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新たな戦いの予感

 僕の勝利を告げるアナウンスが、会場中に響き渡った。

「第1回アルファレイド杯・リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ! 優勝は長谷尾英輔!」

 観客が一斉に立ち上がって、歓声を上げる。

 客席からステージに向かって波のように押し寄せる「ハセオ」コール。

 初めての経験に面食らったが、決して悪い気分はしなかった。

 だが、僕の目に映ったのは、ただひとつだけだった。

 紫衣里が目の前の席に座ったまま、小さく拍手しながら微笑んでいた。

 望み通り、勝ってみせた。

 それだけで胸がいっぱいで、あとは何も考えることができなかった。

 胸のあたりで聞こえる声に気づかなかったのは、そのせいだ。

 代わりにみぞおち辺りを思いっきり殴ってくれたのは、16オンスぐらいのグローブだ。

 思わずむせ返ったところで、見上げる角度で僕を睨みつけているのは、車椅子に乗った美少年だった。

 不機嫌な声で非礼を責める。

「敗者が求める握手はそれほど汚らわしいか?」

 エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世。

 人呼んで「瞬殺のプリンス」は、車椅子の手すりにいくつか並んだボタンを骨ばった指先で叩く。

 背もたれに仕掛けられた、グローブをはめたマジックハンドが引っ込んでヘッドレストになった。

 僕は慌てて手を差し出す。

「とんでもない! いい勝負でした」

 手をしっかりと握り合わせたところで、僕たちの周りで閃光がいくつも瞬く。

 いつの間にか、アルファレイドの広報スタッフと思しき揃いのポロシャツ姿の男女に取り囲まれていたのだった。

 そこで、ふと気づいたことがあった。

 今まで、この名前の長い貴公子の素顔は誰も知らなかったのだ。

 その顔のあたりに身体を屈めたら露骨に眉をひそめられたが、構わず聞いてみた。

「いいんですか? 写真」

 プリンスは不敵に笑って、ミイラのような5本の指を開いてみせた。

「もう、隠すこともなかろう?」

 それから先は、みなまで言わずとも分かった。

 金にも生まれ育ちにも、おまけにルックスにまで恵まれている彼にこそ、「プリンス」の二つ名はふさわしい。

 それなのに、なぜ、e-スポーツのプレイヤーなどをやっているのか。

 僕たちに、言葉はいらない。

 プリンスの痩せ細った手をしっかりと握りしめると、カメラのフラッシュがあちこちで閃く。

 まぶしさに目を閉じると、プリンスにたしなめられた。

「君は勝者だ。堂々としていろ」

 そう言っているほうはというと、千両役者のように微笑んでいる。

 だから僕も、軽口を叩いてみた。

「負けたのに、何で笑っていられるんですか?」

 プリンスは笑顔を崩すことなく、こともなげに答えた。

「それがスウィンナートン家だ。覚えておくがいい」

 全然知らなかったが、覚えておいてどうなるものでもない。

 親からの仕送りを切られて、専門学校の入学金はおろか食費にまで四苦八苦している庶民のせがれには縁遠い話だった。

 それでも僕たちが対等でいられるのは、このe-スポーツがあるからだ。

 自分の力でコントローラーを操る方法さえあれば、生まれ育ちも貧富も体力も関係ない。

 だからこそ、プリンスもプレイヤーとなったのだろう。

 姿を見せず、瞬殺の技だけを頼りにして……。

 だが、そのプリンスと再び相まみえることはない。

 僕には、紫衣里がいる。

 彼女との暮らしがある。

 e-スポーツのプロになるために、専門学校に通うなどというのは甘い夢物語だ。

 親に勘当されてでも、高校を中退して働くしかない。

 夏の終わりに、最高の思い出ができた。 

 あとは、このステージを降りて、紫衣里と共にこの会場を後にするだけだ。

 と、思っていたのだが、e-スポーツとの関わりは、呪いのように僕を捕まえて離さなかった。

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