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少年――ウォルター・ジンデルは高等部の教室から逃げたその足で学院を早退し、王都郊外の西にあるサンクテンの丘を訪れていた。
そこは丘全体が貴族の共同墓地となっており、丘の上に行くほど身分の高い貴族が占有している。別名、サンクテン墓地と言われる丘だ。
ジンデル家の墓石は、比較的なだらかな丘の斜面にあった。
姉の名前が刻まれた墓石に街で買った百合の花束を供え、ウォルターは唇を噛んだ。
「ごめん……姉さん……。あいつ……ッ、思った以上のクズだったよ。いくら姉さんが愛した人でも、おれには許せない。分からない。……くそ……ッ」
ウォルターの姉は、決して元婚約者を責めることはなかった。
自分に魅力がないから、気が利かないから、可愛げがないから、仕方なかったのだと。
それがウォルターには理解できず、余計にエリック・バードランを、ユレナ・リリーマイヤーを許せなかった。
堪えきれずに嗚咽を零す少年の背中に、声をかける者がいた。
「――もし」
びくりと肩を震わせてウォルターが振り向くと、そこには白い神官服を着た男が立っていた。紫色の髪に、信じられないほど整った顔立ちをしている。あのエリックや、第二王子すら問題にならないほどの美男だ。
さらにその両脇には、同じく白装束の巫女が二人。少年より小さな黒髪の巫女と、もう一人は亡くなった姉と同い年くらいだろうか。鮮やかなアザレア色の髪をした巫女だ。どちらも、ドキッとするほど美少女だった。
礼を取る神官に合わせて、二人の巫女もお辞儀をした。
巫女を二人も連れているなんて、きっと位の高い神官なのだろうとウォルターは思った。
袖で涙を拭い、ウォルターは向き直って答えた。
「……何か?」
「失礼。私はラビ審問官。インクイジターである。こちらは巫女のカレンとセミュラミデだ。……ジンデル子爵令息とお見受けするが?」
「あ……はい。ウォルター・ジンデルです」
ウォルターは神学を習っていなかったので、審問官がどの程度の地位か分からなかった。
「いきなりで不躾かとも思ったのだが、偶然他家の祭祀で通りかかったもので。実は、王都のカルマン神官からナタリア嬢の評判を聞いていてな」
「……姉さんを知ってるんですか?」
「ええ。毎週のように王都の神殿を訪れては、星海の神々に祈りを捧げていたと。ナタリア嬢は、神学科を専攻していたと聞いている。カルマン神官が、惜しい人を亡くしたと……」
「そう……ですか」
ウォルターは僅かに表情を曇らせ、俯いた。
ラビと頷き合った後、カレンが少年の前へ進み出た。腰を折って少年と目線を合わせると、優しく微笑んで言った。
「よろしければ、私たちにもお祈りさせて頂けませんか? あなたのお姉様が、迷いなく星の海へと至れるように」
「姉の……ために? わざわざ来て下さったんですか」
ナタリアの葬儀は、もうとっくに済んでいる。
ウォルターはジンデルの両親が神殿に金を払ったのだろうかとも考えたが、そんな素振りはなかった。それに、没落寸前のジンデル家に余分なお金はないのだ。そのために、子爵位がほしい成金のバードラン男爵家からエリックが婿養子に来るはずだったのだから。
だからこれは、本当に姉の力だ。
気付いたウォルターは、また目頭が熱くなるのを感じた。
「ぜひお手伝いさせて下さい」
と、もう一人の小さな巫女セミュラミデも優しく頷いた。
「分かり……ました。どうかお願いします」
ウォルターは墓石の前を開け、数歩下がって脇にずれた。
カレンとセミュラミデは墓石の前で膝をついた。両手を重ね、静かに祈りを捧げた。
ラビが神官として、鎮魂の儀で捧げられる言霊を紡ぎ始めた。
「『安らけし御霊
星海のさざ波の 癒やし手に揺られ
ただ旅のまにまに 眠れる彼方に
母なる海と 父なる空と 精霊と 星の交わる袂へ
和なる輪へと 還らせ給え 導き給え……』」
しばらくして祈りが終わると、巫女たちが立ち上がり、ラビ審問官が振り返って礼をした。
「略式ではあるが、鎮魂の儀をさせて頂いた。星の海へ、よき旅路を」
「……ありがとうございます」
神聖星教では、死者の冥福を祈る時は『よき旅路を』と言う。神々の御座す星の海へと辿り着けるように。
ラビたちが真剣に姉のために祈ってくれたことに対して、ウォルターは感謝した。
「……それで」
一呼吸置いて、ラビは艶然と微笑んだ。
ここまでが壮大な前置きである。
「はい?」
首を傾げる少年に、ラビは本題を切り出した。
「――ナタリア嬢は、死ぬべき人間ではなかった。よければ事情を話してはくれまいか? ……先ほど汝が呟いていた、『許せない相手』について」
「……!」
ラビの言葉にウォルターが驚いてまばたきをしていると、ラビはさらに付け加えた。
「……ああ。心配せずとも、懺悔するのは汝ではないぞ。汝の姉君を哀しませた者たちだ。話してくれたら、必ず報いを受けさせると誓おう」
それは少年にとって、あまりにも待ち望んでいた言葉に違いなかった。
サンクテン墓地でジンデル子爵令息と別れた後、ラビたちは王都の神殿へ戻る馬車に揺られていた。
「さてさて。……そろそろ証拠も出揃ってきたな」
馬車の窓から日暮れの風景を見ながら、ラビはにやにや笑っていた。
ウォルター・ジンデルは、裁判で証言すると約束した。
今回のターゲット・ヒロインである転生者の、派手な日常の動向も調査済みである。
「何でそこで楽しそうなのだ。怖いのだ……」
「くくく……」
証拠が集まるたびに腹黒い笑みを見せるラビを見て、カレンはドン引きしていた。微妙な空気の二人を見比べ、セミュラミデは「あはは……」と笑った。
「喜べ。ヒロイン裁判は近いぞ。今のうちに、この国の土産でも買っておけ」
「お土産!? やった!」
素直に喜ぶセミュラミデは、やはり戦闘力が強くても十一歳である。
「……どうせそれ、ツクミト様にツケるつもりでしょ」
何を当然のことと開き直っているラビの顔を見て、カレンは額を押さえて長い長い溜息を吐いた。
「あにゃ? ツケるって何? お金の話? シプリスじゃないから分からないよ~」
セミュラミデが、ひとりきょとんとしている。シプリスとは蒼水神殿所属の巫女仲間で、守銭奴の娘のことだ。ちなみにセミュラミデより年下の九歳である。
ラビがセミュラミデのために説明した。
「私を任命するにあたって、神託の開示責任を請け負ったのは誰だ?」
「えーと……。ツクミト大神官様!」
「正解。つまり、私というインクイジターの任務で発生する必要経費は、全てヤツの名前で処理される」
「なるほどー」
よく分かっていないセミュラミデが納得している。
思わずカレンがツッコんだ。
「あのねえ。本来、インクイジターと三人の大神官は同格なのだ。自分で責任取るのだ」
ツケるとかありえないのだ、とカレンはぷんぷんしている。
「同格? まあ人間界の審問官なら、そうだな。だが、私は神々の神託により一時的に任命された人形にすぎない。物質的な責任は、変わらず開示責任を負った大神官にある」
「あーもー、へりくつなのだ!」
「ふはは」
カレンのツッコミに、ラビは笑い続ける。
「んんー? 結局、何の話だっけ?」
またしても首を傾げてしまうセミュラミデに、ラビは適当なことを言った。
「任務に連れて来られた汝らが土産を買うのに、何も問題はないということだ」
「やったー!」
「連れて来たのは、あんただけどね……!」
神殿に着くまで、カレンのツッコミが止むことはなかった。
インクイジターサイドまとめ
★インクイジター:ラビ
お手伝い出張
・星河の巫女:カレン 17才
・無限の巫女:セミュラミデ 11才
お留守番組 ※インクイジター第0話に出てます
・責任者:大神官ツクミト
・混沌の巫女:ヒルデナーダ 12才
・大地の巫女:ナディア 8才
・神門の巫女:キスカ 10才
・心泉の巫女:シプリス 9才




