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『上る/下る』

「君たち!何をしてるンだ!こっちへ来なさい!」

鼻にかかったような特徴的な老人の声。

なんだ?俺たちに言ってるのか?

声のした方を見ると、見覚えがあるが誰だったかという微妙なラインの老紳士がいた。


俺は水田に目で問いかける。

「確か、会社の法務部によく出入りしていた弁護士の先生だな。」

小声で水田は教えてくれた。

さすが水田だ。


「早く!こっちへくるンだ!」

弁護士先生はそう言って非常階段の方へ歩いて行った。

嘘だろ?あの人は普通に使えたのか?


俺と水田は恐る恐る弁護士先生の後を追う。


「こっちだ!みんなもう集まっている!」

弁護士先生はそう言って階段を登り始めた。

上?大丈夫なのか?


「村田、お前は確か下に降りて行ったんだよな?」

「そうだな、何階か降りて戻って来たんだ。」

今の日本語おかしいな?でも事実だから仕方ない。

「なら上は行けるかも知れないな。」

悩むように水田が呟く。

何かが引っかかってるのか?


「もうみんないるらしいし、ついて行って良いんじゃねえか?」

既に弁護士先生の言葉で同じフロアにいた奴らが階段を登り始めている。

俺たちもみんないるところに集まる方が安全なんじゃないのか。


水田はしばらく考えた後、弁護士先生についていく事にした。

「取り敢えず、他に人がいるなら状況を聞こう。俺たちが歩き回って調べるより安全だろう。」

なるほど、矢張り水田は頼りになる。

俺たちは弁護士先生の後を追って階段を上る事にした。


「こっちです!」

見覚えはあるが名前の思い出せない女子社員が踊り場のドアを開けて誘導している。

「ありがとう。」

「あ、ありがとう!」

水田、続いて俺が礼を述べてドアをくぐる。


そこは当然ながらビルの高層階だった。

他のフロアとは違い、床が大理石と言うのだろうか?

緑がかった石作り、まるで高級ホテルのロビーみたいな床だった。


「なんだ…このフロアは?」

水田が首を傾げている。

「どうした?何か変なのか?」

俺は何を不思議がっているのか分からず訪ねた。

「村田…こんな場所見覚えあるか?外を見る限り上階みたいだけどどう考えてもオフィスビルの内装じゃないだろ。」


言われてみればそうである。

高級感のある内装で、偉い人が使う部屋かなと思ったけど机が無い、椅子もない。

眼に映るのは弁護士先生とそれに着いてきた人。

さっき俺たちと同じフロアに居た人間だけだ。

さっきみんな待ってるとか言ってなかったか?


「嫌な予感がする…戻るぞ村田!」

そう言って水田は元来た階段の方へと駆けて言ったがドアはもう閉じられて居た。

ドアを支えて居た女子社員はもう部屋の中だ。

まあ開ければいいだけの話なのだが。


水田はガチャガチャとドアノブをまわそうとする。

しかし、一向に開く様子は無かった。

「鍵かけたの?」

「いいえ、かけてませんけど…?」

俺は女子社員に聞いてみた。

かけてないらしい。

なのに開かない?


これは水田でなくとも嫌な予感を感じる。

こんな状況下で誘導されて閉じ込められた?


弁護士先生を見る。

先生は集まった社員達に何か渡して居た。

受け取った社員はその何かを手に持って窓の方へと向かう。

そしておもむろにペタペタと貼り始めた。

ステッカーか?

「水田、ちょっと俺見てくる。」

ドアノブと格闘している水田にそう告げて俺はステッカーを貼っている男のところに向かった。


「何してるんですか?」

声をかけてみる。

すると、ひたすらにステッカーを窓に貼り続けて居た

男がこちらを振り返った。


「センセイがこれをたくさん貼れば無事に帰れるって言ってたんだ。お前達も貰ってくると良い。」

そう言って再び手に持った大量のステッカーを一心不乱に貼っていく。


ステッカーは四角が二つ横に繋がったような形をしており、左にはひし形が何重にも重なったような模様。

右側には達筆な習字のようによく読めない文字が書かれていた。

お札のようなものなのか?


俺は気になったので弁護士先生に尋ねる事にした。

「すいません、何をさせているのですか?」

「何って、儀式だよ。魔女の呪いから逃れられるようにこう窓いっぱいにこれを貼るんだ。」

そう言って先生は先ほどと同じステッカーを差し出して来た。

「儀式ってなんですか?」

取り敢えず疑問に思ったことを聞いてみる。

なぜこんな所に誘導したかは分からないけど対話はできるようだし。


「一言に説明できるものでは無いよ。だけどこう、窓ステッカーを貼るとそこだけ魔女の呪いが通じなくなるんだよ。そこから逃げられるよ。」

つまり割れなかった窓が割れると言う事だろうか?

本当なら脱出の手掛かりではないか。

俺は嬉々としてステッカーを受け取った。


せっせと窓に向かってステッカーを貼り続けている先程の男の隣で俺もステッカーを貼る事にした。

「本当なんですかね?」

貼りながら俺は隣の男に声をかける。

「ああ、先生が言うのだから間違いないだろう。ほら、俺はもうすぐ貼り終わるぞ。」

そう言う男の前にある窓はもう殆どステッカーで埋め尽くされていた。

「これで最後だ!」

男はそう言って残った最後の隙間にステッカーを貼り付ける。


「先生!できました!」

まるでテストが早く終わった小学生みたいに弁護士先生に向けて言う。

「よろしい!ではそこに向かって飛ぶンだ!」

「はい!」

弁護士先生は男に次の指示を出した。

男はステッカーだらけの窓に向かって突っ込んだ。


ガシャーンと窓の割れるような音はしなかった。

だが、するりと男の体が窓を抜ける。

窓に貼られていたステッカーが粘着力を無くしたかのように一斉に散らばった。

凄い!弁護士先生は一体何者なんだ?本当に出られたじゃないか!


次の瞬間、外に出た男は重力に従って落下を始めた。

その先をステッカーの貼られていない窓から覗く。

下にはパトカーや消防車が集まって来ていた。

野次馬やテレビ局の車も遠巻きに囲んでいるようだ。

とにかく凄い人混みだった。


そこに、1人の男が落下していく。

あっと言う間だった。

慌てて落ちてくる男を避ける人の群れ。

そして、地面に激突した男は、赤い色に変わっていた。

ペンキをこぼしたみたいなそんな風に見える。

高さがあるせいかよく見えなくてよかったのかもしれない。

はっきりとその瞬間を見ていたら俺は耐えられ無かっただろう。

人がトマトのように潰れる瞬間。


「おいい!何が助かるだ!あいつ死んじまったぞ!」

俺は弁護士先生に向けて叫ぶ。


「魔女の呪いから逃げられたンだよ。さあ、みんな続けなさい!」

先生はそう言って他の残った社員達にステッカーを貼るように促した。


「いや!死にたくない!あたしは逃げたいの!」

女子社員が叫ぶ。

「大丈夫、逃げられるよ。」

先生はそう言って諭す。

いや、死ぬだろ。

外に出ても無駄だろ。

そう言おうとしたが声がでなかった。

怖いのだ。

この狂った男が。


俺はステッカーを力なく地面にぶちまけてしまう。

心配して水田が俺に駆け寄った。

「おい、村田!しっかりしろ!」

「水田…ドアは開かないのか?」

「ああ、溶接したみたいにビクともしなかった。」

「そうか…逃げたいなあ…怖いよ俺…。」

弱音が口から漏れる。

助けてくれと言いたかったが水田もそれは同じ事だろう。


女子社員は弁護士先生と言い合いを始めた。

根本的に噛み合ってない言葉のやりとりだ。

まともに聞いていると頭がおかしくなってしまいそうだ。

他の社員達は…まだステッカーを貼り続けている?

なんだこれ、お前達もそれで外に出ても落ちて死ぬだけだぞ?

何もできずに俺はうなだれるだけだった。


下を見ると散らばったステッカーが震えているのが目に入る。

今更ポルターガイストか?

もう何が起きても驚かないぞ。

「おい水田、今度はポルターガイストだぜ…。」

ははと力ない声が口から出ていた。

「なんだ?おい、まさか!」

水田はそのポルターガイスト現象が起きた所に手を触れる。

すると、ガタリと音がして床が外れた。


「でかした村田!とりあえずここからは逃げられるぞ!」

声を潜めて水田が語り掛ける。

そこには、下へと続く梯子がぶら下がっていた。

「どこに通じてるかは正直怖い。だけどこんな気が狂いそうな所でじっと死ぬのを待つのはゴメンだろ?」

と水田が微笑む。

「あ…ああ、そうだな。」

俺は既に気が狂いそうだ。

こんな状況でもまだ頑張れる水田を尊敬する。

「あの弁護士先生に気づかれない方がいい気がするんだ。こっそり、こっそり行くぞ。」

「ああ、ああ。そうだな。」

水田は先に梯子を下り始める。

なんでこんな都合の良い脱出路があったんだろうとか考えたけど、やめた。

どうせ答えは出ない。

俺も水田に続いて梯子を下りる事にした。

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