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アミはリクに大丈夫だと目配せをして、もう一度歌姫たちの方へと向き合う。
「……あの、オリヴィアさん。『ヒロイン』のこと、何か知っているんですか?」
「知っているといえば、知っているけれど……。オーナーからの指示でね。『ヒロイン』と名乗る女の子たちと、その彼氏は特別に中に通すようにと言われているの」
「……!!」
ようやく核心に繋がる情報が飛び出し、リクたちが息を呑む。
今になって何かまずいことをしたとでも考えたのか、支配人はハンカチを取り出して汗を拭い始めた。
「まさか『ヒロイン』だったとは……! 何故それを先に言わなかったのだ!」
やはり、ブレーザー侯爵が『ヒロイン』の匿いに手を貸しているのは間違いなさそうだ。それだけ分かれば、あとは話を付けるだけだ。
「……ヒロインなら、通してくれるのか?」
リクが眼光鋭く尋ねると、黒髭の支配人が乗り気ではなさそうだったが「そういう指示だ」と答えた。
「なら、私だけでも中へ……」
『――それは、できませんね』
その時、ひとりの青年の声が響き渡った。
魔導通信を使った館内放送用の魔導具を介して、どこかから語りかけているようだった。
「誰?」
声の主を知らないリクは首を傾げるが、オリヴィアや支配人たちはその場で見上げるように彼を呼んだ。「オーナー」と。
「オーナー……!? この声が……?」
「ブレーザー侯爵さん……!?」
顔は見えないが、その声からして相当若い人物であることが窺える。アミやミラフェイナたちと同世代でもおかしくない。
若き侯爵と聞いてはいたが、皆もっと大人の人物を想定していたのだろう。リクたちだけでなく、ミラフェイナやシエラも驚いた顔をしている。
『いくらニムさんの頼みでも、暴力沙汰を起こす人を中に入れる訳にはいきませんよ』
どうやらリクたちの様子も、どこかから見られていたようだ。リクが驚異的な戦闘力で用心棒たちを薙ぎ倒しているのも承知していた。
「ニムって……、リクっ」
「ああ」
リクとアミにだけ分かる〝ニム〟の名前が出てきたことに二人は小声で反応するが、今はそちらを気にしている場合ではなさそうだ。
「正当防衛だ。そっちの用心棒が、先にシエラやミラに手を出そうとしたんじゃないか」
リクが反論するが、声の主は魔導通信の向こうで笑うだけだった。
目的のブレーザー侯爵が黒いオペラハウスにいることも、これで確実になった。しかし、この段階で閉め出しを食らっては元も子もない。
リクが逡巡しているのを見て、アミはトコトコと歌姫オリヴィアの方へと近付いて行った。
「あ、あの。オリヴィアさん、これ……!」
アミは先ほど公園でオリヴィアにもらった、歌劇のチラシを両手に持って掲げていた。
「さっき、言えなかったので。私の名前は、鳳アミといいます。このチラシを持って来たら、オマケしてくれるって言いましたよね? ……私、オーナーさんに会いたいです……!」
「あらあら」
公園で話していたことを思い出し、オリヴィアの方は感心してアミを見た。
しかし先ほどアミは「『ヒロイン』ではない」と言っている手前、支配人はいい顔をしなかった。
「『ヒロイン』でないのなら、普通に入場チケットを買い給えよ!」
「はい……。『ヒロイン』じゃないんですけど……。あの曲の感動を、どうしても伝えたくて……!」
何やら話が違ってきていることに気付いたリクたちが、玉の汗を浮かべながらアミの方へ呼びかける。
「ア、アミ……? 一体、何の話を」
「アミ様……?」
「あのチラシは……。一部の高位貴族に配られているものですね。確か、姫様から同じものを預かっています」
するとシエラが手持ちの鞄の中から、一枚の紙を取り出した。アミが持っているものと同じものだ。
アミがオリヴィアのところから少し振り返り、事情を説明した。
「さっきね、劇の曲を作っているのがオーナーさんだって聞いたの。だから、どうしてもお話ししたくて……!」
「ええ……」
リクが、珍しく困惑している。
チラシを見ながら、シエラが出演者・スタッフ欄を確認した。
「ちょっと待って下さい。ええと……。キャスト、監督、演出、作曲……。あっ、ありました! ブレーザー侯爵の名前です!」
「ほっ、本当ですの!?」
ミラフェイナも驚いて、シエラの持つチラシを覗き込む。
そこには確かに、作曲者の名前にウルツァイト・ブレーザーと記されていた。
その時、くすくすと歌姫オリヴィアが笑い出した。
「オーナー、この子の言ってることは本当よ。ここに来る前に、ちょっと知り合ってね。あのテーマ曲のことが気に入ったんですって。あの曲のことを〝可能性の歌〟と言っていたわ」
『……可能性の歌?』
「そう。それで、曲を書いた人のことが気になるんですって。なかなか、見どころがあると思わない?」
『…………』
俄に、沈黙が流れる。隠してはいるが、息遣いから相手も途惑うような印象だ。
しばらく後、彼は言った。
『……分かりました。僕に話があるというなら、その子だけなら通してもいいですよ。……支配人』
「はっ、はい! 承知致しました」
指示を受けた黒髭の支配人は、汗を拭っていたハンカチをしまって背筋を正す。
「あ、ありがとうございます!」
アミが礼を言うと、ぷつりと館内放送は途切れた。
期待を込めた瞳をしているアミの元へ、リクがやって来てその手を掴んだ。
「……ダメだ。許可できない」
「大丈夫だよ、リク。お話ししに行くだけ。ちゃんと『ヒロイン』のことも事情を話して来るから……」
「危険すぎる! ひとりで行くなんて」
頑ななリクを見て、ミラフェイナは思った。アミならば大丈夫ではないかと。
ミラフェイナは、魔法魔術科でアミの実力を日々目の当たりにしている。いつもは原初の力でゼロ属性なだけで、本当のアミは強いのだ。それにAIイリスや、ドローンたちもいる。
加えて、アミは謎に幸運の持ち主だ。確か鑑定でも、『幸運・神』という恐ろしい強運の常時発動スキル持ちだったはずだ。
本来、会えなかったかもしれない侯爵とも会える運びとなっている。
この状況こそ、アミの力によるものではないのかと思えてしまうのだ。
「何とか、私も一緒に入れるように掛け合って……!」
重ねて言い募るリクに、アミはふるふると首を振った。
「お願い、リク。三十分……、ううん。一時間だけ時間をちょうだい。もし私が一時間経っても戻って来なかったら、その時は助けに来て。……ね?」
「アミ……」
すでにアミの意志は固まっているようだ。もはや、ここまで言われて反対する流れではなくなっていた。
「リク様……」
「リクさん……」
ミラフェイナとシエラが、どうするのかとリクの方を振り返る。
リクがアミを過保護にしていることは、『フリーダム』の令嬢たちも知るところだ。ミラフェイナとシエラが黙っているということは、リクの判断に任せるということだ。
皆が、リクの返答を待つ。
いつもは即断即決してきたリクも、この時ばかりは決断するのに数秒を要した。
「…………分かった。……一時間だけ。それが過ぎたら、誰が何と言おうと突入する。いいわね?」
「ありがとう、リク!」
そうしてアミは、歌姫オリヴィアたちと共に黒いオペラハウスの中へと吸い込まれていった。
アミを送り出したリクの表情が、見たこともないように翳っているのをミラフェイナは初めて目にするのだった。




