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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三章 失われた島
13/255

(12)

 徐福の前に、仙人を名乗る安期生という男が現れます。

 彼は、本当に仙人なのでしょうか。


 そして、秘密を暴くために徐福がとった行動とは。

 その部屋は、芳香に満たされていた。

 顔を伏せたままチラリと横に目をやると、そこは質素な部屋だった。

 しかしその部屋の両側には、神を祀ると思しき祭壇がいくつも置かれていた。その上には香炉や鏡といった祭具が置かれ、独特な雰囲気を醸し出している。

 普通の人間なら、この香と雰囲気のせいでここを異界のように感じても無理はない。

 だが、徐福はそんなものに惑わされはしない。

 徐福が神経を集中させているのは、前方にいる仙人を名乗る男、安期生ただ一人だ。


 安期生……その名は、畏敬をもって斉や燕の沿岸に伝わっている。

 曰く、海中の神山に数百年に渡って暮らしていると。

 確かに安期生の名は、百年以上前の記録にもみられるし、徐福が会って話を聞いた漂流者の口からも聞いた。

 海中の神山に流れ着き、安期生と名乗る仙人に会ったと。

 これらの話を聞くと、安期生は本当に仙人のように思える。

 数百年に渡って生きる人間など、いる訳がないからだ。

 しかも沿岸地方には、親子二代で安期生に会ったり、二度漂流して安期生に会ったという者の記録も残っている。

 それによると安期生は数十年を経ても老いることなく壮年のままの姿であり、時には若返って見えることすらあったという。

 だが、徐福はそこが引っかかった。

 老いないならともかく、若返るとはどういうことか。若い姿でいられるのに、わざわざ時によって少し年を取った姿になる意味が分からない。

 それに、徐福は一つの仮説を立てていた。

 そしてもしそれが当たりならば、安期生は不老不死ではない。

 しかし、それはあくまで仮説だ。真実がどうかは、まだ分からない。

 徐福はそれを確かめるために、はるばるここまで来たのだ。

(必ずや、真実を暴いて見せるぞ!)

 徐福は猛禽のように目を光らせ、その顔を目にする時を待った。


「顔を上げよ」

 しずしずと、低く穏やかな声がかかった。

 徐福は一度軽く頭を下げて、ゆっくりと顔を上げた。

 視界の上から、壇上に座っている男の姿が下がってくる。白い質素な衣を身にまとった、中肉中背のどこにでもいそうな男の体。

 体に獣の特徴があるとか変形しているとか、伝説にあるような奇異な部分はない。


 そしてその顔は……いたって普通だった。


 少し丸っこい顔の、優しそうな男。

 顔には年相応のたるみが現れ始めており、とても血気にあふれているとは言い難い。髪は奔放に流しているが、その中にいくらか白髪があるのを徐福は見た。

(……これは、仙人ではなさそうだな)

 徐福は、直感と理性の両方でそう思った。

 本当に不老不死の仙人であれば、常人よりはるかに精気がみなぎって外見にもそれが表れるはずだ。

 実際、不老不死の仙薬の薬効にはこうある。

<耳がよく聞こえ、目がよく見えるようになり、頭髪が白くならない。顔のシミが消え、つやと張りが戻る。

 久しく服用すれば体が軽くなり、神仙に通じる。>

 もしこれを飲んでいるなら、白髪も肌のたるみもないはずだ。

 それがあるということは、この男は不老不死などではない。

 それに、表情にも、演技が見てとれる。

 一見穏やかに笑っているように見える安期生の表情は、よく見ればところどころに緊張が走っている。むしろ意図して、和やかに見せようとしている。

 本来が、そうでない証だ。

 雰囲気と信仰心にのまれて、しかも漂流で気が動転している者なら容易く騙されるだろう。

 しかし、徐福はそうではない。

 そんな徐福の心中など全く気付かない様子で、安期生は声をかける。

「大変な目に遭ったようじゃな。

 しかし、ここに来たのは幸運であった。ゆっくりしていきなさい」

 徐福はひとまず、おどおどした小心者を装って平伏した。

「へ、へえ……仙人様直々に、恐れ多い限りでございます!」

 徐福のその態度に、安期生は少し力を抜いて目を細めた。どうやら、うまく騙せたと思ってくれたようだ。

(それでいい、油断してくれた方が探りやすくなる!)

 この場で本当に仙人かどうか問うのは簡単なことだ。しかし徐福は、あえてそうしなかった。

 そんな事をしても、真実は見えないからだ。

 本当に不老不死なのか、空を飛べるのかと尋ねても、おそらくはぐらかされてしまうだろうし、かえって警戒されて動きづらくなるだけだ。

 それよりは、目を逃れて動ける隙を待った方がいい。

 それに何より、ここは外界から隔絶されているのだ。下手をすれば、永遠にここから帰れなくなってしまう。

 最初の一手を間違えてそうなってしまっては、本末転倒だ。

 徐福は当たり障りのないあいさつだけを交わして、安期生の部屋から下がった。

 多くの証言者たちによれば、これから漂流者は館の限られた区画でもてなされ、元気になったら帰されるのだという。

(……その限られた区画から出るのが、第一だな)

 限られた区画に押し込めるということは、それ以外の場所には見られたくないものがあるということだ。

 ならば、まずそれを目で確かめることだ。

 徐福はむくむくと膨らんでいく好奇心を隠しながら、迎えの者に従ってあてがわれた部屋に向かった。


 それから数日、徐福は大人しく休養して過ごした。

 徐福が動けるのは、館の中でも数部屋にすぎない。それ以外の場所に行こうとすると、神気が乱れるなどと言われて断られる。

 館には一応窓があったが、集落は見えなかった。

 しかも窓には、頑丈そうな格子がはまっている。明らかに、中の者を逃がさぬ仕掛けだ。

(鳥かご……という訳か。

 しかし、壊せぬことはなさそうだな)

 幸い、格子は木製だった。

 徐福は身に着けた足甲の中から、木の葉くらいの大きさののこぎりを取り出すと、格子の端を切り始めた。

 夜中まで見張られている訳ではないため、徐福の仕事はすんなりと進んだ。

 ものの数日で、格子は少し力をかければ外れるようになった。後はここから脱出し、島を見て回るだけだ。

 決行は、帰される予定日の前夜だ。

 これまで大人しくしていた者が最後の日に動くなどとは、普通は考えまい。そのうえ、あと一日でいなくなるという先走った安心感が、油断を生む。

 最後の夜の宴が終わると、徐福は館の中が寝静まるのを待ち、窓の格子を外した。

 そして、音を立てないようにするりと外に抜け出す。

(案外、簡単に出られたな。

 ずいぶんと不用心なことだ……まあ、秘密を知ったところで帰れぬとたかをくくっておるせいか)

 そう、ここは絶海の孤島なのだ。

 行こうとして行き着くこともできぬ島だ、大陸への帰り道も分からない。

 だからたとえ秘密を知られても、それが外に漏れる可能性は限りなく低いと島の者は見ているのだろう。

 それは正しい判断だ、相手がただの漂流者ならば。

 だが、徐福は違う。

 徐福は既に、島の一つ目の防壁を突破した……島を目指して、たどり着いた者なのだ。帰り道だって、必ず見つけられるはずだ。

(そもそも、島の者は確実に大陸への航路を知っているはずだ。

 でなければ、このような島では手に入らぬ物もあろう)

 徐福は館の中でも各所に、島では手に入りそうもない物を見出していた。

 酒を注ぐ陶器、祭壇を飾る錦や玉の璧、あれらが島で産出できるとは思えない。

 ならばどうやって手に入れたか……答えは一つ、大陸との交易だ。島の者は時々大陸を訪れて、必要な物を入手しているのだ。

 沿岸に時々訪れる仙人の使いとかいうのが、それだろう。

 ならば、帰り道は必ずある。

 それが、島の者の生活を支えているのだから。

(島の者が知っている航路を聞き出せば、ここから帰ることも再び訪れることもできよう。

 そのためにも、島の者との交渉に使えそうな弱みを見つけねばならんな)

 徐福は、暗い林の中を進みながら思った。

 仙人が偽りであるという秘密を暴かれても、それが漏れる危険を冒しても自分を大陸に帰したくなるような交渉材料が、必要だ。

 島で生活するのにどうしても必要な物、大陸につてがないと手に入りづらい物などが、それに当たるだろう。

 実際、この島は資源が乏しそうだ。

 先ほどの窓の格子が柔らかい木でできていたのも、それに使える鉄やその加工技術がないからではないか。

 もっとも、これだけでは交渉材料としては不足だろうが……。

(まあ、外からの目に触れぬよう隠している以上、そういう弱みはすぐ見つかるだろう)

 仙人に関わる秘密のついでに、そちらも調べればよい。

 徐福はそう考えながら、星を見て方角を確認しつつ、館と集落方面を隔てる山を越えた。


 徐福の予想は、方向としては正しかった。

 島は確かに外に漏らせぬ秘密を抱え、そして深刻な弱みを抱えている。

 しかしその内容については、徐福の予想は甘かったと言わざるを得ない。島が抱えている秘密は、常人が受け止めるには大きすぎるものであった。

 だが、もう引き返すことはできない。

 山から人の住まう平野を見下ろす徐福の目の前で、島の暗部を照らし出すかのように、白く輝く太陽が昇ろうとしていた。

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