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孤高の貴公子

試合開始と同時に、僕は息を呑んだ。

「……これは!」

 レイアーティーズの姿が、画面上から消えていた。

 何が起こったかは頭の中で分かっているが、ここまで速いと反応できない。

 天から降ってくるのは、復讐の貴公子の絶叫だけではなかった。


愛する(デヴォート・)妹にトゥ・マイ・スウィート・捧ぐ(シスター)!」


 ハムレットによって狂気に追いやられた末に、非業の死を遂げた妹・オフィーリア。

 兄としての怒りと悲しみを全身に憑依させたかのようなプリンスの咆哮が、舞台上に吊るされたプロセニアムスピーカーから響き渡ったのだ。

 一瞬で背後へ飛んできたレイアーティーズの不意打ちに、シラノが為す術もなく倒れ伏す。


 人呼んで、瞬殺のプリンス。


 これが、その実力だった。

 僕の身体が、ガタガタ震え出す。

 e-スポーツを始めてから、こんな感じを覚えたのは初めてだった。

 自分の声が震えているのも、信じられなかった。

「そんな……何もできないなんて」

 インカムが拾ってしまった声に、会場が静まり返る。

 

 ……紫衣里にも、聞かれた?


 ただのお坊ちゃんじゃない。

 筐体の向こうから、プリンスは眉一つ動かさずに僕を見つめている。

 怯える心の奥底までも見透かすような、冷たく、深い色をたたえたまなざしだった。

 遠目にも分かる。

 ゲームがどうとか、もはやそういう問題ではなかった。

 思わずそらした目は、観客席の紫衣里を探している。


 ……いた!


 ガラスの瞳が見つめている。

 決断を促すように。

 ここで勝てば、何もかもが手に入る。

 紫衣里も、僕の人生も、板野さんの修学旅行も。


 ……だけど。


 そこで思いとどまる。

 あまり考えたくなかったが、板野さんの幸せは、紫衣里と、僕の良心に背く選択でもある。

 アルファレイドに、一生の借りを作ることになるのだ。


 ……To be or not to be。


 このままでいいのか、いけないのか。

 まるで『ハムレット』だが、それほど難しい選択ではない。

 

 他人の幸福と自尊心を天秤にかけるなら、僕は他人の股だってくぐってやる。


 ……でも、それが、板野さんと紫衣里だったら?


 僕の勝利の女神が聞いているのは、そういうことだ。

 あなた次第だと言われても、そこには、まだ結論が出ていない。

 その迷いに苛立っていたのは、僕だけではなかった。

 誇り高い貴公子の叱咤の声が、プロセニアムスピーカーから、神の怒りの雷のごとく放たれる。

「どうしたハセオ君、3本目だ!」

 まるで『ハムレット』の中のセリフだ。

 クライマックスの宿命の対決となる決闘で、本気を出せとハムレットがレイアーティーズを叱りつけるシーンだ。

 それならば、僕も受けて立つしかない。

「言うじゃないか、かかって来い!」

 僕の挑戦の言葉が、会場中に仕掛けられたサラウンドスピーカーで客席をぐるりと囲んで響き渡った。

 観客が一斉に立ち上がって歓声を上げると、それが巨大な竜巻となったかのように、青空に向かって昇って行った。

 紫衣里はというと、ひとりで最前列の席に座ったまま、楽しそうに僕を見つめている。

 僕はプリンスに向き直った。

 身体の奥で、何かがビートを刻んでいた。


 ……楽しい。

 ……楽しい。

 ……楽しい!


 板野さんと紫衣里には悪いが、決断なんかどうだっていい。

 今、肝心なのは、この勝負に生きることだ。

 プリンス……いや、エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世との対決に。

 確かに相手は強敵だ。

 だが、勝つための策はまだある。


 ……見てろ!


 長谷尾英輔、シラノ・ド・ベルジュラックと共に、ここにあり。


 ……この魂だ!


 第3ラウンドが始まった瞬間に、その全てがかかっていた。

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