別の変態だ!?
「もう少しで合流地点ですわね」
ネルス王子と別れてしばらく歩いて行くと、前方に大きな岩が見えてきた。
だがその上に腰掛けている男の姿があり、こちらに気づくと目の前に降り立つ。確かさっき、マリの取り巻きの中にいたような気がする。
薄緑色の髪を肩口で切り揃えた柔和な印象の男だ。シャツを着崩していて耳にはピアス、手には装飾品が付いているのでチャラついているようにもみえる。ただ、優しげに微笑んでいるその青い瞳が、恐ろしく冷めているところが異様な雰囲気を醸し出している。
「あれぇ?3人1組なのに、なんで2人だけぇ?いけないなぁ~!チーム戦なんだからぁ、ちゃんと協力しないとぉ」
スレイはその男の煽るような物言いに対して黙りこくったままで、ルシアだけが慌てる。
「あっ!あの、これは違うんです!」
「ん?何が違うんだぁ~?レジーナちゃん、僕はただ事実を述べただけだよぉ?」
男はふわりと笑う。細められた青の目にルシアの顔が映っていた。その表情を見て、ルシアは思わず身震いしてしまう。その男は、油断すると喰われるような恐ろしさがあった。
「……生徒会長もですが、ギルバート様も大概ですね……」
スレイの言葉に、ギルバートというらしい男が首を傾げる。ギルバート、というのは確か籠絡すべき貴族にいた気がする。国の宰相…か、財務大臣かの息子。学園に潜入する前の記憶を呼び起こした時に、スレイが苦々しい顔で言っていたような……。
「僕はまだなーんにもしていないと思うけどぉ?」
「そういう意味ではありません……まったくあなた方は……」
額を押さえるスレイを尻目にギルバートはニヤニヤとこちらを見ていた。スレイは懐から何かを取り出すと、こぢんまりとしたそれを俺に渡してきた。それは綺麗な布で作られたハンカチだった。全体が薄いレースで出来ていて、細かい模様が刻まれている。そして端っこには小さく赤い薔薇の花飾りがついていて、何処となくお嬢様が持っているドレスのデザインに近い。
だが、この後に続いたスレイの言葉に驚いた。
「こちらで一度汗を拭ってからギルバート様にお渡しください」
「は?」
なんて言ったこいつ?ギルバートの方を見ると、彼は特に驚いた様子もなくこちらをにこにこと見つめている。いや、舌なめずりしている。うっすら頬を染めているのは気のせいだろうか。怖い怖い怖い。
俺は無言のまま差し出されたものを両手で突き返す。しかしスレイはそれを受け取って再びルシアに手渡そうとする。嫌だってんだよ!!!!
「レジーナお嬢様。よく、お聞きください。ここで渡さなかったらギルバート=フィルダという男は……服を剥いで持っていきます。男女問わず、容赦なく」
「そんな蛮族みたいなことある?すげー嫌なんだけど」
「……僕も心底嫌ですがこれが正しい対処法なんです。どうか我慢してください」
「はやくぅ〜?スレイくんもだよ?」
底冷えするような声にヒィッと短い悲鳴を上げて後ずさりする。スレイの顔色も悪くなっているあたり、どうやら俺の反応は正解のようであった。
スレイの言う通りに渡されたハンカチで首元をサッと拭うと、ギルバートに手渡す。すると宝物でも貰ったかのように嬉しそうに受け取って、あろうことかこの男はそれを顔に寄せた。
「むふふぅ〜。…あれぇ?レジーナちゃん、なんか食生活変えた?ミルキーで甘くていい匂い〜」
「ひえっ……」
ギルバートは恍惚とした顔でハンカチを嗅ぎだした。……きめえ。気持ち悪いにも程がある。そんな顔をみてスレイがため息を吐いた。
「ああもう。…こちらをどうぞ」
スレイも同じように、心底嫌そうな顔でシンプルなハンカチを渡すと、ギルバートはまた蕩けるような笑みを浮かべてそれを受け取る。
「はぁ〜!スレイくんのも相変わらずいい匂いだねぇー?」
…本当になんだこの時間は。
ルシアが半眼になっている間に二人の間で何かやりとりが行われたようだ。スレイに何か追加で手渡されたギルバートは、上機嫌になって鼻歌を歌い出した。
なんだろう、賄賂か?スレイにそれとなく聞いてみる。
「スレイ、一体何を渡したんですの?」
「…言いたくありません」
苦々しい表情でそっぽを向くスレイを不審げに見ながらも、ギルバートは本物のレジーナお嬢様が居た時にもこういう事をしてたんだろうと思った。ネルスは変態1号で、ギルバートは変態2号と言ったところか。
そう話していると、いつのまにか上機嫌だったギルバート、もとい変態2号がスレイの背後に立っていた。スレイ後ろ、という間もなく大きな身体に抱き締められていた。
「むふはぁ…やっぱりスレイくんの匂い最高〜!この例のものは大事に使わせてもらうねぇ〜」
「!?やめろッ!!」
突然叫んだスレイによってその変態2号の身体は弾き飛ばされた。
…それがルシアに向かって吹っ飛んでくる。
「え?うわぁっ!?」
「ッお嬢様!?」
反射的に避けたが足元を掬われてそのまま倒れ込んでしまった。
倒れた拍子に頭を打ち付けて視界が激しく揺れる。立ち上がろうとした時、足下を見れば変態2号が身体にのしかかっていて身動きが取れなくなっていた。
「…いたた…ん〜?」
「重っ、どいてくださいまし、ギルバート様…っひ!?」
何を思ったのか。スカートの中に何かを突っ込まれた感覚がして悲鳴をあげる。確認したら案の定だった。変態がスカートを下から捲って、あろうことか中をまじまじと覗いていた。スレイが慌てて引き剥がそうとしてくれたけど、間に合わなかった。
そのままギルバートからすぅううと呼吸音が聞こえて、ガバリと顔を上げた。恍惚とした表情が恐ろしく気持ち悪い。
「レジーナちゃん、男の子だったのぉ…?この匂い…最ッッ高だねぇ…!」
ルシアは目を点にして目の前の男を見下ろした。
バレた。しかもド変態に。まずい。
男だと気づかれた瞬間、スレイの顔に青筋が入る。
…ゆっくりと、後ろから引き離そうとしていた腕をギルバートの首に巻き付けた。
「えぇ〜?僕、ずっと女の子だとばかり…じゃあこんど、レジーナちゃんもスレイくんみたいに、ヴッ!??」
グギッと嫌な音が響き、スレイは容赦なく変態2号の意識を落としてくれた。口からは涎を垂らして、白目を剥いてしまっている。
ルシアは震えながらスレイに問いかけた。
「こ、殺しましたの?」
「まさか。そんなわけないでしょう。ちょっと気絶させただけです。…さすがにこれ以上は付き合いきれません。」
スレイは冷めた目でギルバートを見下ろしている。めちゃめちゃ怖い。
「そ、そうですわよね。でも、どうしましょう…この変態にバレてしまいましたわ…」
「いえ。お嬢様のおっしゃることは最もですよ。…しかし、困りましたね。屋内ならいざ知らず、こう日が差していては能力は使えませんし…」
スレイは人目につかないようにギルバートを引き摺りながら、何か考え込んでいた。この変態は公爵パワーでなんとかできるタイプの変態なのだろうか。
「とりあえず、先生方に素材の報告をして、コレを保健室に連れて行きましょう。養護教諭は何処かしらで寝てるはずなので、大丈夫です」
「…わかりましたわ」
俺たちはギルバートを引きずりながらも校舎へと戻った。
袋いっぱいに集めた踊りキノコは先生方を驚かせたが、全て薬草学の調合へと回されるらしく、とてもがっかりした。
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追記
スレイがギルバートに渡したものは枕カバーです。一年生の頃に運動着と靴を持っていかれたことがあるので、スレイと本物のレジーナの中ではかなりの脅威になっています。歩く災害です。




