ろにいて。アミを守って」

「うーん。困ったねえ。俺は君を守りに来たんだけど」

《マスターは私が守りますので、ご心配は無用です》


 何故かAIイリスまで話に加わってきた。ややこしいことになりそうだったので、リクは後方のボケ要員たちには反応しないことにした。


 そして、最後の仕上げだ。


「『ホーリーブレス』」


 聖女スキルの『祝福』。これはアミの付与術で上げられなかった幸運と回避を上昇させ、聖属性を与える。効果時間は二十分。アミの付与魔法より短いと言わざるを得ない。切れないように、自身で管理しなければならない。


「……」


 リクは端末のチョーカーに触れた。リクのパーソナルAI・エリヤである女性の声が反応した。


《シ 指示ヲ 入力してクダサイ》

「何でもないわ」

《「何デモない」 ワ データベースにありまセン。再度 入力ししし》

「いいから黙って」


 このように壊れていなければ、アミのように色々と手伝ってもらうのだが。あいにく転移前の地球で壊れたままになっていて、AIエリヤは使い物にならない。


 小さく溜息を吐き、リクはチョーカーの宝石から手を離した。


 ともあれ、準備はできた。あとは『武具自在』と『武術自在』のスキルがどれほどのものか、身を以て検証あるのみだ。


 クライドの呪文で巻き上げられていた土煙が晴れていく。

 ドラゴンゾンビの咆哮が響き渡り、それが戦闘開始の合図となった。






 ――その後、半日続いた戦いの結果。


 聖女リクが魔の森のヌシを倒し、闇の領土の一画を拓いたという報せは、瞬く間に国中はおろか近隣諸国にまで広がることになる。








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