65.茶髪の少女
ショウが意識を取り戻した次の日。カウレア鉱山の一室には、ショウ、リンネ、デュラン、茶髪の少女の四人が集まっていた。
全員が岩で作られた椅子に座り、真剣な表情をしている。
だが――。
「『だわこ』。色々と話してもらうぞ」
ショウは茶髪の少女に告げた。すると、茶髪の少女が怒り始める。擬音で表現するならば『ムキィィィィ』以外ないだろう。
「落ち着くのじゃ、『だわこ』」
「リンネ様の言う通り。大人しくするのだ、『だわこ』」
リンネとデュランが追随する。その瞬間、茶髪の少女が涙を流しながらリンネを見つめた。悲しそうに尻尾を下げ、猫耳を垂れさせてだ。
「すまぬすまぬ。つい反応が面白くて言うてしもうたのじゃ。許してくれぬか、ミレット」
リンネがぽんぽんと膝を叩く。ここ最近の合図だ。ミレットの機嫌が崩れた時に、愛玩動物のように撫でて機嫌を取る時の。
「もちろん許します。いえ、許させてください!」
言うと、ミレットがすぐさまリンネの膝に頭をのせる。さらに猫耳をピクピクと動かし、催促し始めた。
すると、リンネがミレットを優しく撫で始める。撫でられているミレットはと言うと、とても幸せそうだ。尻尾をくねくねと動かす様は、なんとも面白い。
「……さて、緊張はほぐれただろう。ここからは真面目な話だ。ミレット。お前たちは何の目的でデュランを従えていた」
ミレットが名残惜しそうにしながら起き上がる。それから姿勢を正し、おもむろに口を開いた。
「オルテニシア王国に復讐するためなのだわ」
「オルテニシア王国に復讐。……それは、力によってこの国を支配しようとしていた、と言うことでいいのか」
「肯定なのだわ。私たちが立ち上げた組織――『夜明けの楽園』は、虐げられてきた魔族や『半魔』が寄り集まっているのよ。積年の恨みを果たすために」
室内の雰囲気が一気に重くなる。ミレットから溢れ出るような怒りは、おそらくリンネにもデュランにも伝わっているだろう。
特にリンネに関しては、この感情を知らないわけがない。リンネ自身も感じたことがあるはずの感情だからだ。
「……残りの魔将石はどうなっているんだ。お前たちが盗み出したんだろう」
「何事もなければ、封印が解かれているはずなのだわ」
「そうか。すると、デュランのように使役されているとみていいわけだな」
「察しの通りなのだわ」
返答で事態を把握できた。ミレットが所属する『夜明けの楽園』が、国家転覆するために、古の魔族達を解放したと言うことだ。
――ということは、封印の解除方法を聞く必要はないな。
ミレットの言動を総合すると、封印の解除方法は、現状価値の無い情報である。四魔将の封印はおそらく全て解かれているのだ。つまり、今更解除方法を知ったところで全く役に立たない。聞くだけ無駄だ。
「……魔王石が王都近郊に落ちていたのはなぜだ。お前たちの目的を果たす一番の近道は、間違いなくリンネの封印を解き放つことだったはずだ。何においても、魔王石を確保する必要があったはず。それなのになぜ」
問いに対し、ミレットが困ったような表情を作る。そして、少しだけ間を置いてから話し出した。
「詳しいことはわからないのだわ。『白』――『夜明けの楽園』のリーダーが言うには、わざとそうしたような感じではあったけど」
「情報が共有されていないと言うことか……。というより、先にお前の立場を理解しておく必要があったな。『夜明けの楽園』ではどんな立ち位置にいたんだ」
「ランデル地区のトップ。組織の幹部なのだわ。主に資金調達を任されていたというところね」
――なるほど。そうなると、その『白』と言う人物はかなり用心深いみたいだな。幹部にすら情報を流さないんだ。これ以上有益な情報は引き出せないとみた方がいいだろう。
追及を諦める。それからリンネとデュランの方を見た。
「……とりあえず俺の質問は終わりだ。他に何か聞いておきたいことはないか」
「あるのじゃ。ミレットよ。お主たちは復讐を果たした後、どうするつもりでいたのじゃ」
鋭い目つきで、リンネがミレットを見つめる。凍り付くような威圧感こそ放っていないものの、恐怖を与えるようなものだ。
その証拠に、ミレットがビクビクと体を震わせる。嘘を吐けばただでは済まないだろう。まぁ、リンネの配下なので嘘を吐けるわけがないのだが。
「……実は、その辺りの取り決めをしていないのです。えっと、『白』の配下に近い形になっていたと言えばわかるでしょうか」
「ふむ。そういうことであれば質問を変えよう。ミレットよ。お主はどうしようと思っておったのじゃ」
一度うつむいた後、ミレットが強く手を握った。そして、力強い目つきをして顔を上げる。
「私は『夜明けの楽園』の皆が――『半魔』である私が平穏に暮らせる場所をつくろうと思っていました」
リンネがミレットの瞳を見つめる。まるで全てを見透かすかのように。
「……良い覚悟じゃ。なれば、妾の下で励むがよい」
「あっ……ハイ! 精一杯、務めさせていただきます!」
ミレットの周りに星が輝いているように見えた。錯覚なのだが、それほど嬉しいのだろう。
「さて、堅苦しい話はこれで終わりなのじゃ」
「待て、その前に一つ聞いておきたい。リンネ、さっきから言う『半魔』とはなんなんだ。聞いたことがないぞ」
リンネとミレットの方を見つめる。すると、リンネがミレットの表情をうかがい、様子を確認してから口を開いた。
「一言で言えば、魔族の血が非常に濃い人間じゃ。つまり、お主とは対極の存在と言うことじゃのう」
「そうなのか。ちなみに、耳と尻尾が生えるのもその影響か」
「うむ。血が濃い故に、魔族としての特徴を継承しておる。ミレットは『ケットシー』の血を継いでおるから、モフモフとして気持ちの良い耳が生えるのじゃ」
リンネが言い終えたところで、ミレットが耳をピクピクと動かす。愛嬌があり、可愛らしいものだ。
しかし、先ほどまでの会話を合わせると違うものが見えてくる。ミレット自身が口にした、『虐げられてきた』から想像すれば、非常に簡単な事だ。
「差別……いや違うな。一般人には伏せられてきた。存在そのものをなかったことにされてきた。そうなんだろう、ミレット」
「その通りなのだわ。自分たちにとって都合の良いところだけ見せる。この国の汚いやり口なのだわ」
憤るミレット。その気持ちは大いに理解できた。魔法を使えない『無能』として、差別されながら生きてきたからだ。
「『だわこ』も大変だったんだな」
「『だわこ』とか言うなのだわ!」
本日二度目の『ムキィィィィ』を見せるミレットに、リンネが小さく吹き出す。
「リンネ様も笑わないでください!」
「仕方ないではないか、可笑しいのじゃから」
ここぞとばかりにリンネが笑う。
「むぅ。何か特徴的な語尾をつけた方が良いのだろうか……」
その隣で、先ほどまで一言も話さなかったデュランが、割と真剣に悩んでいるように見えた。悩みの内容に関しては、どうして悩むのか甚だ疑問なのだが、なんとなく声をかけるのをためらいたくなってしまう雰囲気だ。
――さて、どうやって締め括ろうか……。
思い思いに動き、どう収めようか悩み始めた時――。
「リンネ様、もうすぐお昼になります」
丁度いいタイミングで、フェンリルが部屋の外から声をかけてくる。まさに神の一声だろう。
「ご飯なのじゃ! つまらない話は終わりなのじゃ!」
リンネがすぐさま立ち上がり、部屋を出ていく。すると、デュランもミレットを後に付いて出ていった。
「……まったく、アイツらときたら」
あまりにも俊敏な行動だったため、部屋に一人取り残されてしまう。だが、楽しそうで何よりと思うのだった。
次回は2/9(火)です。