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第3章 死闘 7 台風二十一号

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 三日後。さらに数十の物件を見て回った稲水は、やはり山梨の建築途上で放置されている大学らしき建造物が最有力だと考えていた。エレベーター部分も開口があるだけ、窓部分にはサッシもガラスも入っていない、コンクリート打ちっぱなしの五階建ての建物。彦佐に勝る機動力を誇る(らしい)ハルには攻守ともに最適な決戦場だと思われる。

「稲水、場所はわかったから早く日時を決めろ」

 ハルはそう軽くいうのだが、簡単に決めていいものか。大声や雨音、耳が利きすぎる彦佐が嫌う音の問題。それからマーキング。あの意味がわからない。そんな稲水の憂慮をよそに、ハルは本日も吉田の運転でどこぞへと出かけていき、脳天気にレクリエーションを満喫しているようだ。

「どうせ彦佐は殺すんだから、とっとと日取りを決めやがれ、と春乃さまが」

 頭をかかえてベッドにもぐる稲水へ、無邪気とも取れる晴れやかな声で進言するまひる。

「わかってるよ!」

 思わず少女へ声を荒げる稲水。

「うわ! 今度はパワハラですか」

「悪かった。悪かったけど、しばらくひとりにしてくれ」

「稲水さま」

「なんだよ」

「彦佐という蛮夫がどれほどの者なのかはニュースを通してでしか知りませんが──」

「知らないのなら黙っといてくれ」

「蛮夫はしょせん男性、比してヴァンプは男女を超越した存在であると春乃さまから聞かされたことがございます」

「ふふ、まるで大魔神サタンだな」

「なんですか? サタン? 春乃さまは悪魔ではありません!」

「はいはい」

「稲水さま、春乃さまを信じましょう。男女を超越したヴァンプが、男になんて負けるはずがありません!」

「わかった。まひるちゃん、もうわかった」

 そうこたえながらも稲水は、ハルが脳天から爪先にいたるまで、ぎゅうぎゅうに女であることも知っていた。


 稲水がベッドで目ざめたのはスマホで確認した限り、午後四時をまわった時刻であった。いつの間にか、うとうととしていたようだ。十月の秋風をはらむ、開けはなたれた窓からのぞく陽光が、西の方へとかたむきつつあった。

「駄目だー、なんにも思いつかねぇー」

 ピロロロ~ン。間の抜けたような音をスマホが鳴らした。ニュースサイトの速報が入ったのである。

「はぁ! マジか!」目をむく稲水。「情報、情報だ!」稲水は与えられた部屋のテレビのニュース番組をチェックしつつ、スマホの検索をしつづけた! 決戦の日時を正確にハルへと伝えるために。

  

『東シナ海で発生した熱帯低気圧、大型で猛烈な台風二十一号が現在、九十ノット、時速約四十五キロの速度で日本へと接近しております。予測では明後日、三日の夜間前後に本州、関東圏内へ上陸、直撃するものと見られております。非常用品、貴重品、防災グッズその他の安全対策と暴風雨への備えを気象庁は呼びかけております。それでは気象衛星ひまわりからの映像をご覧ください──』

 夕刻。リビングルームの大型テレビに映し出される画像にはうずまく雲に囲まれた台風の目がくっきりと見えていた。それは大型の台風であるという証でもある。

「稲水、正気か?」

 心底、嫌そうに眉をひそめるハル。

「中心気圧、九百二十ヘクトパスカル。最大風速六十五メートル。最大瞬間風速九十メートル。暴風、豪雨、時に雷。これは耳のいい彦佐をイラつかせるには、持ってこいのシュチュエーションじゃないか。明後日の深夜、決行だ」

「私だってイラつくわ! 濡れネズミになるだろが! 風邪ひいたらどうしてくれる!」

「ヴァンプは風邪菌なんかにやられないんだろ? 日時と場所は俺に任せるといったじゃないか」

「むう……確かに彦佐の聴覚はつぶせるが、一長一短だな。吉田、どう思う」

 ハルがたずねると、吉田は一礼して答えた。

()()()()()を引きおこす可能性は抑えられるかと。それにあの建物はコンクリート造ゆえ風雨の影響もおよばない箇所もあったかと」

「あの建物? 吉田さん、行ったのか、あそこへ」

 稲水のいうあそことは、むろん決闘予定地、建築途上で放置されている大学跡である。

「はい。昨日、本日も下見に」

「そうだったのか」思わずハルを見る稲水。彼女も遊んでいたわけではなかったのだ。「それで山火事って?」

「それは──」

 吉田の言葉をさえぎるハル。

「私と奴が火花を散らせば火事にだって発展しかねない、そういう話だ」

「なるほど」

「吉田、明日も行くぞ」

「かしこまりました」

「俺も行くよ」

「稲水はいい。テレビでもいっていただろ、暴風雨の対策グッズをまひると買いに行ってくれ。それから雨戸がすべて閉まるかの確認、釘でも打っておけ。排水口の掃除も頼む、この別荘に浸水し、ふっ飛ばされでもしたら住む場所がなくなるぞ。雨ガッパとかレインコートのたぐいもな」

「わかったよ」

 不承不承うなずく稲水。

「おまかせください!」

 まひるは嬉しそうに稲水の腕につかまる。

「私はいかがいたしましょうか」

「幸嶋は祝宴の準備。びしょ濡れで帰ってきて、ろくな食べ物もないとかあり得ん。それから、そうだ稲水、おまえにしかできない仕事があった」

「なんだ?」

「私のパソコンで彦佐への果たし状を作っておけ。時刻は深夜0時とする。もちろん現場までの詳細な経路と写真つきでな。あんな住所もまともにないような山の中を選んだのはおまえ、彦佐が迷ってこられなかったらシャレにもならんぞ。責任持て」

「ああ……はいはい」

「私が文言チェックして明日、朝一番で彦佐へメールする。今晩、徹夜してでも仕上げろ」

「なんかブラック上司みたいだな」

「文句あるのか!」

「うわ、まひるちゃん、あれを本当のパワハラというんだよ」

「おぼえておきます」

「おぼえなくていい、まひる!」

 微妙な表情を浮かべつつ、ハルにうなずくまひる。

「ところでハル、彦佐のメアド知ってるのか?」

 稲水の問いに、一瞬、あちゃーという顔で舌打ちするハル。

「ああ……明日、ショートメールで聞くから問題ない」

 笑みを嚙み殺す稲水。

「メアド、教えてくれればいいけどね。いちおう今夜中に果たし状、作っておく」

「笑うな、当然だ」

「思いきり彦佐をあおる文章、嵐の夜に呼びよせるためのフレーズを俺、いっぱい書きこむからな」

「ふん、それでいい」

「けど死ぬな、ハル」

 突然の稲水の真剣なまなざしにとまどうハル。ハルは稲水から目をそらし、その先にたまたまいたまひるへと視線を移す。

「まひる」

「はい」

「徹夜で果たし状を作った稲水は明日、睡眠不足で夢うつつだろう」

「はぁ?」

「すきを見て噛みつき、血を吸ってよし。まひるの下男として稲水を使い、買い出しと館の災害対策をしっかりとやらせろ」

「春乃さま、かしこまりましたぁ!」

 ハルに敬礼するまひる。

「かしこまってんじゃねぇ!」

 あーだ、こーだとけたたましく、わちゃわちゃとわめく稲水とまひる。

 もちろんハルは知っていた。稲水志朗は、現代最高のヴァンプであると自負する彼女の蠱惑が通用しなかった稀有(けう)な存在なのだ。まひるていどの蠱惑も吸血も、到底、彼を奴隷にはできないであろうということを。

 そして思っていた。彦佐を倒さねば、こんなわちゃわちゃは、もう二度と見られない光景であると。すなわち、殺すしかないのだ。


 落雷をはらむ、台風直撃の前哨戦のような不穏な雨がふりしきる翌朝、『チーム春乃さま』はそれぞれの場所で、それぞれの仕事をこなすべく動きはじめた。

 明日にひかえた、ハルの決闘、いわゆる私闘に向けて。

                               (つづく)


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