第106話 心底後悔しています
「さぁ、あとは国王夫妻と妾の親子、そして、あなただけだ……宰相閣下!」
謁見の間に押し掛けた大勢の王国騎士たちと魔法師たちは、聖女の加護を受けた少数精鋭の王城制圧部隊の騎士たちによって無力化されていた。
元兄も王太子殿下もフォール様とお義父さまによって気を失い、継母や義妹が怯えたように後ずさっていき、国王夫妻は揃って玉座の後ろに隠れていた。
戦いは、決した――かのように思えた。
「チッ! こうなったら!」
静かに切っ先を向けるフォール様に、顔を歪めたあの男――お父様はパチンと指を鳴らす。
すると、どこからともなく黒いローブを纏った怪しげな男が姿を現した。
その男を見た瞬間、私は息を呑んだ。
――もしかして、この男が……!
脳裏に、あの時見た禍々しい紋様が蘇った。
その時、お父様が懐から二本の髪の毛を取り出した。
「それは……」
「まさか!」
お父様の手にある、ピンク色と茶色の髪の毛。
それを見た瞬間、私とフォール様は、その黒ローブの男が何者なのかを悟った。
「アハハハッ! こんなこともあろうかと、念のために二人の髪を魔法で複製しておいて良かった!」
どうやら、あの時に採取した髪を魔法で複製し、いくつも保存していたらしい。
気が狂ったように高笑いをするお父様の手には、幼い頃の私とアリシアの髪が握られていた。
かつて私から聖女の力を取り上げ、アリシアへ授けるために使われた、忌々しい禁呪の材料。
……さすが、貴族としての体裁を気にする男。
万が一に備えて、いくつも複製していたということね。
「貴様! そこまでして、二人の娘の人生を滅茶苦茶にしたいのか!」
珍しく声を荒げるフォール様に、お父様は得意げに笑う。
「当たり前だろ! 私の幸せはアリシアの幸せ! そして、私自身の悲願でもあるのだから!」
「……狂っている」
苦々しく睨みつけるフォール様を、お父様が煽るように鼻で笑う。
「何とでも言え。例え、貴様がこの男を倒したところで、禁呪を使うための魔道具も、複製した二人の髪も、いくらでも予備を用意してある!」
「クソっ!」
大方、黒ローブの男が倒された時に備え、貴族向けのマジックバッグに、禁呪を使うための魔道具を忍ばせているのね。
外出する時、よく使っていたから。
本当に……どこまでも執念深い男だわ。
「おい、そんな話は聞いていないぞ」
「フン、平民上りの闇魔法師に誰が言うか」
「チッ!」
不満げな黒ローブの男に、小さく鼻を鳴らしたお父様は、後ろで怯えているアリシアへ手を差し伸べた。
「さぁ、我が愛しいアリシアよ! こちらに来るのだ! お前が奪われた聖女の力を取り戻すぞ!」
「お父様~!!」
満面の笑みの父親の言葉に希望を見出したのか、アリシアが嬉しそうにお父様へ駆け寄った。
そして私を見やると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
正直、この程度の挑発に乗りたくはない。
でも……。
「お義父さま、止めないでくださいね」
「カーラさん?」
小さく拳を握った私は、静かに前へ出るとそのままフォール様の隣に立った。
「カーラ、来てはいけない!」
酷く焦った表情のフォール様に、私は優しく微笑んだ。
「大丈夫ですわ、フォール様」
――この男のことは、私に任せて。
「ほう、誰かと思えば、我が愛しい娘から分不相応の力を愚かにも奪い返した、用済みのゴミクズがじゃないか」
ゴミクズ。
実の娘である私を、そんな風に思っていたのね。
僅かに痛む胸を隠すように、厳しい淑女教育で徹底的に鍛えられた笑みを浮かべ、お父様をまっすぐ見据えた。
「ゴミクズはあなたですわ、お父様」
「なに?」
不快そうに顔を歪めるお父様に、静かに、けれどはっきりと言い返した。
「だって、そこにいる義妹と継母を貴族にし、挙げ句の果てには義妹を未来の国母に据えるために、私やお母様の人生を滅茶苦茶にしたのですから」
その身勝手で傲慢な振る舞いを――私は絶対に許さない。
「フン! お前やあの女の運命など、最初から我が愛しい妻と娘を迎えるための踏み台でしかなかったわ!」
「それは、王命で定められた私と殿下の婚約を、最初から破るつもりでいたと受け取ってもよろしいですわね?」
その瞬間、謁見の間の空気が凍りついた。
長年懇意にしている王族との約束を、最初から破るつもりだった。
その意味を、貴族としての体裁と、宰相の地位を大切にするこの男が理解していないはずがない。
けれど――どうやら、そう思っていたのは私だけだったらしい。
「そうだ。王族と公爵家の間に交わされた約束など所詮、ただの口約束。むしろ、破る前提で、ここにいる国王と話をつけて結ばれたのだからな!」
「っ!」
――本当に、最低な男ね。
「フン。貴様ごときが、本気で未来の国母になれると思ったのか?」
「そう思い、殿下と婚約してから十年間、あなたの都合の良い道具になっていたのですから」
――いつかは、好きでも何でもない殿下と共に、この国を導くために。
それを聞いたお父様が再び高笑いを上げる。
「アハハハハハッ! それは非常に滑稽なことだな!」
男の無神経な笑い声と、義妹や継母が浮かべた下卑た笑みに、胸の奥からじわじわと怒りが込み上げてくる。
そんな私の怒りを煽るように、意気揚々と両手を広げたお父様は堂々と言い放つ。
――貴族としても、人としても、最低なことを。
「いいか! 『聖女の力』も『未来の国母』も、最初から我が愛しいアリシアのためにあったもの! 貴様のような地味な女は、最初から繋ぎ役程度の価値しかなかった!」
耳を疑うような傲慢に満ちたその言葉に、事情を知らなかった者たちは、国王夫妻を含めて顔を引き攣らせた。
「セドリック、お前、最初から私のことを騙していたのか?」
「だったらどうした? お前だって、アリシアを気に入っていたではないか!」
「っ! セドリック、お前という奴はよくも我を謀りおって……!」
親友の裏切りに国王が悔しそうに憤慨する。
そんな中、脳裏にお母様の遺言が蘇った。
『カーラ、あなたは幸せになってね』
『お母様!』
『カーラ、愛しているわ』
お母様、あなたは何を思って、私の幸せを願ったのですか?
己の欲を満たすために妻と娘の人生を滅茶苦茶にし、王族を欺き、あまつさえ、王命を私的に利用したことに罪悪感を覚えず、鼻で嗤う男に――何を期待していましたか?
「むしろ、感謝して欲しい! 『アリシアの繋ぎ役』という大変名誉な役割を与えたお陰で、地味で何の取柄もない貴様が今日まで生きてこられたのだから!」
――その瞬間、胸の奥で、何かが切れた。
「……人を馬鹿にするのも大概になさい。この愚か者が」
静寂に包まれた謁見の間に、怒りを含んだ私の声が響き渡る。
「お前! 誰に向かって口をきいている!」
「黙りなさい! 実の娘を『愛娘の繋ぎ役』としか思っていない者が!」
「っ!」
かつての私は、この声に縛られていた。
この男に怒鳴られるたびに肩を震わせ、この男の機嫌を損ねないようにしていた。
けれど――もう違う。
私は肩を震わせることなく、近くにいるアリシアへ一瞥を向ける。
そして、顔を強張らせるお父様をまっすぐ見据えた。
目の前の男が怒鳴っても、もう怖くない。
むしろ――不思議なくらい、心が静かだった。
「……お父様」
ゆっくりと息を吐いた私は、今まで胸の奥に押し込めていた言葉を、真正面から突きつける。
「私、あなたから生まれたことを……お母様があなたと結ばれたことを、心底後悔していますわ」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、遂に父と娘が直接対峙!
第一章では父親の都合の良い道具として逆らえなかったカーラが、最終章である第四章でようやく自分の意思を出しました!
果たして、父と娘の親子喧嘩はこれからどうなる!?
次回もお楽しみに!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




