死闘! リタレスティック・バウト
この「リタレスティック・バウト」の売りのひとつは、その多彩なプレイヤーキャラクターにある。
ゲームがリリースされたのは僕が中2の頃……3年くらい前だが、2ケ月に1回というペースで繰り返されるバージョンアップの結果、今やその数は50種類を超していた。
もちろん、その戦い方は裏技に至るまで、すべて研究済みだ。
それでも、僕がこの3年間こだわりにこだわって使い込んだのは、この漢だ。
「行け、シラノ・ド・ベルジュラック! 」
僕の叫びに応えるかのように、天狗のように鼻の長い巨漢が大見得を切ってスクリーン上に現れる。
派手な羽飾りをつけた帽子を目深にかぶってレイピアを構える姿には、旧い戦友のような頼もしささえ感じられた。
野太く、しかし何物をも恐れぬ凛とした声が高らかに響き渡る。
「天下無双の伊達男、月世界より只今まかり越して候!」
17世紀のフランスに実在した、詩人にして博物学者、そして天下無敵の剣豪。
シラノ・サヴィニアン・エルキュール・ド・ベルジュラック。
エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』の主人公だ。
白いサマーセーターの女の子はというと、これまた楽し気に自分のキャラクターを呼び出す。
「ジョアン! 思う存分やってね! 」
遠雷の音とともに、スクリーンが闇の中へと閉ざされていく。
やがて、暗黒の中に幾条もの稲妻が、四方八方から閃いた。
その中から突如として、華奢な人影が現れる。
「ヌルいこと言ってんじゃないわよ!」
禍々しい鎧をまとって長槍を手にした男装の少女が、コウモリの羽を持つ無数の悪魔を伴って、挑発的に微笑む。
シェイクスピア『ヘンリー6世』に登場する、魔女ジョアンだ。
それは、百年戦争のときのイギリスから見た、フランスの聖女ジャンヌ・ダルクの姿でもある。
普通のプレイヤーなら、先にリリースされたこっちを選ぶところだ。
さっきこの少女が使ってみせた、銀の鎧をまとった心正しい田舎娘を。
それだけに、えげつない魔女のほうを選んだこの女の子は侮れない。
人を人とも思わない、上から目線の邪悪な小娘がジョアンだ。
可愛い顔をして、敢えてこっちを使う辺り、このゲームへの慣れが見て取れた。
でも。
「見てろ……こうだっ!」
いかにマイナーなキャラクターが相手とはいえ、戦い方は心得ているつもりだ。
コントローラーとボタンの操作で、無双の剣士シラノは、一瞬にして7人に分身する。
「韻律の七変化!」
同じ羽根飾りの帽子をかぶった巨漢の姿が7つ、それぞれ違う方向から男装の魔女に襲いかかる。
ジョアンに付き従う悪魔たちは、あらゆる方向から加えられる攻撃を、全てはね返す。ただ接近して攻撃するだけでは、こっちが跳ね返されてダメージを食らうだけだった。
それなら、こいつらを先に押さえておくに限る。
6体の分身が悪魔たちを牽制すれば、ジョアンのガードはガラ空きになる。そこへシラノの本体が斬り込めば、もはや勝ったも同然だ。
そう、斬り込むことさえできれば。
待ってましたとばかりに、少女は歓喜の声を上げた。
「甘い! 」
それが合図であったかのように、ジョアンに付き従う悪魔たちが、縦横に飛び交う。
凄まじい速さで画面を行き来する影・影・影。
それに目がくらんで、僕のコントローラー操作は一瞬だけ止まった。
戦うべき本体がどこにあるのか、見当もつかない。
悪魔たちの陰に隠れた魔女ジョアンが、高らかな声で叫ぶ。
禍々しい呪文を詠唱するかのように。
「悪魔の乱痴気騒ぎ!」
命令とともに、影たちは自分の獲物を探して食らいつく。
翼の生えた悪魔たちに襲われて、シラノの分身たちはことごとく消え失せた。
必殺技は、見事に破られてしまったわけだ。
一見すると大ピンチのようなのだが、僕は笑いが止まらなかった。
「引っかかったな! 」
7分身を使えばこうなるということは、想定済みだった。恐ろしくも何ともない。
ジョアンにとって、悪魔たちはバリアーのようなものだ。
これさえ引き剥がしてしまえば、魔女とはいえ手も足も出ない丸裸になる。
……って、これはエロゲじゃない!
そういうオプションもないではないが、そうなる技を今、使うことはない。
使うべきときには、使うべき技がある。
ジョアンの、この必殺技にも弱点があった。一旦使ってしまうと、守る者もいなければ武器も使えない無防備の一瞬ができるのだ。
つまり、使っていないときと同じ状態になる。
そこが狙いだった。
シラノをダッシュさせて、突撃をかける。
「待ってました!」
流星のように繰り出される連続の剣が、護衛の悪魔を失った魔女に襲いかかる。
だが、ジョアンは怯む様子もない。
長槍を投げ捨てると、シラノの腕を引っ掴んだ。
あまりの不意打ちに、僕は思わず声を立てた。
「しまった……!」
武器を投げ捨てれば、カウンターの投げ技を繰り出せるシステムになっているのだ、この格ゲーは。
確かに、使えなくなった武器は捨てるに越したことはない。
だが、とっさの判断でこれができるプレイヤーに、僕は会ったことがなかったのだ。
シラノは鮮やかな背負い投げを食らって、画面の反対側まで投げ飛ばされる。
「……見たか! 」
ドヤ顔の少女を、僕は睨み返す。
恥ずかしいことに、いつも心がけている平常心はどこかへ吹っ飛んでいた。
「まだまだ! 」
休憩時間の息抜きのはずが、とんだ真剣勝負になってしまった。
基本的に、僕の勝負は店の大スクリーンに映写されている。
その辺りだけでなく、僕たちの周りには見物客がぞろぞろ集まってきた。
もう、引っ込みがつかない。
店長までがやってきて、ニヤニヤしながら僕と美少女の対戦を眺めている。
さぞかし、いい宣伝になっただろう。
少女がふふん、と笑った。
「往生際が悪いなあ……」
僕も微笑み返して見せる。
「そうかな……?」
勝利宣言をひっくり返す技が、1つだけある。
僕は、一切のコントローラー操作をやめた。画面上のシラノは、ぴくりとも動かなくなる。
だが、勝負を投げ出したわけではない。
無防備なシラノの前に、武器を手にしたジョアンが、悪魔たちをまとわりつかせて殺到してきた。
チャンスだ。
シラノが叫ぶ。
「3つ数えろ!」
画面上に「UN」「DEUX」とフランス語の文字が浮かぶと、周りからも1つ、2つと数える声が上がる。たいていのプレイヤーは、ここで防御姿勢を取るか、まず画面の端まで下がる。
シラノが溜め込んだパワーが剣の衝撃波となって襲いかかってくるからだ。
だが。
「甘いって言ったでしょう?
「TROIS」の文字が浮かんでも、周りから「3つ」のカウントはなかった。
代わりに叫んだのは、画面上のジョアンだ。
「オルレアンの包囲!」
悪魔たちが一斉にとびかかってくる。
この必殺技が発動している間は、身動きひとつできない。
起死回生の技を封じられたシラノは、悪魔たちの餌食になった。