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伊達男の心意気

 プリンスが動く。

「これで決まりだ!」

シラノがマントを投げたのと、再びレイアーティーズが跳躍したのは、ほとんど同時だった。


 「長いマントを(ジェテ・モン)投げ捨てて(・ロン・マント)……」!

 「復讐するは我にあり!ヴェンジェンス・イズ・マイン!」


 プリンスに一度見た技は通用しない。

 フィービーに使った技が、その瞬間に読まれるのは計算のうちだった。

 レイアーティーズの振り上げた剣が、落下の勢いを伴って降ってくる。

 技が決まるか決まらないか、そのぎりぎりを見切れば勝機はある。


……命中の直前を、狙う!


 だが。

 プリンスは、貴公子らしからぬ荒々しい声で吼えた。

「……遅い!」

 レイピアと短剣が、シラノの頭の右側と左側から叩きつけられる。

 レイアーティーズの剣を真っ向から浴びたシラノの身体がV字に切り裂かれ、鮮血がほとばしった。


……ダメか。


 必殺の策が破れて、僕の身体から魂が抜けていく。

 急に、目の前の相手が大きく見え始めた。

 本当に戦っているのは画面の中のレイアーティーズだ。

 だが、それを操るプレイヤー自身が、双剣を手に僕のほうへと歩み寄っているような気がする。

 再び、天からの声が轟いた。

「さあ、どうするハセオ君!」

 それはライバルとして、僕を奮い立たせようとする言葉だった。

 分かっている。

 だが、指が動かない。

 ボタンを叩こうにも、レバーを回そうにも、いつものカンが働かないのだ。

 それどころか、ビギナーの小学生が家庭用のゲーム機でコントローラーをカチカチやるほどの力も出ない。

 完全に熱くなっていた客席も、次第に静まり返っていった。

 それでもなお、僕は自分を投げ出してはいなかった。


 ……動け、シラノ! 

 ……動け、この指!


 だが、信じられないことに、たかが指一本が動かせなかった。

 プリンスの厳しい励ましは、次第に苛立ちを込めた罵声に変わっていった。

「その程度か? 君に敗れたプレイヤーたちに、恥ずかしいとは思わないのか!」

 何を言われても仕方がない。

 凄まじい速さで双剣を振るうレイアーティーズの猛攻を前に、防御の姿勢を取るのが精一杯だった。

 プリンスは深々とため息をつく。

 それは、晴れ渡った夏の空が嘆いているかのようにも聞こえた。

「では、これで終わりだ……君には失望した」

 一種の最後の通告ともいえるだろう。

 僕も、覚悟を決めるしかなかった。

 しかし。

「……え?」

 客席で微かに揺れる光を、僕は見逃さなかった。

 僕を見つめる黒髪の少女が、胸元にしなやかな指を伸ばす。

 その指先が銀のスプーンを弾いたら、全てが終わる。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 だから……。

「いけない!」

 紫衣里、とその名を呼びそうになって、僕は自分の声を呑み込んだ。

 銀のスプーンを持つ彼女の存在を、会場中に知らせるところだった。

 咳きこみそうになったところで、身体の中に、何かが燃え上がる。

 僕の意識の奥底に眠る獣が、目を覚ますのが感じられた。

 自分でも何をやっているのか分からないままに、シラノ・ド・ベルジュラックが動き出す。

 戦いの興奮に酔っているのか、プリンスは高らかに笑った。

「そうだ、それでいい、ハセオ君!」

 レイアーティーズが縦横に振るう双剣の勢いは、とどまることを知らない。

 それでも、起死回生の技はある。

 シラノの声が、会場内を駆け巡った。


 「伊達男の心意気ル・クール・デュ・ベラトル!」


 シラノが羽根帽子を跳ね上げると、レイアーティーズも反撃に出る。


誇りなきポイゾナス・ブレード・毒刃(ウィゾート・プライド)!」


 だが、僕は勝利を確信していた。

「……遅い!」

 いちかばちかの荒技だった。

 ひとつ間違えばとどめを刺されるが、決まれば相手の体力をゼロにできる。

 決死の剣に貫かれたレイアーティーズが、ばったりと倒れた。

 戦いの緊張から解き放たれて、ほっとしたようなプリンスの声が僕を称える。

「……鮮やか」

 ふわりと落ちてきた羽根帽子をシラノがくるりと回って受け止めると、その身体をまばゆいばかりの光が包む。

 僕は勝者の余裕たっぷりに、決めのセリフを吐いてみせた。

「これが……シラノ・サヴィニアン・ド・エルキュール・ド・ベルジュラックの羽根飾り(こころいき)さ」

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