第108話 さようなら、お父様
「フン、負け犬の遠吠えにしか聞こえないが……良いだろう。その賭け、乗ってやる」
「ありがとうございます」
――プライドの高いあなたなら、乗ってくれると思ったわ。
不機嫌そうに鼻を鳴らしたお父様の返事に、思わず笑みが零れる。
「では、正々堂々、一対一で行いましょう。私も、あなたの負け犬の遠吠えをちゃんと聞きたいので」
「チッ! あとで泣きついても知らないからな!」
「あら。それは、あなたの方ではありませんか?」
「クソっ!」
顔を歪めるお父様を、私は笑みを浮かべながら見据える。
改めて思う。
王都にいた頃は、お父様の理不尽な怒鳴り声に恐怖と諦めを抱き、反論することなんて考えもしなかった。
けれど、今は違う。
お父様に対して、何かを期待する気持ちはもうない。
けれど、反論することすらできないほどの恐怖も感じない。
――代わりにあるのは、沸々と湧く怒りだけだった。
すると、フォール様が私の隣に立つ。
「フォール様?」
「カーラ。悪いが、君の傍に控えさせてもらう。一対一とはいえ、君に対して妨害が入る可能性がある。現に、公爵が君の義妹に何かを吹き込んでいるみたいだからな」
「そうですわね」
全く、一対一の勝負だというのに。
お父様は一体、溺愛している娘に何を吹き込んでいるのかしら?
お父様の言葉を耳元で聞いたアリシアが、私を見てニヤリと笑う。
――フォール様の懸念は、当たってしまいそうね。
小さくため息をついた私は、お父様に視線を戻す。
「さぁ、お父様。正々堂々と勝負と行きましょうか」
「そうだな。使えないゴミクズ……いや、我が娘、カーラよ。正々堂々と勝負をしよう」
「あら、ようやく思い出してくださったのですね。光栄ですわ」
公爵家を勘当された瞬間、本当に私の名前まで捨てたのかと思っていたわ。
さっき、『忘れた』っておっしゃっていたし。
「『光栄』か。我が愛しいアリシアに言われた方が何倍も嬉しい言葉だな」
「そうですか」
――私も、あなたよりフォール様に言った方が、何倍も嬉しいですわ。
実の親子とは思えない、貴族らしい笑顔の下で駆け引きを交わした私たちは、それぞれ勝負の準備に入る。
私は両手を組み、静かに祈りを捧げる。
対するお父様は、黒ローブの男へ何かを指示していた。
謁見の間が静寂に包まれる中、私とお父様の最初で最後の親子喧嘩が始まった。
「それでは、行きます!」
――今、この場で罰を受けてもらうわよ。
私の人生を滅茶苦茶にした罪を。
私からお母様を奪った罪を。
そして、私から大切なものを奪おうとした罪を。
神様が授けてくださったこの力で!
「来い! 望むところだ!」
そう叫ぶ声を聞きながら、私は静かに目を閉じ、祈った。
その瞬間、すぐ傍から鋭い金属音が鳴り響いた。
「なっ!」
「残念だったな、公爵。貴様の浅はかな思惑など、お見通しなんだよ!」
すぐ傍で控えていたフォール様が、襲い掛かってきた何者かを剣で押し返す。
その直後――『キャッ!』という可愛らしい声が響いた。
その声がアリシアなのは、目を閉じていても分かった。
――やっぱり、お父様は最初から私とまともに一騎打ちをするつもりが無かったみたいね。
「お前、さっき『一対一』で対決すると言ったではないか……!」
「う、うるさい! さっさと、あの女から『聖女の力』を奪ってしまえ!」
ありがとうございます、フォール様。
あなた様が作ってくださった隙を、絶対に無にはさせません!
お父様が黒ローブの男へ指示を出している、ほんの僅かな隙。
私は全神経を集中させ、黒ローブの男と、お父様が持つ魔道具に刻まれた禁呪を封じるよう、強く願った。
すると、黒ローブの男と、お父様が持つ魔道具から感じていた禍々しい魔力が、それぞれ温かな光に包まれていく。
「うぐっ! なんだ、この光の縄は! 魔法を使おうにも、使えないぞ!」
「そ、そんな……! 本当にやったというのか!」
狼狽える二人の男を前に、私は静かに目を開く。
そこには、神々しい光の縄に体を縛られ、動けなくなった黒ローブの男がいた。
そして、お父様はマジックバッグから取り出した魔道具が完全に使い物になったことを理解し、絶望に顔を歪めている。
「……どうやら、私の勝ちですわね」
静かに手を組むのを止めた私は、豪奢なシャンデリアが吊るされた天井を見上げる。
お母様。
私、ようやくお父様と決別しました。
心優しく、気高いあなたは、こんなことを望んでいなかったかもしれません。
それでも……私は、あなたとの人生を滅茶苦茶にしたお父様を、本気で許せなかったのです。
「カーラ、よくやった!」
「フォール様!」
私に襲い掛かってきた人物――アリシアを捕縛したフォール様は、すぐさま私を抱き寄せると後ろへ向かって声を荒げた。
「大叔父上、今です!」
「分かっている!」
必死な形相のフォール様の呼びかけに応え、前国王が険しい表情で前に出た。
そして、絶望して項垂れている公爵と、玉座の後ろで震えて動けない実の息子夫婦。
さらに、玉座の近くで気絶している孫を見やると、小さく息を吐いた。
そして、国王だった頃の威厳を彷彿とさせるような声で、周囲にいる王城制圧部隊の騎士たちへ命じた。
「アステタント王国前国王、ルーウェン・ル・アステタントが今一度願う! 現国王並びにその一族! そして、バリストン公爵家の主要人物を拘束せよ!」
「「「「はっ!!!!」」」」
こうして――平民を国母に据えようとした王族とバリストン公爵家は、全員捕縛された。
そして、国の未来を懸けた王城での戦いは――私たちの勝利で、幕を閉じた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、遂にカーラが父親を打ち負かしました!
第一章で何もかも諦めていた人物とは思えない、強い女性になりましたね!
そして、次回からいよいよクライマックス!
カーラとフォールの運命は!?
そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!
(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




