合同演習の影
今度はネルス王子視点になります。目まぐるしいです。
ラクラシア王国は光と闇の側面を持つ国だ。光には貴族が、闇には貧民が。平和には戦争がある。だからこそ、金があり仕事があり、主な国民や貴族には豊かな暮らしをもたらしている。
我が国の第一王子と第二王子はまさに光と闇を体現していると言われている。
髪の色もさることながら性格も真逆で、得意な事すらも真逆。兄は剣の天才で、弟は魔法の天才。だがそれは表面上に過ぎない。
全く異なる性質を持った兄弟は、子供の頃からお互いに惹かれ合う存在であり、互いをライバルとして認め合う唯一無二の友人でもあった。だがそれはネルスが一方的に思っていたことなのかもしれない。
「…………」
山道を逸れてしばらく歩いたところで、ふいにネルスは立ち止まる。目の前には丸太で作られた簡素で小さな小屋がある。
ここは人里離れた森の中だというのに不自然極まりない。まるで誰かが住んでいるかのように綺麗な状態を保っているのだ。
扉の前に立ちノックすると、中からは若い男の声が聞こえてきた。
「…入れ」
扉を開くと、そこには紫髪の少年が座っていた。ネルスが入ってきたにも関わらず、こちらを見ようとしない。その容姿や所作はネルスと近い部分が多くあった。しかしこうも雰囲気が変わるものなのか。
「ここに来るのは久しぶりだな……シオン」
「子供の頃に作った秘密基地そのままなんだ。まさかお前の方から来てくれるとは思わなかったが…」
振り返った少年の瞳は虚ろで、感情というものが一切感じられないものだった。ネルスはこの少年をよく知っている。幼い頃から共に育った弟なのだから当然だろう。
「…レジーナの事といい、何故お前はこんな事をするんだ」
「なんの事だ。僕はただ小屋で休んでるだけだろう?」
「本当にそれだけか?」
「それ以外に何も無いと思うけどな」
嘘をつく必要はないため、本当のことを問いかける。
「では質問を変えよう。どうして実践授業中に私たちを追いかけていた?これはお前の使い魔だろう?」
ピギッピギッと鳴き声を出している真っ黒な踊りキノコを床に打ち捨てる。痛みも感じないのか床でパタパタと転げ回る。
それを見たシオンは表情を変える事なくその魔物を見下ろしていた。
「監視なんてしていない。たまたま居ただけだ」
「ほう、たまたまねぇ……」
ネルスの目つきが変わる。
「私は確かに見たぞ。この魔物が私のパートナーの首筋に噛みつこうと襲い掛かるところをな」
真っ黒な踊りキノコを剣で切りつけると霧のように消え、霧散した黒い魔力溜まりが床に染み付く。闇魔力で作成した影魔物の特徴だ。
シオンはため息を吐いて口を開いた。
「……見間違いじゃないのか?」
「私がそのようなミスをするわけが無いだろう」
「……」
「そもそもその時、お前は何をしていたんだ?何か別のものに気を取られてはいなかったか?」
沈黙が続く。そしてシオンは顔を顰めると口を開いた。
「…本当に分からない。確かに僕の魔力のようだが…このような魔物を作った記憶は無い。一体いつの間に紛れ込んだんだか、全く困ったものだ」
「…はぁ、白々しいな」
授業が始まる直前、シオンはこちらに背を向けたまま視線だけは前を向いていた。その姿はまるで何者かと話しているようにしか見えなかった。何か、指示を受けているように。
もしネルスが気づかなければレジーナはこの影の魔物に牙を突き立てられて、かなりの怪我をしていたことだろう。
「言い訳なら聞いてやる。今ここで正直に話せば命までは取らない」
「ははっ、おかしなことを言う。僕を殺すだって?無理だ。そんなこと出来るはずがないだろう」
シオンの足元から影が伸び、ネルスの足に絡みつく。だが次の瞬間には、その影が細切れになるように搔き消える。
「無駄だ。私にお前の魔術は効かない」
「そうだったな。相変わらず厄介な奴だ」
ネルスが剣を抜くと、シオンの背後から水の剣が襲いかかるが、地面から伸びてきた黒い手がそれを蒸発させる。
剣と影が互いにぶつかり合い、ギンッと火花が散っては魔法が霧散していく。2人の戦いは拮抗していた。
「はあああ!」
「くぅ…!!」
魔法で作り出された水刃が、シオンの肩口を切り裂く。
「どうだ!まだ続けるつもりか!?」
「はははははは!!!」
「何がおかしい!?」
「お前は昔から変わってない。自分の実力も分からず調子に乗るところも、負けるとすぐに泣きそうになることも、全部昔のままだ」
虚ろだったシオンの瞳が、ほんの一瞬光を灯す。紫色の瞳は涙が籠った、今にも泣きそうな目をしていた。それを見たネルスは怯んでしまう。
「だから嫌いだ。ネルス!」
「くっ…!?」
ぶわりと無数の影が辺り一面に広がる。そして全ての影がネルスに向かって伸びる。咄嵯に腕で顔を庇い、しゃがみ込む。しかし影の手が彼に届くことは無かった。
「……なんだこれは。どういうことだ?」
目の前で起きたことが信じられないとでも言うかのように、目を白黒させながら周りを見回す。さっきまで居たはずの丸太小屋ではなく、山の入り口付近へと移動していた。
シオンが転移させたのだ。
「……変わったのは、お前の方だ。シオン…」
ネルスはポツリと呟くと、踵を返し歩き出す。子供の頃のように泣きそうな顔になっていた弟の様子を思い出し、剣を握り込んだ。なぜいつも自分は大事なものを取りこぼしてしまうのかと。
「はぁ……暫くはシオンを監視しておくべきだな。……兄として、もっとしっかりしなければ」
またシオンが暴走して、レジーナに害をなさないように。これ以上……傷つけないように。
ネルスは剣を収めると、山道を降りていった。




