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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三章 失われた島
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(11)

 舞台が仙人の島に移りますが、まずは前回の航海からです。


 プロローグからつながる前回の航海で、徐福は何を見たのでしょうか。

 船団は、進む。

 もう何日も陸地は影も形もなく、ただまっすぐな水平線が囲んでいるだけだ。

 だが、徐福の表情は晴れやかであった。

 風は、順調に吹いている。波も沖合に出てから少し高くなったものの、知っている者からすれば大したことはない。

 海図に記された通りの流れに乗り、決められた日数と時刻で方向を修正する。

 こうしていれば、あとほんの数日で島に着くはずだ。

(全く、穏やかなものだな。

 前回とはえらい違いだ!)

 いっそ退屈なほどに順調な旅路に、徐福は苦笑した。

 以前、徐福が初めて仙人の島に辿り着いたあの時の航海とは、何もかもが違いすぎる。海も、そして己の立場も。

 思えば、あの時は命を懸けた冒険の連続であった。

 徐福は美しく凪いだ海を見ながら、前回の航海を思い出していた。


 考えてみれば、前回の航海は全てが手探りであった。

 仙人が本当にいるかどうかは分からない、島の場所も分からない。大昔の嘘か真かも分からぬ記録と、人づての証言が頼りだった。

 不老不死や神通力の存在について、これ以上確かな記録を探すのは不可能だった。後は仙人か、それにつながる現象の存在をその目で確かめる事だけが、残された手段だった。

 そして徐福は、海中の神山を目指して漕ぎ出した。

 仙人の島に流れ着いた者が出航した日について詳しく調査し、できるだけ季節や気候の条件を重ねて船出した。

 季節に似合わぬ生温かい風の吹く、湿っぽくて雲の多い、嵐の前。

 海に出ると、多くの証言者たちの言う通り、猛烈なしけに遭った。

 すさまじい高波と、暴風雨だった。横殴りの雨が己の体を船から引きはがさんと叩きつけ、逆巻く波が滝のように降り注いだ。

 それでも徐福は決して陸に戻ろうとせず、全身の力で船にしがみついた。

 仙人の存在を確かめられる可能性があるなら、命など惜しくはない。

 徐福は、人を超える力の研究に、人の命を捧げる覚悟だった。

 己のやっている事の意義も分からないまま、いたずらに仙道を語って人をだますだけの低俗な方士どもと同じにはなりたくない。

 そうなるくらいなら、死んだ方がマシだ。

 その情熱と根性で、徐福は船にしがみつき続けた。

 そして嵐が晴れた時、徐福の周りは海と空と水平線だけになっていた。


 その光景は、人の心を折るには十分だった。

 どちらを見てもどんなに目を凝らしても、足をつけられる陸地がどこにもない。あるのは、飲めば飲むほど命を縮める塩辛い水のみ。

 人が生きていける要素が、どこにもない。

 全方位を死に囲まれ、生きながら黄泉に放り込まれたようだ。

 普通の人間ならば、たいていここで心が折れて生きるのをやめてしまうだろう。刃物があれば自害するか、自ら海に飛び込んで水に身を委ねてしまう。

 だが、仙人の島に辿り着いたのは、その勇気がなかった者なのだ。

 渇きと絶望に苦しみながらも、漂流し続けるしかなかった者。死への恐怖で長い苦しみから逃げることもできず、ほんのわずかな希望にすがった者。

 そういう者のみが、半日から二日かけて島に流れ着くのだ。

 大陸から遠く離れた、航路すらない島に。


 徐福はそれを知っていたため、陸が見えなくても焦ることはなかった。

 着物を脱いで日よけにし、少しでも体の水分が失われるのを防ぎながら、半壊した船の上でじっと待っていた。

 かくして一日ほどで、その島は目の前に現れた。

 周囲に陸地が全く見えない、絶海に浮かぶ三つの島影。

 伝説の三神山と、同じ数の島。

 しかし近づいてみると、煙が上がっているのはそのうちの一つだけだった。残りの二つの島には港もなく、人の気配がない。

 海には、小さな船がいくつも浮かび、人が釣り糸を垂れていた。

 そのうち、漂流して来た徐福に気づいた釣り人が、船を寄せてきた。

「おや、こんな所に人が来るとは珍しい」

 釣り人は徐福のことをもの珍しそうに見ながら、水を飲ませてくれた。見た所、どこにでもいそうな普通の人間だ。

 徐福は、弱って意識が朦朧としているふりをして尋ねた。

「おい……ここはどこだ?

 仙人様の住む島か、それともあの世まで来ちまったのか……?」

 すると、釣り人はにっこりと笑って安心させるように言った。

「心配するな、ここは蓬莱、仙人の安期生様が守っていらっしゃる。

 本来人の立ち入るべきところではないが、安期生様は優しいお方だ。まずはゆっくり休んで、その体を癒すといい。

 その後、人の世界に帰してやろう」

(よし、ここで間違いない!)

 徐福は、心の中だけで破顔した。

 今かけられた言葉も、これまで調べてきた多くの漂流者たちの証言と同じだ。それによると、漂流者はこれから仙人、安期生の下へ連れて行かれ、土産に仙紅布を持たされて帰されるのだ。

 だが、徐福はそれで終わる気など毛頭ない。

 徐福はここいいるのが本当に仙人なのか、そして本当に不老不死なのかを確かめるために来たのだ。

 しかし、今ここでそれを言ってはならない。

 もし仙人が偽物であった場合、口封じに殺されてしまう可能性が多分にあるからだ。

 徐福はぐったりしたふりをして、目と耳を凝らして周りの様子を伺った。

 釣り人は、鏡を使って他の釣舟と何かやりとりをしているようだった。交信した他の釣舟が、次々と島に帰っていく。

 徐福を乗せた釣舟は、他の船とは別のところに向かった。島の周りを回り、切り立った崖の下にある小さな船着き場に停まった。

 徐福が釣り人に肩を貸されて船から下りると、上等な着物に身を包んだ男が崖に作られた階段を下りてきた。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 柔和な笑顔で、いかにも物腰柔らかだ。

 一見、身分の高い者にも見える。

 しかし徐福は、その身の端々にある違和感を見逃さなかった。

 上等な着物には、今しがた出したばかりのような折りじわがはっきりと残っている。手や肌は日焼けし、とても着物に見合う身分の者のそれではない。他にも髪の結い方や着物のところどころに、手慣れていないせいであろう崩れが見られる。

(これは、どうもいつもこの格好ではないようだな。

 客が来るたびに、急ごしらえで演じておるのか……)

 それを口には出さず、徐福は促されるまま船から下りて階段を上った。

 その階段からは、島の他の部分が見えない。崖と、その両側のこんもりと茂った森が邪魔をして、見えるのは本当に狭い範囲だ。

 海上から見たところ、島には畑が広がっているらしい植生の浅い平地と、いくつかの集落があったはずだ。

 この階段と船着き場は、そこから見ると裏に位置するのだろう。

(……集落の様子を、見られたくないということか?)

 そう言えば、仙人に会ったという証言者たちの話でも、仙人の館以外の場所は出てこない。おそらく、案内されなかったのだろう。

 伝説によれば、仙人の島で飼われている生き物はみな白いという。

 だが、実際にそれを見た者はいない。

(見せてもらえなかったということは、これは偽りの可能性が高いな。

 しかも島ぐるみでそれを隠しているということは、大陸の者にはそれを信じさせておきたいということか。

 ……こいつは、外れかな?)

 これまでの状況を考えて、徐福は軽く失望した。

 だが、諦めるにはまだ早い。

 隠しているのは嘘を暴かれたくないからではなく、本当に仙人がいて、その術を詳しく知られたくないからとも考えられる。

 ともかく、仙人に会ってみなければ何とも言えない。

 そもそも、徐福はそのために来たのだ。

 徐福は、迎えの者について館の門をくぐった。質素な木造の廊下にはさしたる装飾もなく、一見普通の家と変わらない。

 その奥からは、芳香が流れてきていた。

 全てがそうだとは言い切れないが、割とどこにでもある香料を組み合わせてあるようだ。これまで嗅いだことがないとか、そういう特別なものではない。

 その芳香と生活感のない見た目のせいで、独特な雰囲気にはなっているが……。

 そこにある物もその素材も、人間の世界のものと何ら変わりはなかった。


 そうこうしているうちに、徐福は薄布のカーテンがかかった部屋の前に通された。

 身なりのいい男が、中に向かってうやうやしくあいさつする。

「安期生様、流れ者をお連れしました」

 すると、ややあって、中から男の声が響いた。

「入りなさい」

 カーテンがふわりと揺れ、先ほどから廊下に漂っていた芳香がさらに鮮やかに濃厚に漂う。この部屋から、漏れ出ていたのだろう。

 身なりのいい男が、いかめしい顔で徐福に言った。

「仙人の安期生様が、お会いくださる。

 身を慎み、不必要なことをしゃべらぬよう。そして、いいと言うまで顔を上げるな」

 徐福は大人しく従うふりをして、伏せた顔でニヤリと笑った。

 ついに、仙人に会える。いや、仙人を名乗っている者に。本当に仙人であるか、超常の術を使えるかは、これから確かめる事だ。

 果たして、探し求めた仙人は実在するのか……。

 徐福は、はやる胸を抑えて戸口をくぐった。

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