46.二つの問題
目覚めたショウは、テントの入り口が開いていることに気が付いた。意外と寒い岩地の朝に身震いしつつ、テントの外に出る。
ノエルが朝日を眺めていた。白い髪が朝日を反射し、どこか神々しい。まるで一枚の絵のようだ。流石はバラデュール家の才女である。何をやらせても映えるのは、天性の美貌の賜物だ。
そんなノエルが振り向き、晴れやかな表情で口を開いてくる――。
「おはようございます」
昨日の表情が嘘のようだ。いや、内心何を考えているかわからないため、油断はできない。それこそ化かし合いは貴族の領分だろう。今は冒険者としての方が有名だが、バラデュールの生まれであることを忘れてはならない。昨晩のやり取りがあった後なので尚更だ。
「ああ、おはよう」
「何ですか、その警戒心ありありの挨拶は」
「警戒するなと言う方が無理だ。昨日の今日で雰囲気がまるで違う。何か企んでいると考えるのが自然だろう」
くすくすとノエルが笑う。ただそれだけにもかかわらず、見惚れてしまいたくなるような光景だ。もちろん見惚れる気などないが。
「それで、何をしていたんだ」
「フェンリルたちの帰りを待っていたのですよ。ここに戻って来るのでしょう」
「……何が目的だ」
鋭い目つきで見つめる。しかし、ノエルには涼しい顔で受け流されてしまった。やはり場慣れしているのだろう。本当に腹の底が見えない。
だが、だからといって命令して聞き出したくはなかった。昨日ノエルから無理矢理フィネルの事を聞き出そうとした際に、言いようのない嫌悪感を覚えたからだ。人を操るというのは、まだどうにも気持ちが悪い。
「あっ、戻ってきましたよ」
何も聞きだせないまま、フェンリルに乗ってくるリンネと、ウォーウルフとヴァンウルフの群れが目に映る。見た感じ、昨日に引き続いて機嫌がよさそうだ。フェンリルが嬉しそうに尻尾を振り、リンネと談笑している。
――……ノエルからおかしな雰囲気を感じないな。
ノエルを見やった。さらに五感を働かせて、不審な点がないか探る。しかし、表面上おかしなところはない。ただ微笑んでいるだけ。そのことが却って不安を煽ってくる。
「ショウよ、戻ったぞ」
「ああ。楽しかったか」
いつの間にか傍まで来ていたリンネに返事をし、フェンリルの表情を確認した。特にノエルを気にしているようなそぶりはない。
「うむ。やはり語り合うのはよいものだ」
「そうか。さて、お前が戻って来たことだし、問題整理をするとしようか」
「昨日食事中に話しておった件じゃな」
「ああ。じゃあ、そこに座ってするか」
近場の岩を指し、リンネが頷くことを確認する。その後ノエルについてくるように促し、ウォーウルフとヴァンウルフ達を除いて一同会する形で集まった。
リンネがやる気満々と言った様子で、つられるようにフェンリルもやる気を出しているように見える。話の分かっていないノエルだけは、小さく首をかしげていた。そんな中、ゆっくりと口を開ける。
「さて、いろいろと問題はあるが、早急に解決しないといけないことは二つ。フェンリルたちの居場所と食糧だ」
「その通りじゃ。こんな場所にいつまでも留まらせておくわけにはいかん。それこそ妾のやりたいことに反する」
「我はリンネ様の理想に従うまで」
リンネとフェンリルは、どうやら意思疎通が済んでいるようだ。フェンリルが『理想』と口にしたことが何よりの証である。
「……一体何の話なのですか」
「フェンリルたちの住む村を作ろうと言う話だ」
ノエルが驚いたように目を見開く。
「そんなこと無理に決まっています!」
「決めつけは感心せんのう。それに、一つ目の村は既にできておる」
リンネが自慢げに言う。ノエルが一層驚いたように、リンネの方を向いて固まってしまった。
「ちなみに俺から捕捉させてもらうが、いたって普通の村だ。住人がオークとゴブリンと言うことを除けばな」
「……ありえない」
「言いたくなる気持ちはわかるが事実だ。まぁ、後で行くつもりだったから見てみればいい。実物を見ないと納得できないだろうしな」
ノエルが口を閉ざす。
とりあえず放っておけばいいだろう。
「少し話がそれた。元に戻すぞ。場所と食糧。それぞれについて昨晩の内に考えておいた。まずは場所についてから話そう」
「おお! 流石ショウじゃ。やはりこういう時は頼りになるのう」
「でかしたぞ人間」
「はいはい、おしゃべりはそこまで。とりあえずこれを見ろ」
カバンからランデルの地図を取り出す。そして広げた。
「今いるガラムダ荒原はここ。冒険者たち――人間の出入りが激しい地域だ。つまり村を作るには適していない。いずれ見つかって破壊されるのが目に見えている」
「……あまり納得したくはないのじゃが仕方あるまい。それでどうするのじゃ。オーク長たちのところで受け入れるにしても色々と交渉が必要じゃ。すぐにはどうにもできぬ。エルフたちが拒否する可能性も残っておるしのう」
「そこまでわかっているなら、手は一つしかないだろう。新天地開拓だ」
指をランデルの東側に動かす。場所は国境沿いの奥地、資源が採掘しつくされ、放置されている鉱山だ。
「『カウレア鉱山』ここならほとんど人の出入りがない。放棄された鉱山だからな。しかも、魔族の巣窟になっているという話だ。配下増やしもできるだろう」
「おおっ。都合の良い場所があるとはついておる。ならば次の目的地はここで決まりじゃな」
「ああ。ただ、このカウレア鉱山を確保するまでは、フェンリルたちに身を隠していてもらう必要がある」
「一緒にカウレア鉱山行くのではダメなのか。フェンリルならば戦力になるぞ」
「道中、万が一にでも見られるわけにいかない。安全を取って、ここにいてもらう方がいいだろう。それに食糧の問題もある。今しばらくはここに留まり、なんとか自給してもらわないとな」
リンネが難しそうな表情を作る。
「……食糧は如何ともし難いの。仕方あるまい。フェンリルよ、妾が戻るまで、しばし留守を頼むぞ」
「仰せのままに」
フェンリルが首を垂れ、リンネに撫でられていく。目を細める様はさながらペットのようだ。できるならば、一度フェンリルを撫でてみたいと思う。モフモフとして気持ちよさそうだ。
「さて、次は食糧に関してだ。これに関しては一つ試してみたいことがある。だから一度、魔族の村に行く必要がある」
「具体的には何を試したいのじゃ」
「フェンリルたちが野菜をおいしく食べられるかだ」
フェンリルが嫌そうな表情でこちらを見つめてくる。
「我は野菜を好かん。ウォーウルフとヴァンウルフたちも同じだ」
「知っている。それ込みで試してみたいことがある。上手くいけば今後も含めて食糧問題を解決できる可能性があるからな」
「フェンリルよ。ここはショウに任せておくのじゃ。こういう風に言う時は問題ない。万事よくやってくれるのじゃ」
「リンネ様がそうおっしゃるのでしたら」
フェンリルをなだめたリンネが、期待に満ちる様な視線を向けてきた。少しこそばゆい。リンネもだいぶ人の扱い方というのを覚えてきたようだ。
「ショウよ、方針は決まったのじゃ。早速行動するとしようぞ」
「ああ。まずはランデルの街に戻るぞ。ルピアの返却をしないといけないし、少しばかり買いたい物もある」
「うむ、わかったのじゃ」
「それと、お前に頼みたいことがある。ランデルの街に着いたら、図書館で凍結乾燥食品について調べてくれ。俺が魔族の村で試したいことに必要でな」
「任せておくがよい」
リンネが上機嫌に言う。その横で、フェンリルも機嫌良さそうに尻尾を振っていた。
だがノエルだけは厳しい目つきをしている。リンネとフェンリルはそのことを気にしていないようだが、気にしないわけにはいかない。
――さて、ノエルの扱いをどうするか。
思案する。共に行動するのはよくない。ノエルはあまりにも有名すぎる。間違いなく目立つことになるだろう。
だからといって放置するわけにもいかない。国に密告されてしまったら全てが終わる。つまり監視する他ないのだ。
――魔族の村に隔離するしかないか……。
冷酷になれればどれだけ楽か。人を完全に奴隷として扱えればどれだけ楽か。そう思いながら心の中でため息を吐く。復讐を誓ったにもかかわらず、人の心を捨てられないことに嫌気がさしてしまった。
「とりあえず、ランデルの街で用を済ませるまで、ノエルとフェンリルはここで大人しくしていてくれ」
「いいだろう、人間」
「……」
ノエルが返事を返してくれない。そのことに不安が残る。だから、さっさと用事を済ませようと誓うのだった。
次回は1/2(土)です。




