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歌声を追いかけて行くと、広い緑地に出た。公園のようだ。黒い三角屋根の建物から見て、西側手前にある公園だった。
植木の近くのスペースに、楽器を構えた人たちと美しい銀髪ウェーブの女性がいた。
曲がまだ続いている。歌姫は彼女だった。
「すごい……」
楽曲が終わると、アミは夢中で拍手をしていた。
たったひとつの拍手の音に、数人の奏者たちと歌姫が振り向いた。
「あら? 可愛らしい観客がいたのね」
そう言って微笑む歌姫はデコルテドレスにストールを纏った、夢の天女のように心を掴む美貌をしていた。
アミはどぎまぎしながら、咄嗟に頭を下げた。
「か、勝手に聞いちゃってごめんなさい! あまりに演奏が素晴らしくて……。あの、歌もすごく素敵でした」
嘘偽りのないアミの率直な感想に、奏者たちはおのおの満足げな表情を浮かべた。代表するように、歌姫が答えた。
「ありがとう」
「あそこで演奏している曲なんですか?」
オペラハウスの方を指差して、アミが尋ねた。
「知らないで聞いていたの?」
意外そうな表情で、歌姫が銀の睫毛を瞬かせた。
「すっ、すみません。今年から、この都市に来たばかりで……」
「新しい学生さんなのね」
「はい。今年度から転入してきたんです」
「そう。なら、初めて聞いてくれたのかしら?」
「えっと……。エクスに来た日も、ここで楽団の人たちが演奏しているのを聞いて……」
「あら、そうなの?」
歌姫が、長い睫毛を瞬かせた。
「同じ曲だったので、よく憶えています。でもでも、歌のバージョンは初めて聞きました!」
歌姫の問いに、アミは目を輝かせながら言った。
あまりに純粋なアミの瞳を見て、歌姫はくすりと微笑した。
「それなら、ぜひ舞台を観に来て。曲も劇も最高だから」
「劇中曲なんですね! いつもこの公園で練習しているんですか?」
「いいえ。まだ公演中だし、いつもはやらないのだけれど。たまに気晴らしも兼ねて、こうして外で練習したりしているのよ」
さすがに劇中曲を外で練習することは稀なようだ。にもかかわらず楽団の野外練習に二度も出くわしたアミは、やはり運が良いようだ。
「最近は千秋楽が近いからって、オーナーが毎週のようにアレンジを加えてくるの。おかげで都度、練習が大変でね。羽を伸ばしたくもなるわ」
歌姫の愚痴を聞くと、アミは重大な事実がさらりと混ざっていることに気が付いた。
「そ、それって同じ舞台で曲が変わったりしてるってことですか?」
「ちょっとずつね」
「はわぁ……」
アミが深い溜息を吐く。曲に感じた熱が、まだ胸に残っている。その根源を見たいと願い、あの日もアミは飛び出したのだった。
意を決して、アミは歌姫に尋ねた。
「あのっ。……この曲を作った人って、どんな人ですか?」
質問の意図を掴みかねた歌姫は、きょとんとしている。弦楽器を手にしている奏者の一人が言った。
「うちのオーナー?」
「オーナーさんなんですか?」
今度はアミがきょとんとした。ほかの奏者も追随して言った。
「そうだよ。若くて才能に溢れたお人だ。誤解されやすいけどね」
「ゴカイ?」
何のことだろうと、アミは首を傾げる。
「オーナーなら、もう来ているんじゃないか?」
「今日はダンジョンの方じゃなかったか?」
「そうだったか?」
「いや、さっきオーナールームの前で支配人と話しているのを見かけたよ」
「そうなのか? 最近は珍しいな。いつもなら、ダンジョンにいる方が多いのに」
奏者たちの話を、アミはどきどきしながら聞いていた。
「ダンジョン……?」
アミはよく分からなかったが、少し前に同じ単語を聞いた気がする。しかし、今は思い出せない。
アミの様子を見て、意外そうに歌姫が言った。
「もしかして、お嬢さん。オーナーがお目当てなの?」
「いっ、いえ。本当に素晴らしい曲だったので、どんな人が作ったのか気になって……」
「そんなに気に入ったの?」
「はい。あの曲は……」
アミは一度瞼を伏せ、旋律を思い出すように噛みしめてから言った。
「〝可能性の歌〟だと思ったんです。そうしたら、歌姫さんの歌が聞こえてきて……。何だかもう、本当に言葉にならなくて」
「ふふっ、そうなのね。歌姫って、私のこと?」
歌姫が嬉しそうに笑って尋ねると、アミはこくこくと頷いた。
「ありがとう。私はオリヴィアよ。オリヴィア・ティアード。オリヴィアでいいわ」
「オリヴィアさん……」
アミが名前を呼ぶと、歌姫は微笑みながら頷いた。
「あなたは?」
「私は……」
アミが言いかけた時、何やらざわついた喧噪が聞こえてきた。
黒いオペラハウスの方からだ。
見ると、数人の野次馬が叫びながら集まっていた。
「喧嘩だー! 喧嘩!」
「オペラハウスの前で、お貴族様のご令嬢方が、支配人の用心棒と揉めてるぞ!」
アミが驚いて振り向く。それはオリヴィアや奏者たちも同じだったようだ。
「ちょっと失礼!」
オリヴィアは譜面台に挟んでいた歌劇のチラシを取ってアミに渡すと、黒いオペラハウスの方へと駆けて行く。
「そのチラシを持って来たら、入場料をオマケしてあげるよう支配人に話しを通してあるわ。また舞台で会いましょう!」
「えっ……、待って……。お貴族様のご令嬢方って……」
アミはハッとして、公園の時計を見た。待ち合わせ時間を過ぎている。
「まさかリク……と、ミラさんたち!?」
まずいと思ったアミは、慌ててオリヴィアたちの後を追いかけた。




