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人垣の向こうで、悲鳴が上がっている。
「ちょっと通して! オリヴィア・ティアードよ!」
「ま、待ってオリヴィアさん……っ」
喧嘩を見物する野次馬たちをかき分け、歌姫オリヴィアが黒いオペラハウスの前まで辿り着く。
そしてオリヴィアを追う形で一緒に来たアミは、岩のような大男たちがポンポンと弾き飛ばされていく様を目撃した。
「ぐわぁッ」
「がはッ」
「おわぁッ」
吹き飛ばされた大男たちが見物人の群れに突っ込み、阿鼻叫喚の渦が量産されている。
分厚い筋肉の肉壁が、オリヴィアを追って来たアミの上にも降ってきた。弾き飛ばされた用心棒の大男の一人だ。
「ノォー――!?」
間一髪のところでアミが避けると、大男は加速した体重ごと地面に体をめり込ませた。
これをやったのは、もしかしなくてもリク以外にあり得ない。
アミがオペラハウスの方を見ると、オリヴィアがカツカツとヒールの音を響かせて支配人たちのところへ近付いて行くところだった。
「ちょっと! あなたたち、こんなところで何をやっているの!? 他のお客様の邪魔よ!」
「オ、オリヴィア。危険ですぞ! あのご令嬢方、とんでもない者たちを連れてきおって……!」
歌姫オリヴィアが叱責すると、支配人が問題の令嬢たちを指して喚いた。
「何? あの子たちは!?」
オリヴィアにとっては見知らぬ令嬢たちと、その前に立つリクを一瞥した。
素手で用心棒たちの巨体を投げ飛ばしていたリクは、勇者のスキル『武術自在』を発動していた。徒手空拳でも充分だった。
一緒にいたレンブラントは用心棒の攻撃をいなしながら、リクの死角を守るように立ち回った。
「クソ……ッ! 舐めやがって」
「この女、もう容赦しねぇぞ」
リクがただ者でないと悟った用心棒たちは、各々にナイフや剣を抜いてジリジリと迫ってきた。
「そっちがその気なら……」
リクの後ろには、ドレスを着たミラフェイナやシエラがいる。リクは仕方なく剣を抜く。レンブラントもそれに続くが、苦言は呈した。
「いいのか? これ以上は、後戻りできなくなるぞ」
「抜いたのは、あっちが先」
突っ込んで来た一人を剣で受け止め、相手のナイフを弾き飛ばす。
「リク様……っ!」
「ミラは、そこにいて」
肝を冷やしながらリクとレンブラントを見守っていたミラフェイナは、魔法で支援しようにもタイミングが掴めない。
隣にシエラもいるため、リクの言う通り間合いを保っていた方が良いのかもしれない。
少し前に投げ飛ばされていた用心棒たちも、腰をさすりながら剣やナイフを手に集まって来ていた。これ以上は、本当に死人が出るかもしれない。
「ま、待って……! リク、やり過ぎだよ!」
そこへ人混みを分けてまろび出てきたのは、魔法魔術科の制服を着たアミだった。
「アミ!? 来ていたの?」
「アミ様!?」
リクとミラフェイナがすぐに駆け寄ると、アミは申し訳なさそうに後頭部を掻く。
「ご、ごめん。寄り道しちゃって……。それより、どうしてこんなことに……!」
リクが剣を抜いていることに、アミは少なからず驚いていた。
「私たち、話し合いに来たんだよ?」
「向こうが先に手を出そうとしたんだ」
「だからって、これじゃ……」
「あなたは、さっきの……! その子たち、あなたの知り合いなの?」
歌姫オリヴィアが、アミの姿を認めて難色を示す。
アミは覚悟を決め、正直に話した。
「……はい。私の友達です」
「どうして……」
二人が顔見知りのような雰囲気だったため、疑問に思ったリクが尋ねた。
「アミ、あの人は?」
「オペラハウスの歌姫さんだよ。ついさっき、隣の公園で知り合ったの」
「さっきって……」
「そんな、さらっと仰いますわね……」
アミが何気に放った言葉には、色々と想像だにしない事柄が含まれていた。
遅れてきた数分の間に、一体何があったというのか。リクもミラフェイナも、前々からアミには驚かされてばかりだった。
「私に話をさせて。オリヴィアさんに話してみるよ」
「……分かった」
リクは短く息をつき、ゆっくりと剣を収めた。それを見たレンブラントも剣を収めた。
二人が剣を収めたことで、場の緊張感が和らぐ。
「……オリヴィアさん」
アミが数歩近付く。残っていた用心棒たちが警戒するが、歌姫オリヴィアはそれを手で制した。黙って様子を窺っている。
アミはその場で深く腰を折り、謝罪した。
「騒ぎを起こしてしまって、ごめんなさい。私たち、どうしても侯爵さんにお話ししなきゃいけないことがあって……」
しかしオリヴィアは先ほど公園で会った時とは違って、厳しい視線でアミを見据えている。
アミを庇うように一歩進み出て、続きはリクが話した。
「ここに『ヒロイン』たちが来ているはずだ。そのことで話がある」
「――『ヒロイン』っ!?」
その単語を出した途端、オリヴィアや支配人たちの顔つきが変わった。
この世界の普通の人間は、リクたち『ヒロイン』や悪役令嬢たちの転生転移の存在を知らないはずだ。彼女たちが自分で明かさない限りは。
他にそのことを知るのは、インクイジターくらいだ。
もしくは、『ヒロイン』たちに手を貸す黒いオペラハウスのオーナーか――。
「……あなたたち、『ヒロイン』なの?」
訝しげに問われたオリヴィアの言葉に、リクとアミが目を見合わせた。やはり、何か知っているようだ。
アミは首を振り、手でリクを指して紹介した。
「私は『ヒロイン』じゃないけど、ここにいるリクはそうだよ」
受け合い、リクは黙って頷いた。
オリヴィアと支配人たちは半信半疑といった様子でリクとアミ、そして後ろにいるミラフェイナやシエラのことをつぶさに観察した。
「後ろのご令嬢方は?」
「わたくしは、悪役令嬢ですの。リク様たち『ヒロイン』とは違いますわ」
「私はモブですので、お気になさらず~」
ミラフェイナが胸を張って答え、シエラはにこやかにそう答えた。
「あ、悪役……? モブ……?」
オリヴィアたちは、ますます混乱しているようだった。




