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尋ねたり、答えたり

 話を逸らすため、僕は済んだことを蒸し返した。

「だって、またアルファレイドに目を付けられたら」

 紫衣里が怒りだしたとしても仕方がない。

 

 ……これが最後かもしれないのに。


 だが、意外にも、紫衣里は平然と答えた。

「あれで諦めるって思ってたし」

心配していた身としては、その楽天家ぶりには、つい腹が立ってしまう。

「代わりを探してたんだぞ!」

 だが、紫衣里の読みは単純で、もっと深かった。

「プリンスが放っておくわけないでしょ」

 まさに、そのとおりになった。

 ただ、プリンスが軌道エレベーターを買い取った理由も、単純極まりない。

「僕と板野さんにフェアな対決をさせるためだったっていうんだからね」

 これ以上の援護射撃はなかったわけだが、話が大きいだけに皮肉のひとつも言いたくなる。

 話を混ぜっ返すと、紫衣里はちょっとムキになった。

「プリンスに売りつけたのだって、体のいい隠蔽じゃない」

 僕もうなずかざるを得ない。

「因果応報ってやつかな……軌道エレベーターが、そのまま解体の憂き目を見ることになったのも」

「プリンスがあれを引き継がない限り、技術的に再現する意味はないわ」

 それは希望をもたらすと共に、僕を堕落の底へ引っ張り込むものでもあった。

「じゃあ、もう……スプーンは」

 少なくとも、アルファレイドから守る必要はない。

 諦めていたことが、再び頭をもたげる。


 ……もう一度、紫衣里と暮らすチャンスはないか?


 その考えを察したように、紫衣里はフードコートで佐藤に言い放った、あの魔法の呪文のような言葉を口にした。

「μ πάντ ἐφίεσθαι κρατεῖν」

 佐藤の訳した言葉が、記憶の底から蘇る。

 それこそ魔法にでもかかったように、僕は繰り返していた。

「何もかも、思い通りにできると思わないほうがいい……」

 今では、自分への戒めでもあった。


 ……僕たちはもう、別々の道を歩きはじめている。


 紫衣里が銀のスプーンを鳴らしたとき、それを覚悟していたことだろう。

 何とフォローしていいかわからずに困り果てていると、紫衣里が、くすっと笑って言った。

「Un ange passe……」

 また、魔法の呪文だ。

 今度は、僕がむくれる番だった。

「意味わかんないことばっかり」

 ごめん、と苦笑いして、紫衣里は答えた。

「フランス語で、天使が通ったっていうんだよ、今みたいなの」

 しばらくの間、僕たちは「どこ?」「そこ」「ここ?」と意味のないやりとりを繰り返した。

 やがて、今度は紫衣里が話をそらしにかかった。

「もういいの? 板野さんのことは」

 修学旅行の費用を、僕が持つ持たないというアレだ。

「佐藤がケリをつけた。全部ばらすってアルファレイド脅して」

 だが、そこで再び、頭の中で引っかかることがあった。


 ……それで済むなら、辞めることはなかったのに。


 金だけ出させれば済む話だ。

 意外だったのは、紫衣里が目を大きく見開いたことだった。

 開いた口を手で押さえて、いつになくおろおろしている。

 どうしよう、という顔つきだった。

 かと思うと、何か思いついたらしく、僕をじっと見据えて問い詰めた。

「ちょっと待って……どこで聞いたの、それ?」

 その剣幕に、思わず、椅子ごとあとずさる。

「ゲーセンだけど、あの、ほら、バイト先の」

 びくつきながら答えると、紫衣里は物も言わずに席を立った。

 髪をポニーテールに戻して駆け出す。

 あとを追おうとしたところで、まだ返していないパフェのグラスが目についた。

 放っていこうと思ったが、周りの客の目が思いのほか、険しかった。


 ……置いていったら絶対、トラブルになる。


 一瞬のうちに頭の中でそろばんを弾いた僕は、グラスの載ったトレイを手に取った。

 少し空いてきたフードコートの中を、どたばたと駆けていく。

 ファーストフード店の返却口に食器を戻して振り向いた。

 モールのエスカレーターを下りる紫衣里の、ポニーテールとパーカーのフードが見えた。

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