伊達男の心意気
プリンスが動く。
「これで決まりだ!」
シラノがマントを投げたのと、再びレイアーティーズが跳躍したのは、ほとんど同時だった。
「長いマントを投げ捨てて……」!
「復讐するは我にあり!!」
いかにレイアーティーズが身軽だろうと、シラノのマントが絡みつけば、その技は封じられる。
フィービーの十三妹と同じだ。
だが、プリンスに一度見た技は通用しない。
フィービーに使った技が、その瞬間に読まれるのは計算のうちだった。
大技を使えば、必ず隙ができる。
マントさえかわせば、シラノにダメージを与えるのは造作もない。
レイアーティーズの振り上げた剣が、落下の勢いを伴って降ってくる。
もっとも、それはそれで、僕の計算通りだった。
技が決まるか決まらないか、そのぎりぎりを見切れば勝機はある。
そう……命中の直前を、狙う!
プレイヤーもキャラクターも、その時の隙がいちばん大きい。
マントでフェイントをかけたのは、大技を使わせて、このチャンスを掴むためだ。
だが。
プリンスは、貴公子らしからぬ荒々しい声で吼えた。
「……遅い!」
間に合わなかった。
レイピアと短剣が、シラノの頭の右側と左側から叩きつけられる。
落下の勢いがついている分、ダメージは大きい。
レイアーティーズの剣を真っ向から浴びたシラノの身体がV字に切り裂かれ、鮮血がほとばしった。
ダメか……。
必殺の策が破れて、僕の身体から魂が抜けていく様な気がした。
まるで、天下無双の剣豪詩人シラノが、力尽きてがっくりと膝をついているかのようだった。
急に、目の前の相手が大きく見え始める。
本当に戦っているのは画面の中のレイアーティーズだ。
だが、それを操るプレイヤー自身が、双剣を手に僕のほうへと歩み寄っているような気がする。
再び、天からの声が轟いた。
「さあ、どうするハセオ君!」
それはライバルとして、僕を奮い立たせようとする言葉だった。
分かっている。
僕は、その期待に応えなければならない。
プレイヤーとして。
いや、それ以前に、ひとりの男として。
だが、指が動かない。
ボタンを叩こうにも、レバーを回そうにも、いつものカンが働かないのだ。
それどころか、ビギナーの小学生が家庭用のゲーム機でコントローラーをカチカチやるほどの力も出ない。
完全に熱くなっていた客席も、次第に静まり返っていった。
「どうしたんだ? 長谷尾……?」
「ギブアップか?」
「そりゃあ、プリンスのあのテクじゃ……」
当然の報いかもしれなかった。
これほどの使い手を前に、小賢しいトリックを使おうとした僕がバカだったのだ。
いや、この大会に臨んだこと自体が思い上がりだったのかもしれない。
あれほどまでに猛っていた気持ちが、急にしぼんでいく。
それでもなお、僕は自分を投げ出してはいなかった。
動け……シラノ!
動け……この指!
両手とは言わない。
せめて、どちらかでいい。
たかが指一本のことだ。
だが、信じられないことに、どちらも動かせなかった。
プリンスの厳しい励ましは、次第に苛立ちを込めた罵声に変わっていった。
「その程度か? 君に敗れたプレイヤーたちに、恥ずかしいとは思わないのか!」
何を言われても仕方がない。
凄まじい速さで双剣を振るうレイアーティーズの猛攻を前に、防御の姿勢を取るのが精一杯だった。
プリンスは深々とため息をつく。
それは、晴れ渡った夏の空が嘆いているかのようにも聞こえた。
「では、これで終わりだ……君には失望した」
一種の最後の通告ともいえるだろう。
僕も、覚悟を決めるしかなかった。
しかし。
「……え?」
客席で微かに揺れる光を、僕は見逃さなかった。
僕を見つめる黒髪の少女が、胸元にしなやかな指を伸ばす。
その指先が銀のスプーンを弾いたら、全てが終わる。
良い意味でも、悪い意味でも。
だから……。
「いけない!」
紫衣里、とその名を呼びそうになって、僕は自分の声を呑み込んだ。
彼女の存在を知るのは、アルファレイドの連中だけで充分だ。
それだって、思い通りにさせるわけにはいかない。
咳きこみそうになったところで、身体の中に、何かが燃え上がる。
僕の意識の奥底に眠る獣が、目を覚ますのが感じられた。
自分でも何をやっているのか分からないままに、シラノ・ド・ベルジュラックが動き出す。
戦いの興奮に酔っているのか、プリンスは高らかに笑った。
「そうだ、それでいい、ハセオ君!」
レイアーティーズが縦横に振るう双剣の勢いは、とどまることを知らない。
防御に徹すれば体力の減少は食い止められるが、出遅れた分、受けたダメージは大きい。
それでも、起死回生の技はある。
シラノと僕の声が、会場内を駆け巡った。
「伊達男の心意気!」
シラノが羽根帽子を跳ね上げると、レイアーティーズも反撃に出る。
狂気の中にも冷たさを秘めた咆哮が、頭の上から降ってきた。
「誇りなき毒刃!」
だが、僕は勝利を確信していた。
「……遅い!」
攻守は逆転した。
この技、「伊達男の心意気」は、差し違える覚悟でしか使えない。
ひとつ間違えばとどめを刺されるが、決まれば相手の体力をゼロにできる。
いちかばちかの荒技なのだ。
戦いの緊張から解き放たれて、ほっとしたようなプリンスの声が僕をたたえた。
「……鮮やか」
決死の剣に貫かれたレイアーティーズが、ばったりと倒れる。
ふわりと落ちてきた羽根帽子をシラノがくるりと回って受け止めると、その身体をまばゆいばかりの光が包む。
僕は勝者の余裕たっぷりに、決めのセリフを吐いてみせた。
「これが……シラノ・サヴィニアン・エルキュール・ド・ベルジュラックの羽根飾りさ」




