英雄譚の始まり
アヴェルセ植民地沖 アヴェルセ海軍旗艦艦橋にて
アヴェルセ海軍もカールトン公国海軍と共に艦隊を編成していた。
その中の一部が、たびたび敵情の偵察のために異域沖に出没していたのである。
しかし、今度ばかりは状況が違う。
アヴェルセ海軍の諜報員が異域の現地漁師より、艦隊を目撃したという情報を入手していたのだ。
また、通商破壊を続けていたアヴェルセ・カールトン連合はそろそろランドシア艦隊が現れるだろうとの検討を付けていたのもあって、その緊張感は最高潮に達していた。
アヴェルセ・カールトン連合艦隊は戦艦8・護衛艦15・駆逐艦20を有している。
しかし、本土防衛以外でこの戦力投入の仕方は前代未聞であった。
異域沖を警邏する駆逐艦の艦橋には緊張で顔のこわばった船員たちが双眼鏡を覗いている。
彼らの覗く双眼鏡は一面灰色であったのだが、気がつくとその灰色の隅には黒点が混じっていた。
異変を感じた水兵はその黒点に向かって双眼鏡を向ける。
するとそこには、力強くまた恐ろしい龍のような黒煙を上げる敵艦隊が見え始めたのであった。
監視を行う水兵の一人が大きな声で報告する。
「艦長!敵艦隊と思われる船団が現れました!」
水兵の指さす右現前方に双眼鏡を向けると船団が高々と黒煙を上げながらこちらに向かってきているのが見えた。
靄の中から、そのベールを外すようにスルスルとその全貌を明らかにしてゆく。
艦長は号令を叫んだ。
「旗艦に送れ!敵領洋上ウェルバン島付近にて敵艦隊視認!」
すぐにこの情報は最高レベルに暗号化された文章で発信され、アヴェルセ海軍旗艦・ウォーリアに届けられた。
さらに、ヴォーリアの通信兵によって暗号が解読され、その情報が連合艦隊の両司令官に届けられる。
「全艦出港用意だ」
ランドシア艦隊出現の情報を聞いたアヴェルセ海軍大将ウィーデン提督は言った。
長らくウィーデンとカールトン公国海軍大将ゼルシア提督はことあるごとに対立してきたが、今回の出撃に関しては珍しく両人とも意見が合致したらしい。
参謀の一人がゼルシアに「よろしいですか?」と尋ねると一言、「よろしい」といったという。
コンコルド艦隊という俗称を持っているシャーロット率いる艦隊は荒波を蹴って異域沖に進出した。
このコンコルド艦隊が前進を続ける間もアヴェルセ海軍の旗艦・ヴォーリアの士官室では参謀たちによってシャーロットの足取りが探られている。
また、彼らの頭を悩ますのはランドシア海軍がどこにいるのかということだけでなく、哨戒を続ける駆逐艦らによって報告された艦隊の規模であった。
「どうやらかなりの大戦力らしい」との情報が滑り込んできたのである。
どこで戦闘を行うか。どこで戦隊を展開するか。というのが終始、彼らの頭の片隅から離れない。
参謀たちがどう戦うのかという問題に直面し頭を悩ませていた時、艦長室では艦長が一人、彼らとはまた違う問題と格闘しているようである。
艦長室の中で、せめても皺が付かないようにとハンガーにかけられた上衣の下で、艦長は額に汗を浮かべてウェルバン島付近までの安全な航路を確認している。
ようやく、海図にすべての線が引き終わり、最終確認が終わった。
上衣と軍帽を身に着け、手早く海図を丸めて部屋を出る。
最終確認の終わった彼は早歩きで廊下を歩いた。
艦長が走るのはあまりよくない。兵たちが「何事か?」と不安になる可能性があるからだ。しかし、焦る気持ちがそれを邪魔して、気づくと彼は走っていた。
梯子を登って艦橋に出ると、薄暗く、空気の刺すような寒さの中で、艦長は息を深く吸った。
「出港用意!」
艦長の号令の後、すぐに出港喇叭が吹かれる。
しばらくしてウォーリアの錨が上げられた時には、煙突からはモクモクと黒煙が上がっていた。
そのニ十分後に艦隊はランドシア艦隊を殺すために出港したのである。
異域沖 コンコルド艦隊旗艦
シャーロットは海軍の軍服に袖を通して艦橋に立つ。
初めて乗艦したときは、人生で初めての船酔いでかなりキツかった。
しかし、五日目となるとさすがに体が慣れてきたようで船酔いは解消し、ある程度生活が送れるようにはなってきていた。
また、艦隊は皇帝であるシャーロットが全権を握っている。
そして、艦隊は第二艦隊まで分けて、第一艦隊はシャーロットとその補佐サヴィアント提督が指揮していた。
揺れも大陸に近づくにつれてだんだんと静まり、シャーロットは赤々と海面を照らす日の出を迎えていた。
そのなんとも言葉に表しづらい神々しい日の出を前に異域沖を進むシャーロットは一種の期待感と緊張感をもって艦橋に立っている。
シャーロットの隣に立つ操艦者が、艦隊全体の方針を決めていると言っても過言ではない。
もちろん操艦者も命令に従って操艦しているが、艦隊の進路は彼の号令一つにかかっていた。
「面舵30度宜候」
操艦者の指示に従い舵を握る操舵員はその方向に向かって舵を切る。
ガラガラと舵を回す音が止まってすぐに、操舵員は舵角を復唱した。
「宜候」と艦橋内に、シャーロットからすれば訳の分からない掛け声が響き渡った時、その場に緊張が走る。
「右舷より敵艦隊が出現!」
いよいよかとその場にいる全ての者は身構えた。
ふと、シャーロットは右手を見ると、硬い拳を作って恐怖だか興奮だかで震えていることに気がついた。
実際、目の前で殺し合いが行われると考えると、何とも言えない緊張感がある。
その緊張感に包まれた環境で、艦長はシャーロットに言った。
「射撃を開始します」
「いや、まだだ」
シャーロットはその選択肢を蹴った。
「取り舵を取れ」とシャーロット命令する。
自分の判断を拒否されたことにあからさまに不貞腐れていた艦長であったが、仕方なく命令に従い「取り舵一杯」を命令する。
旗艦モルレーンが取り舵を取ると、それに続いてほかの艦もそれを真似た。
彼らは海という青のキャンバスに、まるで一本の線を描くかのようにしてその芸術的なタッチを見せた。
実際、この命令は戦艦全てをUターンさせることが目的ではない。
どうにかして敵の前方に躍り出て、敵と並走するように戦闘を展開するというのが彼女の目標であり、彼女の受けた助言であった。
コンコルド艦隊と他方連合艦隊が会敵したのは3月23日14時02分のことである。
この回頭が15分の後完了したため、並走するような形に整えることができたのは14時17分であった。
第一艦隊にとってこの15分がハンディキャップであったと言えよう。
しかも彼女らにとって、この海域は海峡でもないから波は穏やかで、一方的に敵の砲弾に殴られる可能性が高い。
しかし、この時彼女らにとって運がよかったと言える点は天候と彼我の距離にあった。
この時の天候は曇りであり、さらに海水面上に霧がかかっていたため、敵からすれば灰色の塗装を施された艦隊は敵から見づらくてしょうがない。
さらに敵艦隊は団子状になって航行していたため、この濃霧の中で互いの距離を正確に知る方法は光しかなかった。
彼らにとって、この「光」が彼らの命取りとなったのである。
この濃霧の中で光は余計に目立った。
シャーロット達はこの光をめがけて砲弾を叩きこめば敵は簡単に被弾するということになる。
しかし、サヴィアント提督の提言した、このやり方は当時の常識から逸脱したもので、さらに言えば非常識であった。
当初、アヴェルセ・カールトン連合艦隊は艦隊を戦域まで運び、そこから戦艦部隊・護衛艦部隊・駆逐艦部隊というように分散させて戦うということを計画していたから、同様にランドシア側もそういう戦闘スタイルをとると考えていたのである。
つまり、敵連合は「移動中に霧の中でライトを使ったとしても戦う時には消せばよい」という認識であった。
一方のコンコルド艦隊は甲板上のライトは使うことなく、旗旒によって縦陣を組む艦隊に指令を飛ばしていたため、敵連合にはコンコルド艦隊が全く見えなかった。
もう一つの幸運である距離は右に述べた内容に追随する。
要するに、天候が悪く、視界が優れない中で彼我の距離が会敵時点でかなり離れていたため回頭中被弾することがほとんどなかったということである。
この状況を予見して、会戦当日の朝にサヴィアント提督はシャーロットに対してこの戦法を提言していたのだった。
サヴィアント提督が非常識だとか野蛮だという評価をされかねない戦法を真剣に検討していた理由は3つある。
もちろん皇帝が戦場に来ている以上、絶対に勝つ必要がある。
そして、最大の理由というのはシャーロットの記憶にあった。つまり、記憶をなくした皇帝には、この世界の海戦の常識は分からないだろうということである。
また、当然にザンスタッドから借りてる艦を廃艦にするわけにもいかない。
まさに、この一つ一つの被害はランドシアとザンスタッドの外交問題にまで発展していくのである。
なぜシャーロットがザンスタッドの艦隊を都合よく貸してもらえたのかという点に注目するのならば、海上共闘条約締結時にまで時を戻さなければならない。
ザンスタッド王国 ハイローリア宮殿
シャーロットが激しい船酔いと戦いながら、やっとの思いでザンスタッドに上陸した当時には海上共闘条約は未だ締結されていない。
この交渉が難航した原因は、共闘という言葉が持つ意味の複雑さにあった。
どこまでが共闘なのか。どちらの国が指揮権を有するのかなど、ほとんどが大使任せであったため、シャーロットがザンスタッドを訪れるまで全く進展がなかったのである。
そんな中の3月19日に、皇帝シャーロットを乗せたモルレーン以下15隻のランドシア艦隊がザンスタッド海沿岸に出現したのだ。
ザンスタッドに寄港したシャーロットはすぐにザンスタッド王の館への入館が許可されたため、ザンスタッド王の元へ訪問したのであった。
落ち着かない応接間である。
確かに、この大きさくらいの部屋ならばユートリヒ宮殿にいくらでもある。
だが、ここまで金に囲まれた趣味の悪い部屋はないと思った。
あまりにも多すぎる金の装飾に、白地に青の絵の入った高価そうな壷などがあちこち、無造作に置かれているのだ。
「うちみたいな貧乏国家には到底、真似できん」と思いながら、ゆっくりと周囲を見渡すように首を回した。
そうしているうちにガチャとのノブを捻る音がその部屋に響き渡り、中央の巨大な扉が開いた。
「お久しぶりです。シャーロットお嬢様」
式典の用の赤い軍服に身を包んだ童顔の中年男が入ってきて、シャーロットの手を握った。
この服装から、この男が王族の人間であることは分かるが、この男が王であるのかわからない。
もちろんザンスタッド王はシャーロットが記憶をなくしたことなど知る由もないから、シャーロットは自分のことを知っているものだとして話しかけている。
この男は王の飾緒をつけていなかった。
この飾緒があれば一発でわかるのだが、飾緒をつけていないため王と断定するわけにいかず、シャーロットは内心焦っていた。
「お久しぶりです。あと、私はすでにお嬢様ではなく皇帝となりましたので、ただ、シャーロットとお呼びください」
知りもしない男を王と仮定して親しげに話しているが、この童顔の男にシャーロットお嬢様は様子がおかしいと思われないように内心必死であった。
「呼び捨てとはいきません。お嬢様は…皇帝陛下は、亡き従兄の娘とあればしっかりと敬称で呼ばせていただきます」
シャーロットは微笑んで答えたが、「私のお父さんのことしっかり調べておけばよかった」と改めて思った。
しかし、従兄ということならば王族の中ではかなり王に近いのではなかろうか。
「では、これではどうですか?互いに職名で呼び合う。これで対等でしょう」
笑ながら男は頷いた。
そして、さぁどうぞと男がシャーロットを椅子へ誘導した時、一人の侍従が部屋の中に入ってきて茶の用意を始めた。
「陛下…」
シャーロットがそう言いかけた瞬間、またもう一人、中年の男が入ってきたが、もう一人も赤の軍服を着ていた。
中年の男は髪を左で分けているのだが、もう一人の男は髪を右で分けていた。
「何をしているフィリップ」
低い声で右分けの男は、シャーロットの前に座る左分けの男に言った。
「ああ、兄さんか。シャーロットお嬢様、ランドシア皇帝陛下が来るっていうから僕の部屋に案内したんだよ」
「申し訳ございません陛下。私の弟が勝手な真似を」
すぐさまザンスタッド王は自身の無礼と、自由すぎる弟の非礼を詫びた。
「お付きの者はどちらに?」
「従者は連れてきておりません」
一瞬、「何を考えているのか」という顔をしたが、ザンスタッド王はすぐに「こちらへ」と違う部屋に案内する。
次の部屋は、しっかりとした応接間であり、木の彫刻を基調とした壁に暖炉という落ち着きのある場所であるが、少々壁に掛けられている絵画が多すぎるような気もした。
しかしやはり、ここでも銀トレーの上に乗せられた紅茶セットが運ばれて来て、目の前のテーブルにカップやらポットが並べられ始めた。
そして、王の侍従がシュガーポット置こうとした瞬間、シャーロットは最後の確認のために侍従にかまを掛ける。
「すみません。私、砂糖使わないので下げてもらえますか?」
おそらくは新人なのであろう。
一つ一つの動作に確認と迷いとがあるから、誰が見てもそう思えた。
「申し訳ございません」とボソッと言って侍従がシュガーポットを下げようとしたとき、「私は使う」と正面から聞こえた。
「申し訳ございません陛下」と侍従が言ったのを聞いてシャーロットは確信した。
「それでは失礼のないように、互いに職名で呼び合いましょう」
さっきザンスタッド王の王弟に言ったのと同じことを彼にも言って、シャーロットは保険をかけた。
「職名で?」とまたも不思議そうな顔をしたが、すぐに「いいでしょう」と頭を縦に振る。
「どう話を持っていくかと」と弟を見ながら思っていたが、まさかさっきのが王ではないとは思っていなかったので、シャーロットは若干混乱状態にある。
つまり、話し相手がいきなり変わったのであるから、今までの観察が全て無駄になったと言って過言ではなかった。
新たにシャーロットが辺りを観察している間、その空間は沈黙に包まれている。
そうした中で、ザンスタッド王が口を開いた。
「失礼を重ねるようで大変申し訳ないのですが、本当にあのシャーロットお嬢様ですか?」
自分の答えられない昔話を振られるのでは?と内心ドキドキしていたのもあって、質問の内容に安心し、笑みが出た。
「ええ、正真正銘あのシャーロットにございます。戦艦に乗ってここまで来ているということより疑いようがないとは思いますが」
「戦艦?」
咄嗟に出た王の声は裏返っていたが、すぐに咳払いをして「戦艦ですか」と言い直す。
「はい。ご存じありませんでしたか?」
その質問には答えず、王はシャーロットに尋ねる。
「港に入らず、どのようにしてここまで…」
「カッターで」
ザンスタッド王はシャーロットのあまりにも破天荒な行いに驚き、同時に大きな声で笑い始めた。
「いや、感服いたしました。さすがは武人の国・ランドシアの皇帝というだけある」
大きな笑い声にビクッとしたシャーロットだが、愛想笑いでごまかし、ザンスタッド王が静かになるのを待った。
部屋中に響き渡っていたザンスタッド王の笑い声が、まるでラジオのつまみを徐々に消音に向かって捻るようにして消えてゆく。
そして、再び部屋の静けさと窓の外から聞こえる街の音が戻った時、シャーロットは話を始めた。
「戦艦に乗ってまで私がここに来たのは、海上共闘条約を早急に締結させるためです」
「なるほど」と言って、彼が座る皮でできた上等そうなソファーに深く腰掛け直した。
逆にシャーロットはローテーブルをはさんで向かい合って座る王を追いかけるようにして浅く座り直す。
そして、よく教育された淑女のように姿勢を正して言った。
「つまりは、艦隊を貸してほしいのです」
前代未聞の要求に王は一瞬、固まった。
「陛下、私に艦隊を預けて下されば異域沖に出現する敵艦隊を撃滅してご覧に入れましょう。ザンスタッド国内でも対カールトン感情が高まっていると聞きます。ここはどうか私にお任せしていただけないでしょうか」
ザンスタッド王も難しい顔をして「任せると言っても、ザンスタッドがやらなければ意味がないでしょう。第一、貴国の将軍に艦隊を預けたとなればそれはもはやザンスタッド軍ではない」
それを聞いたシャーロットは自信ありげに笑い、ゆっくりと返答した。
「指揮を執るのは将軍ではありません。私、ランドシア皇帝です」
「またまた」とザンスタッド王は笑ったが、シャーロットはいたって冷静であった。
そして、少し早口で圧をかけるように王の目を見て言う。
「たとえ、陛下からご助力を頂けなかったとしても、私はこれより我が領内に蔓延る悪の輩どもを成敗しにまいります。これは、忠告であり助言でもあります。もし、我々がこれらを成敗したのならば、ザンスタッド国内はどうなりますでしょうか?なぜ、王は兵を送らなかったのかと臣民に詰められることはまず避けられないでしょう。であるならば、私と手を携えてこの悪と戦うしかないのではありませんか?」
この言葉は劇薬であった。
脅し口調のこの言い回しは、慢性的な膠着状態が一挙に解消される可能性がある。
しかし、脅しばかりが目立つようなテンポや話し方で口に出すと、王の不安感と苛立ちを誘発し、全てが崩壊する可能性を孕んでいるのである。
シャーロットも緊張なしにこの言葉を言ったわけではない。
もし、この交渉が失敗すれば、少ない自軍だけで敵の艦隊に斬りかからなければならない羽目になる。
つまり、この交渉の失敗は「死」に直結しているのであった。
緊張で出た鼻水を啜りながら、シャーロットはローテーブルに置かれるティーポットに手を伸ばし、紅茶をカップに注いで気を紛らわせる。
乾いた喉を潤そうとカップを口元へ運ぶと、甘くてほろ苦いような紅茶の良い香りが鼻に広がった。
飲んでみるとフレーバーティーではない紅茶本来の良い味で「砂糖が欲しい」と思った。
緊張を紛らわせるために、あれやこれやと余計なことを考えていると、ザンスタッド王は静かにまたゆっくりと話し始めた。
「我が国家は重商主義の国です。そのため、商船の安全が脅かされるとなるとこの国の兵士たちは戦わなくてはなりませんが、今までこのような前例がなく…」
シャーロットはさっとザンスタッド王の方に体を近づけて語り掛ける。
「だからこそ、ともに戦うのです。私にお任せください。絶対に打ち勝って見せます。共に、この困難を乗り越えましょう」
ザンスタッド王は止む無しと小さく頷く。
「承知いたしました。我が艦隊をお貸しいたしましょう」
微笑み小さな声で答える。
「ありがとうごさいます」
雑音が窓を通して聞こえる街の音だけだから伝わったが、普通であれば聞こえないような声であった。
「では、海上共闘条約締結に向け準備を致します。締結場所は、我が艦隊の旗艦・モルレーンではいかがですか」
「分かりました。そちらに外相を向かわせます」
両人とも立ち上がり、固い握手を交わす。
「それでは」とシャーロットは出口に向かって歩み始めた。
それより2時間後には明日までに条約を締結せよという旨の無茶振りともとれる命令が在ザンスタッド大使館に伝達された。
同日中にはランドシア艦隊旗艦・モルレーンの士官室にて「海上共闘条約」が締結されるのであった。