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凍蝶  作者: 八花月
12/18

起点

 丁は、沈鬱な気分であった。

 月坂幽からの頼みなので、仕方なくここまで来ているのだが、本来用の無い人物なのだ。

 月坂さんも乗り気でいたっしゃったし、あまり無下には断れませんね。まあ、会うだけだから……。

 幽にはいくら礼をしてもしたりないほど、世話になっている。それを考えたらこれくらいの手間は惜しむべきではない。

 指定のカフェに着いた。

 店員に伝えると、相手はもう来ているようで、個室を案内される。

 個室付きのカフェなど珍しい。やはり自分たちのように何かの面談に使うのだろうか、と丁は毒にも薬にもならぬことを考えていた。幽の話によると、これから会うことになる兵藤千里という人物は、タレントをしている小塚幸生の娘、長尾伊都のマネージャーをやっているらしい。そこも丁の引っかかっている部分であった。

 幽は、

「あまり気に病むことはないよ。親と子は違うものだし、娘のマネージャーというだけならなおさら小塚とは関係が薄いだろう。もしかしたら凄く良い人かもしれない。この業界、人との繋がりが大事だからね。会うだけでも会っておけばいい。……もしかしたら君も、芸能界に戻りたいと思う日が来るかもしれないし」

 と、軽い調子で話していた。幽が好意で言ってくれているのはわかるが、やはりこのように言われるのは少し辛いものがある。

 丁は苦笑しながら受け入れるしかなかった。

「こんにちは。はじめまして」

 案内された個室のドアを開けると、品の良さそうな女がこのような挨拶をした。

「お初にお目にかかります」

 丁も折り目正しく礼をし、女の対面に坐る。対面の女、兵藤千里というらしいが、物腰柔らかく笑顔を絶やさぬ態度は、丁にとって好感の持てるものであった。

 丁に対しSaltでの活動を非常に評価していること、アイドルとしての活動を再開する気があるのなら是非自分の所属する事務所にきて欲しいこと。また、アイドルに限らず芸能活動をするのなら、支援する気があることなどを千里は丁寧に説明する。

「しかし……松山さんのことは大丈夫なのですか? その……」

 当事者がはっきり口に出すのも憚られるので丁は口を濁したが、相手は気にした様子は見せなかった。

「ええ、Saltとしての括りとなるとおそらく無理でしょうが、丁さんお一人ならなんとか……お仲間のことが気になりますか?」

 千里は丁の胸の内を察したように、問うてきた。

「はあ、まあ……そうですね」

 丁としては、元よりこんな話を受ける気はなく、幽の顔を立てるために会っているだけなのである。しかし、受ける気があったとしても、やはり一人で、となると断るだろう。

今日ここに千里と会いにくることも、向こう側の目的もSaltの仲間には伝えてあるので、丁の心の中にやましい部分は無い。しかし色々考えていたせいで、なんとなくこのような間の抜けた返事になってしまった。

「勿論Saltは業界内で、グループとしての評価も高かったですよ。私の一存で全て決められるのなら全員でもかまわなかったんですけどね」

 千里は、本当に済まなそうに苦笑して言った。はあ、と丁は気の無い返事をする。悪い人ではなさそうだが、それだけに話が長引くと申し訳ない気持ちになってしまう。そろそろ会談を打ち切ろうか、と考えていた矢先、

「本当に……とても残念です。アイドルって難しいですよね」

 千里は声のトーンを落として語り始めた。

「いくら本人たちに力があっても、運営のせいてポシャってしまうグループって本当に多いんですよ」

「運営のかたがたには良くしていただいておりましたが……」

「そうですか? しかしあの事件、あきらかにプロデューサーの失態でしょう」

「まあ、そういう考えかたもあるかもしれません」

 丁は、何か妙な気配を感じていた。

「私、口惜しくてならないんです。未来のある少女たちがこんなことになってしまうなんて」

「同情していただく必要はありませんよ」

 訝しげに思いながらも丁は、やんわりと千里に笑いかける。

「ごめんなさい。でも私、本当にこういうこと許せなくて。くだらない大人のゴタゴタであたら若い才能が無駄に散ってしまうなんて……」

 丁の心の底で、なにかに火が灯った。くだらない大人のゴタゴタを持ちこんだのは、小塚のほうではないか。

 長尾伊都のマネージャーであるという話だから、身内贔屓になってしまうのかもしれないが……。

 ここまで考えて、丁ははっと思い至る。もしかして……挑発されているのか? 

 これはどうしたものか。丁の脳髄の中を一瞬で、電光のように様々な思考が駆け巡った。

 何故自分を挑発する必要がある?

 答えは、ほぼ一つしかない。 自分たちのやろうとしていることが、どうやってかは知らぬが察知されたのだ。自分の反応を見ようというのだろう。

「白楽さん個人として、これから何かやりたいこと、希望などございますか?」

 千里は素知らぬ様子で、話題を変えた。

「と、仰いますと?」

「何でも結構です。アイドルや芸能に関することでなくても……熱心に打ち込んでいたSaltが無くなってしまい、今心にぽっかりと穴が空いているような状態でしょう?」

 丁が黙っていると、千里は身を乗り出すように言葉を継いだ。

「何かお力になれればと思って。私、タレントとは人間と人間の付き合いをしたいと思っているんです。その一助として、今のお気持ちをお聞きしたいと思っていまして……」

 千里のこの物言いは誠意に溢れており、本心から出ているようにも思える。しかし、どうにかしてこちらを揺さぶろうとしているのかもしれない。どう答えたものか……と、沈思していて、ふと、丁はバカらしくなった。

 ここでどう答えたとしても、向こうが怪しいと思っている以上、こちらのことを調査する手は緩めないだろう。精々、白楽丁は本心を隠すのが上手い、と思われるぐらいのことだ。それは人間として、アイドルとして、非常につまらないことのように、丁には思われた。

「希望ですか……そうですね。取りあえず小塚幸生に今の役職を全て投げ打ち、芸能界より退いていただいて、二度とアイドルに関わって欲しくないです」

「は?」 

 一瞬、千里は何が起こったのかわからず、目が点になる。

「そして、彼が今売りだそうとしているアイドルグループ、hasにも解散してもらいたいと思っております」

 狭い室内に、沈黙が満ちていく。千里は、丁が何を考えているのか窺おうと、不躾だとは思いながら正面から表情を見て取ろうと思った。

 ……向こうは真っすぐ腹の底まで見通すような視線を、既にこちらに放っている。こんなに澄んだ瞳を見たことがない、と正直、千里は畏怖に近い感情を抱いていた。

「兵藤さん、何か勘違いなさっておいでかもしれませんが、わたくしは深山不器男に落ち度があったとはこれっぽっちも考えておりませんし、理不尽を押しつけてきたのも小塚さんの側だと考えています。……このことは今回のお申し出とは関係ありませんが、一応お伝えしておきます。兵藤さんのご希望に添えるかどうかは、後日こちらから連絡するということでよろしいでしょうか?」

 丁は、今回の話を打ち切るつもりであった。そしてそれは千里も同様である。

「……いえ、お返事は頂かなくても結構です」

 千里が微笑むと、丁も〝そうですか〟と言ってにっこり笑った。

 丁と別れカフェを出て、千里は伊都の元へ急ぎながらまだ背中の筋に、戦慄が走るのを抑えられなかった。

 なんということだろうか。

 白楽丁、あのような人物だったとは。伊都様の気にかけていた通り、全く油断のならない人物だった。世上の噂など毛ほども当てにならない。どちらかといえば、丁は天然キャラのように扱われていたはず。

 なんだ? 今更丁は何をしようとしている?

 是非ともこれを調べ、脅威になるのであれば排除しなければならない。が、どうしたものか……?

 千里は自分の所属している事務所であれば、それなりに立場もコネも使えるポジションの人間ではあったが、如何せん今は勝手の違う小塚の事務所に居候している身である。

 足りない、手駒が。圧倒的に。

 小塚の事務所の社員は使わせてもらえるわけもなく……。

 しょうがない。千里はある一つの結論に達していた。hasを使うのだ。

 なんとか小塚に頼みこみ、hasの運営に関わらせてもらい、その中から自分に賛同してくれる者に手伝ってもらうしかない。だいぶ苦しいが、これくらいしか手はないように思われた。

「でも……。それにしても、誰か……」

 所詮小塚にとってもhasにとっても自分は他所者。千里としては誰か腹心の部下と言える人物が欲しいところであった。

 

「これは何事ですか?! 丁さん!」 

 高畑君江の、通話越しの第一声がそれであった。

「いきなりどうしました?」

 丁は電話に出て、穏やかに返す。

「どうしたもこうしたもありませんよ! 手紙の話です、手紙の!」

 携帯電話越しに泡を飛ばしてきそうな勢いである。

「手紙……とは、なんでしょうか?」

「えっ……・?」

 丁の問いを聞き、君江はトーンダウンした。

「あの、手紙ですよ。丁さんから私宛の……」

「どのような内容ですか?」

「どのような、ってその、今までの計画は全部破棄して、新生Saltは解散、小塚主催のフェスにも出場を取りやめる、っていう……」 

 ああ、と丁はようやく合点のいったという様子の声を出す。

「それですか。今君江さんが仰ったとおりの内容ですが」

 仰ったとおり、じゃないですよ! と再び君江は激昂した。

「いきなりどうしたんですか! 丁さん、あれだけ熱心だったじゃないですか! みんなだって、乙女さんだって……こんなの納得いきません!」

「お気持ちはわかりますが……。こちらとしても、情勢を鑑み総合的に判断し下した結論なので」

「そんなぼんやりした言い方じゃわかりませんよ!」

 君江の声は、怒りのあまり割れるようである。

「直接話したいです。どこに居るんですか? 今から行きますので」

「いえ、それには及びません」

 丁がそう告げると、君江は黙り込んでしまった。丁は特に気にした様子もなく、電話を持ったままの姿勢で応答を待っている。

「……どうしました?」

 丁が声をかけると通話機の向こうから低く、うっ、と呻くような声が聞こえてきた。

「本当に……どうしちゃったんですか? 丁さん」

 ぐずっ、と啜りあげるような音も漏れてくる。泣いているのだ。

「丁さん、ぼんやりしてるし……ちょっと頼りないな、って思ってたけど、目的を見失うことだけはない人だ、って思ってたのに……」

 後はもう、君江は言葉を発することが出来ず嗚咽のみが、丁の耳に届く状態である。

「申し訳ありませんでした」

「謝ってもらったってなんにもなりませんよ!」

 君江は叫ぶように言ったが、丁の口調は対照的に静かであった。

「いえ、その手紙に書いてあることは全て嘘です」

 丁は相手の喋り出すのを辛抱強く待っていたが、君江はなかなか口を開かない。

「は?」

「ですから、その手紙の内容は嘘です。さっきわたくしが喋ったことも同様に偽り。安心なすってください」

「どうしてそんな嘘をつくんですかっ?!」

 丁は、今度こそ鼓膜が破れるのではないかと思った。

「ええと、ですね……」

「こんな、こんな……私がどれだけ……あっ! もしかして私を試したんですか?!」

「察しが早くて助かります」

 再び、君江の怒声が響く。丁は、携帯電話を耳から遠ざけた。

「もう知りません! 今度会った時、またじっくり話をさせてもらいますからね!」

 君江はあらんかぎりの罵声を投げつけ、やっとのことで丁を解放してくれた。

「高畑君江さん、OKでした」

 丁が言うと〝わかってる。ここまで聞こえたよ〟と隣に座っている十子が応える。

「良かった……。しかし、だいぶ減ってしまいましたね」

 雪枝が、ホワイトボードの君江の名前の横に、赤マジックで丸をつけながら言った。

「しょうがないさ。信用できる人間で固めたほうがいい。雪枝だって賛成しただろう?」

「みなさんを何回もふるいにかけるようなマネをするのは、わたくしも本意ではありませんよ」

 十子の後を引きとって、丁も口を開いた。雪枝は、今丁がおこなっていることの責任は、少なからず自分にもあると自覚しており、心を痛めている。

 海原伊予、岡真銀の提出した資料を元に、乙女宅の会議に集まっていた者達の発言を精査し、特徴的なものをピックアップして丁と十子に提出したのは雪枝なのだ。

 それを見て心変わりしそうな者……もっと言ってしまえば信用出来なさそうな者にこうして手紙を送り、反応を確かめているのである。

「乙女さんは良いんですか?」

 ふと、雪枝は訊ねてみた。ホワイトボードに、武音乙女の名はない。

「ああ……まあ、あいつは大丈夫だろう。丁はどう思う?」

 問題ないと思いますが、と十子に答え丁は、 

「雪枝さん、何か気になる点があるのですか?」

 と、話を振ってきた。

「いえ、私の仕事は疑うことなので」

 雪枝が答えると、丁は一瞬眉根に皺を寄せる。

「嫌なことをやらせていますね……」

「最初からわかっていたことですから」

 雪枝はぎこちなく微笑んで言ったが、固くなりすぎたな、と自覚していた。

「そんなに顔に出るんじゃ、雪枝は現場には出られないな」

 案の定、十子がからかい半分に絡んでくる。もうっ、と雪枝は頬を膨らまし、二人が笑っていると、テーブルの上に置いた丁の携帯電話に、また着信が入った。

「あの……丁? 聞きたいことがあるんだけど」

 なんでしょうか? と返事をしながら、丁は二人に音を出さないようにと、手ぶりで合図する。

「手紙がきてたんだけど……あれ、どういうこと? その……本当なの?」

 電話の相手は、奥次雅子であった。付き合いの長いメンバーである。丁は、その声音に何かを感じ取ったようで、軽く唇の裏を噛んだ。

「手紙ですか。どのような内容でしたでしょうか」

 惚ける丁に、

「え? ええっと、新生Saltを解散するって内容だけど……あれ? あんたじゃないの?」

 と、雅子は戸惑っている。

「いえ、わたくしが書きました」

 しばらく間を置いて丁が答えると、雅子は小さく〝あっ〟と声を漏らした。

「うん、その、良いと思うよ。あんたの意見は尊重する……他のメンバーは?」

「ええ、まあ。おいおいでしょうか」 

そう……と、そのまま消え入りそうな声を出す雅子。

「わかった。うん。しょうがないよね……。じゃ、また、どこかで」

「どこかで」

 丁は短く返答し、通話を切る。その後、固く瞼を閉じ大きく嘆息した。

「だ、誰だったんだ?」

「奥次雅子です」 

 うそ、と雪枝が目を丸くする。

「雅子が……そうか。どうにかならないか?」

「理由も問われませんでした。無理でしょう」

 再度丁は、大きくため息をつく。雅子は初期メンバーの一人であり、丁も十子も良く知っているそれだけにショックが大きかった。

「つくづく、因果なことをしていますね……」

 丁は、背凭れにゆっくりを身をあずけながら天井を見上げる。雪枝は、黙ってホワイトボードの雅子の名の隣にバツを書いた。

「あとは誰だったかな?」

 十子が聞くと、

「新堂式乃さんが残っています」

 雪枝は淡々と答える。

「式乃が……」

 丁は、複雑な表情でぽつりと漏らした。

「いや、まだわからないぞ。レッスンの日まで待とう。直接話したいと思ってるのかもしれないし」

 十子は敢えてカラ元気気味の気勢を上げて言ったが、丁は微かに笑っただけであった。

 式乃は二度と練習場に来ることはなかった。


 千里が声を掛けても、彼女は振り向かなかった。

 潮風と海鳴りに掻き消され、耳に届かなかったのか、と思ったがそういうわけでもなさそうである。どうも、あまり楽しくない種類の物想いに耽っているらしかった。

「水前寺一姫さん?」

 千里は、多少大きめの声を出してやっと、一姫の反応を引き出した。

「帰って」

「私が誰かおわかりなんですか?」

 千里は柔和な態度を崩さない。事前の調べで、一姫がどのような態度をとるかは予想がついていた。

「知らないけど、誰とも話したい気分じゃないの」

「たとえば、それが武音乙女さんでも?」

 一瞬、一姫は恐ろしく険のある表情を作る。威圧しているわけでもなく、本当に何か心の傷に触れたようであった。

「……あなた、スカウトかなにか?」

 ええ、と首肯しながら、千里は一姫のカンの良さに嬉しくなる。

「スカウトでも同じよ。私はもう、アイドルをやるつもりはないの。他の芸能活動も、もうゴメン」

 一応答えながら、一姫は再び潮の流れに視線を移した。もう話すことはない、という強い意思表示のようである。

「話だけでも聞いてもらえませんか?」

 一姫は返事もしなかった。

「あなたには、〝has〟というアイドルグループのリーダーになってもらいたいんです」

「……hasって、あの小塚幸生のやってる?」

 一姫は身体を反転させる。千里は黙って頷いた。

「あなた、正気なの? あれって、結構なバックがついてて、たくさんの人間が関わってるちゃんとしたグループじゃないの。私みたいのがいきなり行って、そんなの通るわけないでしょ?」

「もちろん、ずっとではありませんよ。期間限定です。……もし、あなたがその期間に結果を残し皆に認められれば、その地位を維持できる可能性もある、とは言っておきましょう」

 これは千里が小塚に訴え、イヤイヤながらも受け入れられたことである。嘘は無かった。

「あなたの能力を、こちらがそれだけ評価している、と認識していただければ」

「いや、それじゃ無理よ。……えっと、誰さん?」

「兵藤千里と申します」

 千里さん、ね。と繰り返して呟き、一姫は目を細めた。

「さっきも言ったけど、私もう、アイドルはうんざりなの。野心もない。あなたの提案は私にとってメリットにならない。そんな針の筵に自分から飛び込もうとは思わないわ」

「あなたなら、針の筵の上でも巧みに踊れると思えたのですが」

 ふふっ、と一姫は口元を綻ばせる。千里の前で初めて見せた笑顔だった。

「なあにそれ? 作詞もやってるの?」

 頃合いか、と千里には思えた。これを伝えるのは、諸刃の剣なのだ。ただ、こちらの話に乗ってくれたとしても、このことは伝えないわけにはいかない。タイミングの問題であるが、千里にとっては

賭けのようなものであった。、

「hasはおそらく近い将来、Saltと事を構えることになります。あなたにはその時、私の手下(てか)となって働いて欲しいのです」

「Salt? 白楽丁の? こないだ解散したでしょ?」

「ええ。その後人数を厳選し、蘇ったようです。まだ限られた人間にしか知られていないようですが……。お疑いなら、この住所に行ってみるとよろしいでしょう」

 千里は、一姫に紙片を渡した。そこにはSaltがレッスン場として使用しているビルの住所が記されている。一姫は黙って受け取った。

「事を構える、ってどういうこと?」

「それはまだはっきりわからないのですが、彼女らが何か画策しているらしいということは調べがついています」

 白楽丁との会見を経て、千里の中では最早、それは確信に近いものになっていた。

「なるほどね。いきなり解散させられたわけだから恨みはあるだろうし。丁はなに考えてんのかよくわかんないヤツだから、それくらいはしててもおかしくないかな……」

 一姫は顎に手をやり、ブツブツ呟いている。

「引き受けていただけますか?」

 一姫は問いに答えず、真剣な面持ちで黙りこくっていた。

「……いくつか聞きたいことがあるの」

 千里はどうぞ、と先を促した。

「武音……乙女は? 乙女もその、新生Saltに入ってるの?」

「そのようですね」

「いつごろから?」

「そこまでは……まだわかりかねますが。調べましょうか?」

「いや、いい。なんとなくわかるから」 

 一姫は唇をぎゅっと噛んだ。

 入っていたんだ、あいつ。私と話したあの時。新生Saltに、あいつは加入していた。にも拘わらず、私にそれを言わなかった。バカにしている。

 憤怒に歪む一姫の顔を、千里は黙って見ていた。

「いいわよ。やるわ」

 千里は、ありがとうございます、と礼を言いながらふと、哀しそうな色を一瞬目元に浮かべる。

「一姫さん、私はあなたの怒りや憎しみを、自分の都合のために利用しようとしています。あなたも私達を存分に利用してくださいね。……できれば、自分の幸せのために」

 一姫は、ふんっと、鼻で笑った。

「気、使わないでいいわ。私、あなた達みたいなアイドルの運営やってる人種って大っ嫌いだから。ハナからそのつもりよ」

 千里はそうですか、と応じながら、また思い入れしそうなアイドルの娘に出会ってしまったな、と愁いに似た感情を覚えていた。


 人数もだいぶ減ってしまったので、必然的にSaltの再編作業が必要となる。白楽丁、土佐十子は大わらわであった。

「僭越ですが、執行部の人数を増やしたほうがいいんじゃないでしょうか?」  

「え? たとえば君とか?」

 資料を持ってきた雪枝に、十子は軽口を叩いた。ち、違います、とたちまち雪枝は顔を真っ赤にする。

「その、歌とかダンスとか……今でも講師のようなことをしておられる人達がいるじゃありませんか。信用できる方々ですし」

「龍珂と乙女ですか」

 丁は、ちょっと考える素振りを見せる。

「運営の得意そうな方々もちらほらいますし……」

「じゃあ、スノウセクションから引っ張って行ってもいいの?」

 十子が言うと、雪枝は一瞬言葉に詰まってしまった。

「あの……それは……うちも今結構ギリギリで……」

「ほらみろ。他のみんなだってそれぞれ忙しいんだ。仕事を増やすわけにはいかないよ」

 諭された雪枝は、しゅんとなってしまう。

「失言でした、申し訳ありません」

「いえ、スノウセクションが忙しくなっているのはわたくしのせいもあるので……」

 雪枝と丁は、互いに謝りあっている。

「そうだぞ丁。反省するように」

 丁は、兵藤千里との会見の様子を、二人に話したのだ。

「しかし……結果的には良かったかもしれませんよ。現状、まだ受付は始まっていませんが、フェスへの参加が認められなければ私達に打つ手はありませんでした。上手くこの流れを利用できれば」

「敢えて向こうのストーリーに乗ってやる、ということか」

 十子はふふん、と軽く笑った。

「そんなに上手くいくかな?」

「いかせますとも。それがスノウセクションの仕事です。大事なのはタイミングですよ」

 雪枝の決意のほどを見、十子は〝そうか。よろしく頼む〟と真顔で言った。

「……まあ、それはそれとして、今後軽はずみな行動や言動は慎んで貰わなくては困るね。リーダー殿」

「わかっていますよ。もうしませんから」

 丁は、半ば呆れたように謝罪の言葉を口にする。

「十子さん、何かイキイキしてますね」

「ねえ?」

 親しげに話す丁と雪枝に向かって、十子はわざとらしく咳払いして応じた。

「あー……ところで雪枝、頼まれていた件なんだけど」

 え、なんでしょうか? と応じる雪枝に、十子は渋面を作る。

「なんだ、ひどいな。本気で忘れてるのか? 結構苦労したんだぞ」

 十子は不満そうに言いながら、一片の紙切れを雪枝に渡した。紙にはとあるアイドルグループの名前、どこかの住所や電話番号等が複数記されている。

「これは……?」

「尾鷹葉子の連絡先だよ。現在あるローカルアイドルに所属しているらしい。僕が勧誘してもいいけど?」

「い、いえ、私がやります! 直接行きます。私が!」

 雪枝はひったくるようにして、十子から紙片を受け取った。

「あ、す、すいません。つい……」

「雪枝さんは随分御執心のようですが……何者ですか? 尾鷹葉子とは」

「かつてのSaltに、研修生として所属していた娘だ。雪枝はその時仲良くなったのか?」 

 雪枝も解散前のSaltでは、研修生から先には上がれなかったのだ。

「いえ、少し話した程度で、仲良くはなかったんです。ただ、私はある事件から彼女の特定の分野に関する並はずれた能力を知っていたので……。可能なら是非スノウセクションに迎え入れたいと思っていたんですよ」

 十子さん、お忙しいところ本当にありがとうございました、と雪枝は遅れてお礼を言った。

「並はずれた能力……大変申し訳ないのですが、そのかた、わたくしの記憶にはございませんね」

 丁はこういう時、本当に申し訳なさそうにするので、言われたほうが悪い気になってしまう。

「ああ、いや、アイドルの活動とはほとんど……というか、全然無関係の才能なんだ。といっても僕も雪枝から聞いただけでよく知らないんだけど。そうなんだよね?」

「ええ。私が彼女のその天賦の才に気付いたのも、本当に偶然からなんですよ」

 なるほど、と頷いたものの、丁はまだ得心がいかないようだった。

「なんといいますか、その、随分奥ゆかしいかたなのですね。葉子さんという人は」

「ああ、あまり周囲に興味の無い人なので……。なにかきっかけがないと、自分をひけらかすということはあまりしないですね。奥ゆかしい性格……ではないような気もするんですけど」

 雪枝は、何か奥歯に物の挟まったような、モゴモゴした言い方をした。

「雪枝もそうだけど、なんでそんなのがアイドルをやろうと思ったんだろうね」

 確かに、と丁も十子の言葉に笑みを見せるが、雪枝は複雑な表情である。

「雪枝さんのことは信用していますので、そのかたをスノウセクションに迎え入れることにはなんの異存もありませんが、一応聞いておきます。尾鷹葉子さんという人、何がお得意なのですか?」

 はい、と返事をしながら、雪枝は真っ直ぐに丁の透き通った眼を見つめ返した。

「彼女は……尾鷹さんは、私の知る限り日本アイドル界で、最高の暗号(コード)解読者(ブレイカー)です」


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