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凍蝶  作者: 八花月
14/18

スノウ Ⅱ

 会場内は、暑い。もう秋であり、外なら薄着では肌寒い気候だが、暖房をつけるほどではない。

 今日の仕事は屋内なので、岡真銀は密かに冷房がついていることを期待していたのだが、それは叶わなかった。身体を使う仕事なので、ちょっと時間が立つとすぐに汗ばんでしまう。

 真銀としては、会場の案内や物販スタッフなどに携われればいいと思っていたのだが、みな考えることは同じのようで、そちらは仕事の空きがあまりなかったのだ。とにかく情報を得るためには内部の人間と接触を増やしたほうがいいと思い、真銀は設営や撤収の仕事にも積極的に手を挙げていた。

 雪枝には〝無理はしないでください〟と念を押されていたのだが、真銀は自分があまりスノウセクションに貢献できていないのでは、という焦りからか、ヒラエーでのバイトにがむしゃらに取り組んでおり、少々自分でもやる気が空回りしている自覚はある。

「あっ……」

 パイプ椅子を運んでいて、真銀は不意に足元がフラつき、こけそうになった。

「おおっと」

 寸でのところで、真銀は抱きとめられる。

「大丈夫? あんまり根をつめてやらないほうがいいよ」

 す、すいません、ありがとうございます、と礼を言いながら顔を上げ、真銀は驚いた。自分と同じくらいの歳の少女である。

「そうだ、あたしも疲れてたんだ。ちょっと一緒に休もうよ」

「えっ、でも、まだ休憩の時間じゃ……」

「いいよいいよ、ちょっとくらい」 

 そう言いながら少女は、真銀を物影に連れていって坐らせると〝ちょっと待ってて〟と言い置いて走って行った。

「ほらっ」

「ひゃっ!」 

 背後から、真銀のほっぺたに冷たい缶ジュースが押し当てられる。かーわいい声出しちゃってぇ、と言いながら、少女は真銀の隣に座った。

「あ、ありがとうございます」 

 と言いながら、真銀は缶ジュースを受け取る。

「あ、あの、代金は……?」

「おごりだよ」 

 真銀は気が咎めてしょうがなかったが、結局相手の好意に甘えることにした。

「本当に私達だけ休んでて良いんでしょうか?」

「大丈夫だって。こんなのテキトーに気ぃ抜きながらでないとやってらんないよ。今度周り良く見てみなよ。なんだかんだ言いながら、みんな結構息抜きしながらやってるよ」

「はあ……」

 自分はスパイとしてここにいるのに、潜入先の人間に〝周囲を良く見ろ〟と忠告されたのは、真銀にとって地味にショックなことであった。

「ちょ、ちょっとどうしたの? そんな落ち込まないでよ」

「あ、いえ、こっちのことなので……」

 慌てて言い繕っている真銀を見て、少女は意を決したように右手を差し出す。

「あたし、都耶子っていうの。よろしく」

 岡真銀です。こちらこそよろしく、と言いながら真銀も手を出した。都耶子はぎゅっとその掌をぎゅっと握り返す。

「緊張してる? あ、もしかしてバイトとか初めてだったりする? どうしてこのバイト選んだの?」 

 都耶子は話し終わっておもむろに、真銀の様子を窺いながら

「……あ、あたしうざかった? 嫌なら黙ってるよ」

 と急いで言った。

「いえ」

 真銀はぎこちなく笑顔を作る。

「私あまり友達作るの上手くないので……。話しかけてくれると嬉しいです」

 そ、そう? と都耶子は嬉しそうに返した。真銀は内心動転し、胸がチクリと痛んだ。喋っていることは全て本心だが、自分の立場を思うと良心が咎める。

「あの、質問の答えですけど、えっと……。私、こういうイベントとか好きなので、どういう風に運営してるのか、みたいなことが少しでも知ることができたらいいなと思って……あとバイトは初めてじゃないです」

「へえ……今日のイベントって確か、女性アイドルのグループだったと思うんだけど、こういうのに興味あるの? 女の子なのに珍しいね」

「ええ、その……子供の時から私、アイドルに憧れてるんです。自分もいつか、ああいう舞台に立ちたいな、って思って」

 これも本心からの言葉であった。

「あっ、それわかる! 私もそう」

 都耶子は顔を輝かせて同意する。

「アイドルいいよね。私も華やかなステージ見るの好きだな。でも、ちょっと意外」

 腰を浮かせ、都耶子はぐいっと顔を近づけた。

「美人さんなのにねー」

 あのっ、近いです! と真銀は背を仰け反らせるが、都耶子は意に介した様子もない。ほんと、近くで見たらきれいな顔、と言いながら頬に手を伸ばしてくる。

「お人形さんみたいに整った顔……。オーディションとか受けてみたら?」

「いえ、そんな……」 

「そういうこと言いながらさぁ、既にどこかでアイドルとして活動してたりして」

 都耶子の言葉は冗談だとわかっていても、真銀は思わず目を伏せてしまった。

「あっ、ごめん。あたし無神経で。変なこと言っちゃって……」

「いやっ、ち、違うんです。あの、そんな、都耶子さんの言葉で何かあったわけじゃないので」

 いいわけしながら、真銀はどうして自分はこういう時に上手く調子を合わせて喋れないんだろう、と思い泣きたくなってしまう。きっと、沙希や伊予ならもっと巧みにやれるだろうに。

「あ、そ、そうだ! ねえ、何かこのアイドルが好き、とかある?」

 はあ、と応じながら、真銀は考える。ここは、言わなくてはいけない。はっきり嘘をつかなければいけないのだ。……しっかりしろ! と自分を励ます。わざわざ志願してきたのだ。今度こそ、結果を出さなくてはいけない。

「あの、そうですね……。その……hasとかわりと……」

「ああhas! いいよね! 彼女たち、ステージングも完成されてるし、パフォーマンスもレベル高いしさ。最近オーディションやってなかったっけ? 大幅に人員増やすとか……。新しく担当になったマネージャーがやり手らしいね。暫定だけどリーダーも変えて、なんか仕掛けてきてるカンジ」

「はい……。最近でも、ちょっと人気が落ちてるみたいで……」  

 話しながら、真銀は都耶子がえらく詳しいことに驚いていた。新マネージャーの兵藤千里のことは、公表されていただろうか? と考えていると

「まあね……元々掛けた金に見合うほど売れてはない印象だったけど、正直ちょっと落ち目の感じはあるね。最近の動きもテコ入れなんだろうけど……。やっぱり、あれの印象が悪すぎたからねー」

 と、都耶子はどんどん話を進めてくる。

「あれって、み……Saltの?」

「そ。相手のプロデューサーさんも手出しちゃったから悪いけど、小塚さんの事後対応が悪すぎたよね。コアなファンなら別に関係ないだろうけど、在宅とか潜在ファンはだいぶ逃しちゃったんじゃないかなあ」

 そうかもしれませんね、と曖昧に相槌をしながら、真銀は忙しく頭を働かせていた。どうやら、都耶子は熱心なアイドルマニアのように思える。ヒラエーの仕事にも慣れていそうだし、もっと仲良くなっておけば色々と有利に働きそうだ。

「ここって、has関係の仕事とか受けてたりはしないんでしょうか? もし出来るなら、やってみたいな、って思うんですけど……」

「あっ、あるよー。年末のフェス。単独イベントじゃないけど、小塚さんの事務所が主催だし、実質他に呼ばれるアイドルはhasの引き立て役みたいなもんじゃないかな……。あれの運営、ウチが関わるんだ。あの仕事したいんだったら頼んであげよっか? その時までウチにいればだけど」

「えっ?」

「いや、ウチの仕事わりとキツいからさあ、すぐやめちゃう人多いんだよ。年末までウチにいるなら、ってこと」

 苦笑しながら手を振る都耶子に、真銀は喰らいついた。

「いえ、そうじゃなくて、頼んであげるって聞こえたんですけど……」

「あ、ああ、あたし、この会社の社長の娘なんだよ。英平(えいひら)都耶子(つやこ)。小遣い稼ぎにたまに働かせてもらってんの。あとアイドルも好きだしね。一石二鳥ってわけよ」

 真銀はばっくんばっくんと激しく高鳴る自らの鼓動が、都耶子に聞こえないか気が気でなかった。

この降って湧いた僥倖を、なんとしても生かさなければならない。


「やっぱ数字で見ると、キツいわね……。私が来てからガクンと集客落ちてる」 

 水前寺一姫は、形の良い眉を引き締め、苛々した調子で言った。彼女の手には、ライブや物販のデータの資料がある。

「最初はしょうがありませんよ。みな変化には戸惑うものですから」

 対照的に、兵藤千里は微笑で返事をした。

「まあね。そりゃ私だって応援してたアイドルグループに、いきなりどこの馬の骨かわからない新人がやってきてリーダーになったらキレるわ」

 千里は一姫の言を受け、益々目尻を下げる。このような率直な物言いが好きなのだ。

「あら。一姫さんも、どこかのアイドルのファンだった時期があるんですか?」

「そ、それは、それぐらいあるわよ! やっぱり、その、憧れみたいなのが先にあって、こういう業界に入ってくるもんだし……。なによ、悪いの?」 

「いえいえ。悪いわけないじゃないですか」

 千里は口元を手で隠しながら、うふふっ、と小さく笑った。

「集客や売り上げのことですけど……そんなに気にすることありませんよ。元々急激にではないですけど落ち込んでましたし、どっちみちこのままじゃジリ貧だったんです。座して死を待つよりは、変革を選ぶべきでしょう? それに、ほら」

 千里は、一姫の手にあるデータを指差す。

「最近、ちょっとずつですけど上向いてきてますよ。ネット上の評判でも、以前は新リーダーを非難するものばかりだったのに、最近は賛否両論に近づいてきてます。これは一姫さんの実力ですよ」

「まあそれもあるけど……。乙女とやってた時のファンが私に気付いたってのもあるんだよね」

 一姫は苦々しげに言った。

「良いことじゃありませんか。ファンにとっても、あなたにとっても」

 千里は一姫と一緒にいる時間が増えれば増えるほど、ますますこの娘のことが気に入ってきている。

「そうやってにこにこしてるけど、兵藤……さん、そんなに余裕あるの?」

「余裕とは?」 

「あのジジイ、すごいネチネチ言ってくるでしょ? 兵藤さん、私の知らないところでも言われてるんじゃないの?」

 苦笑いしながら、千里は〝まあ……〟と曖昧に濁した。

「自分が身近に感じたからわかる。あれはホント張り倒したくなるわね。深山って人の気持ちちょっとわかった」

「それ、絶対小塚さんの前で言わないでくださいね」

 そのくらいの常識はあるから、と言って、一姫は軽く伸びをしてリラックスする。

「……そういえば、兵藤さんってどうしてここでhasのマネージャーみたいなことやってんの? 元々別の事務所の人なんでしょ?」

「ああ、本当は今もそうなんですけど、出向というかたちでこっちにきてるんですよ。本来私は小塚さんの娘さん、長尾伊都のマネージャーなんです。彼女に頼まれるとイヤとは言えなくて」

「長尾伊都って、あのヘンな喋りかたする娘? 一回ここ来たよね?」

「絶対本人の前で言わないでくださいね」

「いやまあ、言わないけど……。なんかTVに出てる時と全然キャラ違うんだね。なんであんな話し方なの?」

「さあ……ただの癖だと思いますよ。いいじゃないですか、可愛いし」

 そ、そう? と短く返し、一姫はそれ以上この問題について追及しようとはしなかった。何か触れてはいけないことのような気がしたのだ。

「あなたは大丈夫なんですか? 最近はhasも統制が取れてきたように思えますが……。これから新規のメンバーも入ってくるわけですし、無理はしないでくださいね」

「うん、ありがと。無理はしてないよ。みんなだんだん認めてくれるようになってきたの。ナメた態度とったヤツはシメてやったから」

「針の筵とか言ってたのに……」

 いや、まだ針は残ってるよ、と一姫は煩わしそうに首を振った。

「それより乙女のとこの、Saltは再結成したあとどうなってるの? 何か動きとか」

 この質問を受け、ようやく千里は真顔になる。

「そうですね、何かイベントに出るわけでもなく、ライブをやるわけでもなく……そもそも告知すらしていませんからね。まだ何もわからない状態です」

「なにそれ? そもそも再結成したってのが怪しいんじゃない? 丁がそう言っただけなんでしょ?」

 そう言われた千里は、何か物想いに耽る様子を見せた。

「いえ、丁さんはそんなことは言いませんでしたよ。再結成の情報は私が独自に調べたもので、それは確かなんです」

「ふうん……まあ、どこかの事務所にまとめて入ったりしたんなら、そこから調べはつくか……」

「いえ、彼女たちは事務所には所属していません。乃木天毬という人物が金銭的な後ろだてになり、拠点を設け独自に何かをしているようですね。他に誰か大人が関わっている様子は無く……どうやら自己プロデュースというかたちで何か画策しているようです」

 〝小回りが利くぶん、こちらのほうが厄介ですね。情報もなかなか表に出て来ませんし〟と、千里はため息をついた。

「へえ……。それ、いいね。そういうやり方してんなら、こっちに何か仕掛けてくるのは確実」

 一姫は軽く口笛を吹き、不敵に笑う。

 さすがにこういうことには鼻が利く、と思い、千里はいよいよ嬉しくなってしまう。一姫は既に何か戦いの気配のようなものを感じ取っている。これがなかなか伝わらず、千里はここで苦労しているのだ。

「で、どうすんの? わかってて向こうに先手を打たせるのも癪じゃない?」

「そうですね……。まあ、考えていることはあるんです」

 千里は、新規メンバー募集の一次選考応募書類の束を見ながら呟くように言った。


 岡真銀はヒラエーでの勤務中、この前のことを思い出していた。本部に報告に行き、英平都耶子のことを雪枝に話した時のことである。

「なるほど」

 雪枝は真銀の話を聞いて、目を細め一言漏らした。

「なに? 超ラッキーじゃん。なんか考えることあんの?」

 雪枝の傍らに座っている尾鷹葉子は、不思議そうに口を入れてくる。今、本部にいるのはこの二人だけであった。沙希と伊予はいない。

「そうなんですけど……。そうですよね。やっぱり」

 そう言うと真銀は、無念そうに肩を落とした。

『何を言って欲しかったんだろう? 私は』

 真銀はその答えを嫌というほど自覚しているが、雪枝がそれを口にするわけがないのだ。

「岡さん」

 急に声をかけられ、真銀はハッとして顔を上げる。雪枝の透徹した瞳が、自分に向けられていた。

「スノウセクションの責任者は私です。岡さんがこれからヒラエーでやることは、私がやらせているということです。罪も恥も、私のものですから」

 真銀は、ありがとうございます、と深く頭を下げ、部屋を出た。 

『室長がああ言ってくれたから、ちょっと気が楽になったな』

 人ごみの中でヒラエーのイベント案内の仕事をしながら、真銀は考えている。雪枝が、自分の気持ちをわかってくれていた、ということが何より嬉しかった。

『沙希さんや、伊予さんがいなくて良かったな』

 あの二人なら、笑って自分の気を楽にしようと色々言ってくれるだろうが、なんとなく気恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになってしまうだろう、と真銀は考えている。

 自分は仲間に恵まれているな、と思うと、真銀はほんの少しだけ気が軽くなった。

「真銀―! 頼まれてたやつ、持ってきたからー」

 都耶子の声がする。真銀は、きょろきょろと首を動かしたが、見当たらなかった。

「あたしもちょっと手離せないからー。終わってからねー」

 真銀はもう探すのを諦め、右手を高く上げ姿の見えぬ都耶子に向かってOKサインを出した。

 イベントはまだ続いているが、真銀の勤務時間は終了した。引き継ぎをして着替え、メールを確認すると、都耶子は会場の外で待っているとのことだった。。

「おーい」 

 それほど迷うこともなく、すぐに二人は邂逅する。

「ほいっ。これね」

 あ、ありがとう、と言いながら、真銀は都耶子の手から紙袋を受け取った。

「多分今、ウチが共有してるキラコーの資料はそれで全部だよ」 

 キラコー、『KILLER CORPORATION』。小塚幸生の事務所の名である。

「ぜーったい、他の人に見せちゃだめだよ? そんなもん部外者に渡したって知れたら、あたしパパに大目玉喰らうんだから」

「わかってる」

 真銀は、小さくコクンと頷いた。

「でもこんなの参考になるかなあ……。それにhasの応募はもう締めきってるはずだよ?」

 都耶子には〝小塚の事務所のオーディションを受けてみたいから〟と言って、資料のコピーを頼んだのだ。

「うん、知ってる。来年の所属オーディションに応募しようって考えてて……。同じ事務所に所属し てればチャンスはあると思うの」

「もうちょっと早く決断してればねー」

 都耶子は、心底無念そうに言う。まるで自分のことのように喋ってくれる都耶子が、真銀にとっては眩しく思えた。

「そうだね……。でも、出来ることは何でもしたいの」

 嘘というものは不思議なもので、一旦つこうと決心するとスラスラ出てくる。真銀も、自分の意外な一面に驚いていた。

「ありがとう。本当に。感謝してる」

 真銀は何度もお礼を言ったが、都耶子は〝別にいいよ〟というばかりで恩着せがましいことは何一つ言わなかった。

 本部に帰って、都耶子に貰った資料のコピーを見せると、皆喰い入るように見つめていた。

「……すげー」

「いや、マジで凄いよ。岡ちゃん超お手柄だね」

 沙希と伊予が、最初に賞賛の言葉を吐き出すと、他二人からも口々に真銀の働きを褒めるセリフが飛び出す。対照的に真銀の表情は徐々に暗く沈んでいった。

「お疲れ様です。これだけあればだいぶ助かります。十子さんや丁さんも満足するでしょう」

 雪枝は、最後に淡々と真銀にねぎらいの言葉をかける。

「うん……。おそらく現時点で手に入れられる向こうの内部情報の中で、必要なものはだいたいあるね」 

 椅子の上に胡坐をかき、いつになく真剣な面持ちで真銀の成果を眺める葉子に、雪枝は〝ええ〟とだけ短く相槌を打った。

「では、引き続きヒラエーでの活動をよろしくお願いします」

 続けて言うと、真銀は目を見開いてまじまじと雪枝の顔を見返した。

「今の時点では、まだ年末のフェスの情報が出揃っていません――詳細が決まっていないので当然ですが――。それまでは今の回路から情報を得る必要があります」

 回路というのは、都耶子を指している。雪枝は敢えて直接その名前を口に出さず、事もなげに言った。

「気が進まないのなら、止めてもいいですよ? 他にも手立てはありますから」

 雪枝が被せるように言うと、

「いえ、やります」

 と、真銀は即答する。紅い唇が凍えているように震えていた。


「優しいじゃん、ゆっきー」

 他の者が帰り二人きりになった部屋で、葉子がこう口に出すと雪枝は〝何がですか?〟と険のある調子で問い返す。

「いや、さっきの真銀タン。あんな貴重な情報源捕まえたのに止めてもいい、ってさ」

「……私はただの卑怯者ですよ。わかって言ってるんでしょう?」

 雪枝の答えを聞くと葉子は〝言うね~〟と言って、口を尖らせた。そのまま息を漏らし、フスーッ、フスーッと妙な音を立てる。

「吹けてませんよ、口笛」

 思わず吹き出してしまった雪枝の肩を抱き、

「やっと笑ったな~?」

 と、葉子も歯を見せて笑った。

「こっからが踏ん張りどこだぜ、ゆっきー」

 葉子が囁くように言うと、雪枝は無言で頷いた。


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