死闘! リタレスティック・バウト
〈リタレスティック・バウト〉。
世界的に人気のあるゲームで、公式の国際大会まである。
そんなところでベスト8に入れば、e-スポーツの世界トップランカーだけが参加する対戦サーバーにも入れるらしい。
……もっとも、僕はまだそこまではたどりつけていないが。
この「リタレスティック・バウト」の売りのひとつは、その多彩なプレイヤーキャラクターにある。
ゲームがリリースされたのは僕が中2の頃……4年くらい前だが、2ケ月に1回というペースで繰り返されるバージョンアップの結果、今やその数は50種類を超していた。
もちろん、その戦い方は裏技に至るまで、すべて研究済みだ。
それでも、去年の春から僕が「フェニックスゲート」で始めたバイトの傍ら、この1年半の間、こだわりにこだわって使い込んだのは、この漢だ。
シラノ・ド・ベルジュラック。
天狗のように鼻の長い無頼漢が、スクリーン上で大見得を切る。
派手な羽飾りをつけた帽子を目深にかぶってレイピアを構える姿には、旧い戦友のような頼もしささえ感じられた。
「天下無双の伊達男、月世界より只今まかり越して候!」
エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』の主人公、17世紀のフランスに実在した天下無敵の剣豪だ。
白いワンピースの女の子はというと、これまた楽し気に自分のキャラクターを呼び出す。
「ジョアン! 思う存分やってね! 」
遠雷の音とともに、スクリーンが闇の中へと閉ざされていく。
やがて、暗黒の中に幾条もの稲妻が、四方八方から閃いた。
その中から突如として、華奢な人影が現れる。
「ヌルいこと言ってんじゃないわよ!」
禍々しい鎧をまとって長槍を手にした男装の少女が、コウモリの羽を持つ無数の悪魔を伴って、挑発的に微笑む。
シェイクスピア『ヘンリー6世』に登場する、魔女ジョアンだ。
それは、百年戦争のときのイギリスから見た、フランスの聖女ジャンヌ・ダルクの姿でもある。
「見てろ……こうだっ!」
ゲージは2つ。
0になるとKOされたことになる「体力」ゲージを減らさないのは当然だろう。
キャラクターの性格や信念に因んだ「気力」ゲージの管理が難しい。
攻撃や防御で上昇し、最高潮に達すると必殺技を放つことができる。
今、シラノのゲージ「武勲」は極限まで張り詰めた。
スティックを下から攻撃方向に入れて、「弱」ボタン。
無双の剣士シラノは、一瞬にして7人に分身する。
「韻律の七変化」
同じ羽根飾りの帽子をかぶった長いマントの姿が7つ、それぞれ違う方向から男装の魔女に襲いかかる。
ジョアンに付き従う悪魔たちは、あらゆる方向から加えられる攻撃を、全てはね返す。
6体の分身が悪魔たちを牽制すれば、ジョアンのガードはガラ空きになる。そこへシラノの本体が斬り込めば、もはや勝ったも同然だ。
ジョアンの気力ゲージ「残虐」が頂点に達する。
待ってましたとばかりに、少女は歓喜の声を上げた。
「甘い! 」
それが合図であったかのように、ジョアンに付き従う悪魔たちが、縦横に飛び交う。
悪魔たちの陰に隠れた魔女ジョアンが、高らかな声で叫ぶ。
「悪魔の乱痴気騒ぎ」
翼の生えた悪魔たちに襲われて、シラノの分身たちはことごとく消え失せたが、僕は笑いが止まらなかった。
「引っかかったな! 」
七分身を使えばこうなるということは、想定済みだった。
ジョアンにとって、悪魔たちはバリアーのようなものだ。
一旦使ってしまうと、守る者もいなければ武器も使えない無防備の一瞬ができる。
シラノをダッシュさせて、突撃をかける。
「待ってました!」
攻撃ボタン「弱」の連打に続いて飛び蹴りをひとつくれて、スティックとボタンでコマンドを叩きこむ。
「百人相手の決闘!」
画面端への追い込みに加えて流星のように繰り出される連続の剣が、護衛の悪魔を失った魔女に襲いかかった。
だが、ジョアンは突然、長槍を投げ捨てたかと思うと、腕を引っ掴んだ。
「しまった……!」
シラノは鮮やかな背負い投げを食らって、画面の反対側まで投げ飛ばされる。
「……見たか! 」
ドヤ顔の少女を、僕は睨み返す。
「まだまだ! 」
休憩時間の息抜きのはずが、とんだ真剣勝負になってしまった。
店の大スクリーンに映写されている勝負を、見物客だけでなく、店長までがニヤニヤしながら眺めている。
さぞかし、いい宣伝になっただろう。
少女がふふん、と笑った。
「往生際が悪いなあ……」
僕も微笑み返して見せる。
「そうかな……?」
勝利宣言をひっくり返す技が、1つだけある。
僕は、一切のコントローラー操作をやめた。画面上のシラノは、ぴくりとも動かなくなる。
無防備なシラノの前に、武器を手にしたジョアンが、悪魔たちをまとわりつかせて殺到してきた。
スティックを攻撃方向に2度入れて、「中」ボタン。
シラノが叫ぶ。
「3つ数えろ!」
画面上に「UN」「DEUX」とフランス語の文字が浮かぶと、周りからも1つ、2つと数える声が上がる。たいていのプレイヤーは、ここで防御姿勢を取るか、まず画面の端まで下がる。
シラノが溜め込んだパワーが剣の衝撃波となって襲いかかってくるからだ。
だが。
「甘いって言ったでしょう?
「TROIS」の文字が浮かんでも、周りから「3つ」のカウントはなかった。
代わりに叫んだのは、画面上のジョアンだ。
「オルレアンの包囲!」
悪魔たちが一斉にとびかかってくる。
この必殺技が発動している間は、身動きひとつできない。
起死回生の技を封じられたシラノは、悪魔たちの餌食になった。




