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「ねぇ、リク。それ本当に森の外まで持って行くの?」
「証明が必要。これが証拠品だから」
「でも、直接触って大丈夫なの? 瘴気とか毒素を撒き散らしてたモンスターだよ?」
「全部浄化したから、大丈夫」
「さっすがリクだね!」
この状況を、誰が想像したであろうか。
否、誰も想像だにしなかったはずだ。
勇者代行として魔物討伐に参加した聖女の卵リク・イチジョウが今、魔の森のヌシであったものの残骸を引きずりながら、森の入口へと引き返している。
その隣には、共に異世界から来たという白い魔導士服の異界魔術師アミ・オオトリが並んで歩き、二人楽しそうに談笑している。
きゃぴきゃぴしている楽しげな異世界の女子二人の後ろから、ぞろぞろと付いて来ているのは、顔を引きつらせた男たち。彼らは討伐任務のために編成された騎士や魔術師たちだ。
隊員の誰かが呟いた。
「ヤバイっすね、あの二人……」
呟きに、誰もが心底頷いていた。
先ほどから無言で表情を険しくしている討伐隊長アウグスト・クレイシンハの顔色を窺いながら。
「いやリク様、凄まじかったですね……」
「おいよせ。アウグスト隊長に聞かれたら――…」
「そのリクちゃんを、あの白い子がパワーアップさせちゃったからね。俺もアウグストも形無しさっ」
空気を読まずに、隊員たちの話に陽気な声が割り込んだ。
「う、うわぁっ。魔術師隊長のクライドさん!?」
何故ここに、と騎士隊員たちが驚いている。
討伐隊で魔術師隊長を任されたクライド・ドゥラクロワは、魔術師団では副師団長にあたる人物だ。そんな彼も、アウグストと同じくリクに役目を奪われたクチだ。
聖女を守るという役目も、魔物討伐という役目も。
「聖女が『勇者代行』だなどと、何をたわけたことをと言っていた連中は、これで黙るだろうね。かくいう俺がそうだったしね」
てへっ、と乙女のようにウインクして舌を出し、隊員たちに引かれるクライド。年齢は二十五歳で容姿はそこそこだが、この性格のせいで独身だ。
(さて――。魔の森が拓けたということは、隣国との国境問題が再燃するということ。それを分かってやったのか、分からずにやったただのお人好しか……。君はどっちだい?)
リクがこの魔の森討伐任務でやり遂げたのは、森のヌシを倒したというだけではない。
汚染された森林全土から瘴気と毒素を排除し、魔物が棲みにくい環境に塗り替えると同時に、人間が安全に森へ入れるように完全浄化をおこなったのだ。
これを機に資源などがないか、各国から森へ調査団が派遣されるだろう。それが国家間の新たな争いの種になることは容易に想像がつく。
クライドの瞳に映るリクの背中からは、まだ何も読み取れない。
時はこの日の早朝まで遡る。
前日のうちに現地に到着した討伐隊は、野営の後に最終調整を行っていた。
グランルクセリアの王都から南、ジードカラント王国やオルキア公国との国境沿いに広がる常緑樹の森がある。広大な面積を有しているにも拘わらず、どの国からも開拓は進んでいない。
理由は明白だ。魔物が生息しているからだ。
森の奥へ行くほど強力な魔物が目撃されている。森の中心部には瘴気を生み出す死の沼があるとも、魔族の国へ通じる魔窟があるとも言われている。
通称『魔の森』と呼ばれるその場所の魔物討伐と浄化が、今回『光の乙女』兼勇者代行に課せられた任務だった。
「……浄化と言っても、一時的なもので構いません。南の二国との国境線も曖昧ですし、今回もあくまで定期狩りの範疇ですので。そう気負うことはありません」
同行した騎士団の参謀官から説明を受け、リクは「なるほど」と小さく呟いた。
完全に討伐しないのは魔物が強力すぎるというだけではなく、ましてや『光の乙女』を気遣っている訳でもない。
魔物が完全にいなくなってしまえば、国境線の権利・領土問題になる。
だから国の重鎮たちは、魔物がいてくれた方が都合が良いのだろう。周辺の町や村の人々のことなど何も考えていないくせに、今回のように定期的に魔物狩りをすることによって体裁を保っている。ただそれだけのことなのだ。
「……どの世界でも、権力者というのは腐っているのね」
「え? あ、リク様!?」
参謀の制止を振り切り、リクは営所を飛び出した。
森の中心を目指すと言い出したリクに、苦笑して頷いたのはアミだけだった。
「ふふっ。リクのやろうとしてること、当ててみよっか。完全な浄化、するつもりでしょ?」
こくり、とリクは言葉を使わず首肯した。
「な、何ぃ!?」
背後から雄叫びが聞こえた。リクが振り向くと、今回の討伐隊長アウグスト・クレイシンハと『光の乙女』の護衛役の神殿騎士レンブラント・ラッハが付いて来ていた。
レンブラントは片耳に人差し指を差し込んでおり、アウグストの大声を迷惑がっていた。
「俺は命を捨てさせるために、君に前線入りを許可した訳じゃ……」
「怖いなら来なくていい。他の人も巻き込むつもりはない。私とアミで行く」
「なっ……!?」
アウグストは驚きと憤慨で感情がごちゃごちゃになったのか、口をぱくぱくさせることになった。
そんな討伐隊長を横目に、口を挟んだのはレンブラントだった。
「二人でだけというのは無理だな。護衛である私は、付いて行くだけだ」
護衛役の決意表明にも、リクは「そう」と淡泊に答えただけだった。
『光の乙女』の崇高な意志は瞬く間に討伐隊全隊に広がり、彼らの士気を爆発的に鼓舞する結果となった。
「聖女様万歳!」
「光の乙女万歳!」
「リク様万歳!」
「リク様を守れ!」
「我らの癒やし!」
「我らの希望!」
「おぉーっ!!」
森への進行を開始した段階に至っても、騎士たちや魔術師隊の男たちからの歓声がしばらく止まなかった。
「……こんなはずじゃ……」
恥ずかしい歓声を受けながら「聖女じゃないのに」と呟いたリクが珍しく困った表情をしているのを見て、アミがくすくすと笑った。
「みんなリクのこと大好きだね♡」
「な、何だと!?」
聞き覚えのある雄叫びが、今度は前方から聞こえた。自ら前衛隊に加わり、先陣を切っているアウグストの耳に「大好き」の部分が届いてしまったようだ。
さっそく前衛隊の騎士たちに道理を詰め始めた。
「けしからんぞ、お前たちッ!」
「ご、誤解ですよ隊長。皆、『光の乙女』様を尊敬して……」
「そうですよ。女神様を敬愛するのと、何ら変わりません」
「む。女神……か。それは肯定せざるを得ない」
「でしょー!」
アウグストたちのやり取りを聞いていたリクが、「もうやめてほしい……」と吐露した。




