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アンドロギュヌスの誓い

 人目もはばからずに大笑いしてから、僕たちは苦しい息を整えるのに少し時間がかかった。

 ようやく落ち着いたところで、今度は紫衣里が口を開く。

「じゃあ、種明かしってことで、尋ねたり、答えたりしない?」

 そのフレーズには、心当たりがあった。

 クイズ番組の解答者のように、勿体を着けて尋ねる。

「シェイクスピアの、『冬物語』?」

 紫衣里は紫衣里で、司会者のように仰々しく答えた。

「……正解!」

 確か、シチリア王レオンティーズのセリフだ。

 貞淑な妻と誠実な親友との関係を疑ったために、愛と信頼に加えて跡継ぎの命まで失ってしまった愚かな王。

 後悔の中で生きる中、子どもたちの純愛と多くの人々の善意、そして不思議な巡りあわせとで、新たな形で全てが戻ってくる。

 紫衣里は、その辺りをよく覚えていた。


「Lead us from hence, where we may leisurely/Each one demand and answer to his part/Performed in this wide gap of time since first/We were dissevered.」

 

 僕は、いかにも困ったような顔をしてみせる。

「外国語……分かんないんだけど」

 すぐさま、日本語訳が返ってきた。


「ここから案内してください、そこなら私たちが離ればなれになってからの長い間、それぞれどんな役目を果たしてきたか、ゆっくりと尋ねたり、答えたりできるでしょうから」


 その言葉どおり、僕たちはこれまで、お互いが知らなかったことを尋ねては、語り合った。

 といっても、ほとんどは僕が聞き役に回ったのだが。


 たとえば、〈リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ〉のフードコートで、フィービーやフォーコンプレと語り合っていたことを、紫衣里は初めて明かしたのだ。

 僕が準々決勝で破った「十三妹」のプレイヤー、フィービー・マイケルスに絡まれて困っているのに知らんぷりをした紫衣里は、「浮気者だから」と言ったらしい。

「ひどいな……」

 僕が苦笑いすると、紫衣里はこうフォローした。

「でも、言ってやったの。英輔がすごいプレイヤーだなんて、分かりきったことです、て。そしたら……」

 紫衣里は僕に顔を近づけて囁いた。

「Good lovers……素敵な恋人同士ね、ってフィービーが」

「参ったな」

 もう照れるしかなかったが、そこで紫衣里が真っ向から見据えてきたので、僕も居住まいを正した。

「あの……何か?」

 そこで告げられたのは、フィービーの最後のひと言だった。


「Probably next one becomes the most powerful enemy……. Be careful.」


「たぶん次のが最強の敵になるわ……。気をつけてって」

 つらつら思い出してみると、それは同じタイミングで相手を瞬殺していた「レイアーティーズ」の使い手、プリンスのことだったのだろう。

 紫衣里は、美しい年上の女性への敬意を込めて、浮かれた僕を諭した。

「あのときから分かっていたのよ……英輔が決勝で誰と戦うことになるか」


 つまり、それは僕が準決勝を勝ち抜くと分かっていたということだ。

 そのときの相手は、ウジェーヌ・フォーコンプレ。

 エキシビジョンマッチのとき、そのデジタルアートで世界中を味方につけてくれた……男だ。

 だが、あのときの絵の意味は、未だに分からない。

 紫衣里に聞いてみると、小難しいことをさらさらと述べたてた。

「アルファレイドの、無限の支配。私と、英輔と、人類への」


 ……やっぱり、分からない。

 

 当たり障りのないことを言って、お茶を濁すことにした。

「よっぽど、気に入ってたんだね、紫衣里のこと」

 お愛想への返事は、深いため息だった。

「何言ってるの? 英輔のほうじゃない、それ」

「え……」

 準決勝で「弁天小僧菊之助」を破った後の忌まわしい記憶が蘇った。

 フォーコンプレはそのプレイヤーだったのだが、敗れた直後に……。

 その先は、思い出したくない。

 だが、紫衣里は僕の落ち込み具合などお構いなしだった。

 何が面白くないのか、準決勝の前のやりとりから皮肉たっぷりに再現してみせる。

 少女歌劇の立ち役のように、低めのアルトで口にしたのは、フォーコンプレの口説き文句だ。

「これ終わったら、僕と付き合いませんか?」

 続いて、自分のセリフはめいっぱい、乙女っぽくやってみせる。

「ごめんなさい、この人と先約があるんです」

 さらに、次のフォーコンプレのセリフで、紫衣里は意味深に目くばせしてみせた。

「いえ、お隣の男性とです」

 え、と僕は凍りついた。

 あのときの頬に頬に思わず手を当てる。

 紫衣里は、やっとわかったかという顔で小芝居を続ける。

「彼とは婚約してるんです」

 ドキッとする僕は放っておいて、気取った声でオチがつけられた。

「お幸せに」

 フォーコンプレの気持ちは何と言っていいか分からない。

 だが、紫衣里の言葉は嬉しかった。

 もっとも、この件に関しては、紫衣里はアンドロギュヌスとも言っていい芸術家に肩入れしていたらしい。

 小芝居は終わっているのに、その言葉を繰り返してみせた。

 たとえば、試合が終わって、僕の頬に口づけたとき。

「なんて美しいんだ、君は!」

 人前だけど、頬へのキスまでも再現してほしかった。

 試合の後のフードコートで。

「では、私も彼の守護天使になりましょう」

 エキシビジョンマッチで、その約束は守られたわけだ。

 だが、僕の胸に突き刺さったのは、最後のひと言だった。


 「Il n'y a qu'une chose que tu puisses faire pour le vrai amour.」

 (本当の愛のためにすることは、ひとつでいい)


 紫衣里を探さなかった僕は、守護天使に背いたことになる。

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