ああ、やっぱり。
これは僕が、しづるさんに対して改めて恐怖を感じた話だ。そして、みんなに忘れてほしいぐらい、恥ずかしい話でもある。
いつか、しづるさんに連れて行かれた「神社」、あれから何日も過ぎたある日のことだった。しづるさんは件の一件が相当、腹にすえかねたのか、僕ともほとんど連絡を取ってない状況だ。
まあ、大学受験も近いからそれがいいんだけど、なんか……不気味だった。
「なあなあ、肝試しやんねえ?」
その日、前の席に座っていた彼は、頭数が足りないんだよ、と僕を誘った。
彼とは普段から話をするけど、大して深い間柄じゃない。
この時期で話に乗る人が少ないんだろうな、と僕はふたつ返事でその誘いを受けた。
ちょうど気晴らしもしたかったし、なによりしづるさんがいないという状況が、気持ちを大きくさせた。
「よーし、そんじゃお前のオネーサンもよろしくな」
他は集めておく。
親指を立てる彼に、軽く殺意を覚えた。
僕は不機嫌だった。
元々ができの悪い顔をしかめていると、僕をこの場に呼んだ張本人しか話しかけてこない。
「なんだ、あの人、連れてこなかったのか」
誰が連れてくるか。それ以前に誘われた今日がその日だと聞いてない。
僕が言うと、彼、富樫 良則はすねた表情からいっぺんして、もうしわけなさそうにして笑った。
僕も、まあいいかな、と思って肩を下げた。
改めて見回すと、高卒からの就職組がほとんどで、他のクラスからも人が集まっていた。20は超えるんじゃないだろうか。
富樫を見ると、彼は仲間と一緒にこちらを見ながら、落胆したような顔をしている。
富樫は人数が足りないと言っていたけれど、ただ単に、僕はしづるさんを呼び出す以外に用はなかったんだろう。そう思うと、あの女がどんな奴か直で教えてやりたくなった。
「あぁ、なんでこんなのに出ようと思ったんだろ……」
ふと漏らした言葉。それに気づいた僕は、その言葉の主へ、自然に首を回した。すると、僕のいる辺りを眺めていた女子が目を向ける。
――芥 利恵だ。学級委員長で、僕みたいに推薦されそうなタイプとは違う、自分から立候補するような、責任感が強くて人望もある女子だ。
目が合ったのは一瞬だけで、芥はどうでもよさそうに目をそらした。……まあ、別にいいんだけれど。
富樫の声に振り向くと、くじの準備をしているところだった。グループでも組んで、肝試しをするということなのだろう。
とくに誰かと組むつもりもなかった僕は、……どちらかと言うと、組んだ子に嫌そうな顔をされるのが酷く嫌だった僕は、みんなから離れてひとり歩いた。
このまま帰ろうかな、と考えた時、ふと邪な考えが浮かんだ。声のするほうを見るが、すでにこちらから見える位置じゃない。つまりそれは、僕も彼らに見つからない位置にいるということ。
僕は道の外に出ると彼らに見つからないように迂回して、道に戻る。これで僕は彼らの前にでた。もちろん、まだ彼らはグループ別けの最中だろうから、まず僕に追いつくことはないはずだ。
――富樫たちを出し抜いてやった。
なんとも子供じみた考えだと思ったけれど、それでも僕は気分が良くなった。僕はこの道の先にあるであろう心霊スポットへ向かう。
道なりに進んで、立ち止まる。視界の先に、黒くそびえ立つ建物が映った。……たぶん、これは……いや、たぶんでなくても。
廃病院ってやつですか。
思わず、誰もいないのに呟いてから、僕は気分が高揚していることに気づいた。凄く――どきどきしている。それともわくわく、だろうか。
……まあ、どっちでもいいけど。
また、口に出す。さっきの投げやりな言葉ではなく、この瞬間の僕は、もしかしたらあの人お同じような笑みを浮かべていたのかも知れない。
あ、きた。
僕は口の中で小さく呟いた。甲高い笑い声と、楽しそうな男の声。肝試しグループの先発隊……ではないのかな。眠っていたからよくわからないけれど。
僕は今、病院の玄関にいる。もう少し詳しく言うと、玄関入口の上にある窓に、だけど。
もうとっくにこの廃病院の探検は終わってしまい、眠気を抑えながら彼らが来るのを待ち構えていたのだ。結局、寝ちゃったんだけれども。
満月がでていたけど病院は逆光になっているし、こんな場所にいても見つからないだろうと高をくくって僕はそこにいた。
そこで男が懐中電灯を取り出したのだから、僕は驚いて落ちそうになってしまった。窓の少ない面積に座っているのだから、少しばかり怖かったけれど……今のは本当に、死ぬかと思った。
男一人に女二人……普通は、一対一じゃないのかと思ったけど、まあいいかな。たぶん、僕がいないから余ったんだろう。
とにかく僕は、彼らになにかいたずらをしてやろうと考えていた。携帯電話で時間を確認する。01:28。
いい、時間じゃない。
なんだか楽しくて、楽しくて、しづるさんのまねをする。それから彼らに気づかれないように窓から降りて、また院内を徘徊した。三階に上がってすぐの部屋に、朽ちたベッドが幾つかと、その上に空き缶が並んでいるのを見つけた。空き缶には名前が書いてある。
……さっき、僕が探検した時にはなかった。僕は少し考えてから、タイマーをかけて携帯電話を置いた。
同時に、彼らの声が響いた。予想以上に近い。階段の近くだと思う。たぶん、今から二階を探検するか、素通りして三階に来るか。……後者かな。
僕は早々に結論づけて、すぐに部屋の中に隠れる場所はないかと見回した。のんびりとした探検と違って、急いで場所を探さなきゃならないからライトを使う。
結局、いいところが見つからなくて、空き缶の並べられた、ベッドの下へ潜り込んだ。
やがて、彼らがこの部屋へ入ってきた。
部屋の中を闊歩する靴を見ながら、埃のこびりついてしまった手をすり合わせていると、楽しそうに笑う声が聞こえてきた。……富樫だ。
「もう、着いちゃった。やっぱり、もう少し探検しようよぉ」
「そんなの、いいでしょ! 早く缶を置いて帰ろう?」
……富樫と芥の声だった。お調子者の富樫はつまらなさそうに、しかしそれも演技なのか軽く小言を言いながら僕の潜むベッドに近づいた。乾いた音――空き缶が並べられたんだろう。
「……そう言えば、もうひとりいなかったっけ?」
芥の言葉に、思わずどきりとする。僕のことだ。ベッドに並べられた空き缶を覗く芥に、富樫は「あいつなら怖がって帰ったんだろう」と詰まらなさそうに、むしろ不機嫌そうに言った。もしかしたら、しづるさんを連れてこなかったことを根に持っていたのかも知れない。
「ふーん……」
芥も、詰まらなさそうに答えると、部屋の出口に向かって歩き始めた。それに続いて、富樫が慌ててついていく。
……間に合わなかったか。
ふたりが部屋から出たのを確認してから、ベッドから這い出る。タイマーは間に合わなかったみたいだ。思わずため息をついて携帯電話を拾い、開くと同時にけたたましい笑い声が周囲に鳴り響いた。
頬を思い切り拳で殴られて、僕は情けない声をあげて地面に倒れた。思わず、殴り倒した相手を睨み上げるが、相手はそれよりももっと厳しい目でこちらを見下ろしていて、僕はすぐに目をそらしてしまった。
「なに考えてるの、あんたは?」
釣り気味の目をより一層、釣らせて大きく見開き、怒りのあまりか鼻腔まで開いていた。相手は芥だった。
その芥を落ち着けるように男子が彼女の側に立って落ち着けるようにしている。しかし、芥はまだ物足りないように僕を睨みつけていたが、立ち上がりもしない僕に嫌気が差したのか、踵を返してさっさと歩き始めた。
それを見届けてから立ち上がる僕に、「災難だったなぁ」と芥を宥めていた男子が笑った。
……全くだ。
あの後、結局だがタイマーにかけられていたアラームは鳴った。外国のユニークなアニメキャラの笑い声で、大事な用事があるときは寝過ごさないように、いつもこの笑い声をアラームに設定していたのだ。
そのアラームを止めようとした直前に鳴ってしまい、富樫は階段から滑り落ちて足を捻挫してしまった。芥 利恵の場合は別で、すぐに引き返し、携帯電話を持っている僕に猛然と掴みかかってきたのだ。そのまま、みんなの集まる場所へ引っ張り出されてしまった。
女子からの目は冷たかったが、むしろ男子の目は好意的だった。どちらかと言うと、そういう演出を頼まれたかわいそうなクラスメイト、ということへの同情の目だったのかも知れない。その勝手な勘違いのお陰で引っ込みがつかなくなったのか、はたまた驚いたことが恥ずかしかったのか、富樫が階段を滑り落ちたのは故意だと宣言し、芥の気を引くためだと処理されてしまった。僕なんて、富樫から自分に頼まれたように口裏まで合わせられてしまった。
……まあ、事実が知れたらなんだか怖いので、僕もそれに素直に従った。
かくして、クラスメイトどころか他のクラスのメンバーまで集まったみんなの目の前で女子に殴り倒されるという、情けない姿を晒して僕の肝試しは幕を閉じた。
本当に、恥ずかしかった。
そのことがあってから、富樫とは頻繁に話をするようになり、たまに遊ぶようにもなった。しかし芥からは嫌われてしまったみたいで目すら合わせてもらえなくなってしまった。元々、会話するような間柄ではなかったけど。芥と仲直りしたのはさらに後日の話だが、それはひとまず置いておこう。
肝試しの後、家に戻って痛む頬と歯を氷で冷やしていると、しづるさんから電話がかかってきた。すでに時間は午前の四時を過ぎており、厄介事と決め込んで無視していた。すると、ワンコール毎に切って、またかけてを繰り返すしづるさんの行為に耐え切れずに電話を取った。
「……き……あ……」
……、なに?
電波が悪いのか、雑音が激しく、声も遠い。しづるさんの声はかすかに聞こえる。なにを伝えたいんだろうか。思わず大声で語りかけていると、しづるさんが笑っていることに気がついた。同時に、声がする。
「今日のは、無様だったね」
全身が総毛だった。
すぐ、耳元で、携帯電話とは逆のほうから、はっきりと囁かれた――気がした。同時に電話は切れて、ツー、ツー、という音が僕の耳に侵入してくる。
訳もわからずに呆然として、ゆっくりと頭をめぐらせた。けれど部屋には、僕以外には当然ながら誰もいなかった。明かりの瞬きをきっかけに、ふと僕は思い出した。
――そういえば、芥と富樫は三人組みではなかっただろうか。
僕がいなかったわけだから、ちょうでペアが成立しなくて――、ああ、そうか。
しづるさんの言葉の意味がわかった。
しづるさんは着ていたのだ、あの場に。富樫は僕がしづるさんを連れてくると思っていた。だから、僕だけだった時、僕ひとりがあぶれてしまうはずだった。けど、僕はそこを抜けた。ならば、きっちりと分けられるはずだ。
最後に来たと思われる富樫と芥に続き、しづるさんが――
…………。
いや、待て。おかしいだろう。なんでここであの女が出てくる?
しづるさんは僕とは連絡を取っていなかった。ここのところの電話は今のだけだ。しづるさんに肝試しの話なんてしていない。もしもあいつがこの部屋に盗聴器を仕掛けるような悪趣味だったとしても、この部屋には僕ひとりだけで、今から肝試しに行く、なんて発音したわけでもない。
予想を遥かに超えた異常な状況に、ようやっと僕は気づいた。
芥と富樫に続いて病院に入ってきたのは誰だ? ベッドに潜んでいた時、その三人目はよく思い出せば見ていない。
どうしてしづるさんは今日のことを知っている? わかるはずが、ないのに――
ああ、やっぱり、そうなのかと僕は思った。
やはり、あの女は着ていたんだ、あの場に。恐らく富樫や芥の後に続き、僕が殴られているのを見て哂い、そして電話をかけた後も僕の後ろで意地の悪い笑みを浮かべていたに違いない。
しづるさんは、別の場所にいた。けれど、さっきまでこの部屋にいたのだ。
今まで僅かながらも受け入れ始めていたあの女の存在が、改めて異質なのだと、僕は再認識した。
とても久々の更新となってしまいました。
しかし、まあ……自分のペースで気長な更新をしていこうと思います。




