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45.対話

「今日はフェンリルたちと一緒寝るのじゃ」


 それが夕食を終えたリンネの放った言葉だ。


 そのためショウは今、岩場の方に向かっていくリンネとフェンリル達を見送っている。フェンリルに乗るリンネが楽しそうに笑い、フェンリル達が皆嬉しそうに尻尾を振った。


 ――どんな魔族にも笑顔はある……か。


 食事風景を思い出し小さく笑う。まるで家族と食事をしていたような温かさがあり、心に染み入ってきたのだ。


 うまいうまいと食べるリンネとフェンリル。ウォーウルフとヴァンウルフ達にも分け与えたいとせがむリンネとフェンリル。最後に食べ過ぎて分け与える分が少なくなっていたことに気付いて反省するリンネとフェンリル。


 少しバカバカしい。だが、会話して賑わい、笑い合って食べる食事は格別だった。誰かと一緒に食べる食事は格別だった。


「……寝るか」


 一人取り残され、どこか寂しい気持ちになる。それを誤魔化すためにさっさと寝てしまうことにした。




 テントの中に移動する。正面には、剣を構えて青い顔をするノエルがいた。奴隷契約に抗わんとするノエルがいた。


「剣をしまえ」


 ノエルが歯を食いしばる。腕を震わせてゆっくりと剣を鞘にしまう。そしてしまい終えたところで、ノエルのお腹が鳴った。


「……念のため一つ取っておいて正解だったな」


 カバンから凍結乾燥食品フリーズドライされたハンバーグを取り出す。それからいつもの手順で調理を開始した。


 じゅぅぅ、と音が鳴り、ハンバーグに焼き跡がついていく――。


「ほれ、出来たぞ」


 フォークとナイフを皿に乗せ、焼き立てのハンバーグをノエルに渡す。


「施しを受ける気はありません」

「そうか。なら食え。命令だ。食べ物を粗末にすることは許さん」


 ぎこちない動きで、ノエルが食事を始めた。


 ナイフとフォークを手に取り、上品な手つきでハンバーグを切り分けていく。たとえ冒険者に身を落とそうとも、育ちは隠すことができない。やはり生粋のお嬢様なのだろう。安物の携帯食料なのに、妙に様になっている。


「……うまいか」

「不味い」


 即答だった。


 しかし、命令に従っているのか、はたまたお腹が空いていたのか、ノエルの手は止まらない。それほど時間がかからずに、皿の上は空となる。


 そうして沈黙が訪れた。リンネ達が盛り上がっているのか、遠吠えが聞こえるだけ。そんな中、何と声を掛ければよいかわからず、ただただ時間だけが過ぎていく――。


「誰に復讐をするつもりなのですか」


 やがて沈黙を破り、ノエルが口を開いた。綺麗なはずの翡翠(ひすい)の瞳は鋭く歪んでいて、まるで殺すと言わんばかりのものだ。


「……勇者(レヴァン)だ」


 ノエルが少しだけ動揺するように体を震わせる。だが決して表情は変えない。


「レヴァンとは誰を指していますか」

「もちろん勇者だ」

「……世迷言を言うのですね」

「傍から見ればそうだろうな」


 再び沈黙が訪れる。今度は遠吠えすら聞こえない。おそらく、先ほどの遠吠えはおやすみと言っていたのだろう。


 ――今度は俺から話しかけてみるか。


 話し合わないと(らち)が明かない。そう考え、ゆっくりと口を開いた。


「タルマ村と言う村を知っているか」

「タルマ村……上級魔族が現れて灰と帰した村の事ですね」

「そうか。表向きは予想通りそうなっていたのか」

「表向き……予想通り……」


 ノエルが手を丸めて口元に当て、考え込むようにして呟く。


「それはどういう意味ですか」

「あの村はレヴァンに焼かれた。生き残りは俺だけだ」

「証拠は」

「物証ない。リンネ――俺の隣にいた真紅の髪のアイツに、俺の見た光景を魔法で映し出してもらうことはできるがな」


 再びノエルが考え込むようにする。その際、小さな声で「お父様もレヴァン殿を疑って……」と独りごちる。


 ――ノエルの父……フィネル将軍が何か掴んでいるのか!


 狂気じみた炎が胸の奥底から湧き上がってきた。先程まで感じていた暖かみのある感情が消え失せていく。


「吐け! 知っていることを洗いざらい吐け!」


 ノエルの胸ぐらを掴む。余裕は無い。相手が女性だろうと関係はない。何としてでも情報が欲しい。


 だから手に力が入る――。


「す、すまん……」


 ノエルの表情から血の気が引き、あわや昏倒しそうになったところで手を緩めた。ノエルが咳込みながら空気を求める。


「はぁ……はぁ……。私が知っているのは、お父様がレヴァン殿を疑っていることだけ。それ以上は何も知りません」

「……情報提供、感謝する」


 三度の沈黙が訪れた。流石に今日はこれ以上話すことができないだろう。そう思い、ノエルに寝袋を差し出す。


 黙って奪われ、ノエルが寝袋に包まった。


 その後、テントの中に置いてあったもう一つ寝袋を手に取り、寝袋に包まる。そして、『(ライト)』と唱えて明かりを落とし、ゆっくりと(まぶた)を閉じた。


「私はあのフェンリルが憎い」


 直後、唐突にノエルが話し出す。


「私を守るために多くの護衛が殺された。あのフェンリルたちにだ。それをどうして許すことができましょうか」


 声は震えている。表情は見えないが、おそらく憎しみに歪んでいるに違いないだろう。


「私の復讐を邪魔する権利は貴方にない!」


 テントの中で響く。その言葉を否定することは決してできない。どのような形であれ、ノエルの機会を奪ってしまったことには変わらないのだから。


「……言いたいことはそれだけか? まだあるなら、今のうちに吐き出せ」


 しかし、優しい声が紡がれる。全くもって場違いな声が紡がれる。それに何を思ったのだろうか、ノエルが口を(つぐ)んだ。


 暗闇の中に息遣いが響く。何かを我慢するような荒々しい呼吸だ。


「ノエル、今から質問をする。嫌なら答えなくていい。ハッキリと嫌だと言ってくれ」

「嫌だ」

「流石にそれは無しだ。内容くらいは聞いてくれ」


 ノエルが寝返りを打ったのか、ごそごそと音が鳴った。きっと背中を向けられているのだろう。そう思いながら口を開く。


「なぜ一人でフェンリルに挑んだ。バラデュール家に力を借りれば負けはあり得ない。それなのにどうして、たった一人でフェンリルに挑んだ」

「…………もう、私の前で誰かが死ぬのを見たくなかった」

「たとえそれで、自分が死ぬことになったとしてもか」

「ええ」


 どこか泣き出しそうな感じの声を聞き、復讐の動機が根本的に違うことを悟る。ノエルの戦いは、奪う戦いではなく守る戦いなのだと。己が命より他人の命に重きを置いたものだと。


「羨ましい」


 本音が漏れた。勇者(レヴァン)の命を奪いたいがだけの復讐に比べ、どれほど尊い復讐なことか。ノエルのために散っていった者達も浮かばれると言うものだろう。


「なぜ、そう思うのです」

「お前を守った者たちはきっと、今のお前を見て喜ぶだろう。立派になられたと。散っていった(わたくし)たちの事を覚えていてくれたと。もちろん手放しとは言わない。中にはなんて危険なことをしていると怒る者もいるだろう。だが、意思を持ち、前に進もうとする姿を見て、心の中でうれし涙を流している姿しか想像できない」


 がさがさと、もう一度寝返りを打つ音が聞こえた。


「打つべき仇も打てず、あまつさえ殺されそうになった私など、笑い者でしかありません」

「そんなことを思う人間が、果たしてどれだけいるかな。よくぞ生き残ってくれた。変な復讐に手を染めなくて済んだ、と喜ぶ者が大半だと思うがな」


 返事に対する答えはない。

 だが、張りつめた空気が少し緩む。


「さっき掴みかかった時の俺の顔、(みにく)かったろ。あれが本物の復讐者の顔だ。あれが本物の復讐者の(まと)う雰囲気だ。お前にはこのどちらも感じられない。つまり、お前は復讐をするには優しすぎる。本当に復讐する気なら、使えるものは全て使ってやるべきだ。それができないのなら、大人しく手を引け」

「……貴方も、お父様と似たようなことを言うのね」


 ノエルが憂いを帯びたようなため息を吐く。どのようなやり取りが過去にあったかはわからないが、ノエルの父は本質を見抜いていたのだろう。


「私からも一つ、質問してもよろしいかしら」

「どうぞ」

「では……。貴方はどうやって魔族を従えているのでしょうか」

「いくら奴隷契約がされていようと、それを言う義理はない。特に、国と繋がっているようなヤツにはな」

「あら、つれない人ですね」


 ノエルのがらりと雰囲気が変わる。まるで、最初からここまでの流れを計算していたように。


「……腹の底が読めないヤツだ。契約しておいて正解だった」

「それはそれは光栄ですこと」


 ノエルが小さく笑い声を漏らす。それっきり言葉が無くなってしまった。


 ――また悩みの種が増えてしまった。


 心の中で大きくため息をつく。そして、(まぶた)を閉じるのだった。

次回は12/31(木)です。

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