五個目 取り戻した平和
ひとしの体は、もう自分の思い通りには動いていない。体を包む鎧が、手に持つ剣が、意思を無視して勝手に動き出す。
剣が振り上げられる。しがみついたミリーが「わーたーしーのーでーすー!」と暴れるので、光の一閃はあらぬ方向へと放たれ続けていた。
だが、そのお陰で当たらないので、ひとしは安心する。良かった、別に皆殺しにしたいわけではない。このまま被害が少なければいい。心の底からそう思っていた。
放たれた光が壁を切り裂く。崩れて人々の上へ降り注ぐ。天井が崩れる。それもまた、狙ったかのように、人の上へと落ちた。
「おかあさーん!」
「こうちゃん? こうちゃああああああああん!?」
ひとしの思いは届かず、被害は甚大なものへと変わっていく。攻撃自体が直接当たらなくても、十分虐殺していた。
精一杯の力を振り絞り、ひとしはマリーへと抗う。このまま好きにはさせられないと。
「マリー! 止まって!」
「ひゃっひゃっひゃっ! 逃げろ逃げろー!」
歯ぎしりをし、ひとしは最後の手段を使うことにした。もう独力では解決できない状況であり、なんとしても止めなければならない。ひとしの正義の心が、暴れる自分の体を押さえ込んだ。
「ミ、ミリー……」
「はい、ひとしさん!」
「マリーを止めて……くれ……」
「分かりました! 結婚しましょう!」
そんなことは一言も言っていないのだが、ミリーは頬を紅潮させている。頼りにならないとひとしは絶望したが、ミリーはすぐさま動き出した。
強く握っている剣を、ミリーが蹴り飛ばす。カランと音を立てて剣は地に刺さった。
「剣が! くっ、お兄さんが逆らうから!」
「普通は逆らうから! ミリー! なんとかマリーを剥がしてくれ!」
「銀髪ビッチに死を!」
ひとしは抗うが、マリーはそれを上回る力でひとしの体を動かし、剣を掴み取ろうと走らせる。
駄目だ、またさっきの惨劇が始まってしまう。全ての力を振り絞ってひとしは止めようとしたが、手遅れだ。目の前にある剣を……握ってしまった。
「かかりましたね!」
「……はっ!」
ミリーはにやりと笑う。ひとしの銀色の甲冑に包まれた右手が掴んだのは、ミリーのツインテールだった。
しまったと、マリーは舌打ちをする。少し冷静になっていたひとしは、間違えても掴まないだろうと思ったが、状況が変わるのならいいと黙認した。
「さぁ、旦那様いきますよ! |決戦変形《Kill or Die》!」
「旦那様じゃないからね! 後、変形もおかしい!」
「くそおおおおおおおおおっ!」
ひとしのツッコミは届かず、マリーの叫びも届かない。ひとしたち三人の体が、眩い光に包まれた。
周囲を光が覆い、その光が徐々に薄くなる。そしてその場に現れたのは……全身に刃物を装備し、蹂躙するぞと言わんばかりの戦車だった。
キャタピラにはスパイクのように棘が大量にあり、車体の全身には鋭い刃物がギラリと光る。動くだけで全てを切り裂く、脅威の戦車がそこにはあった。
「ひゃっはー! 旦那様は私のものです!」
「ひゃっはー! お兄さんは私のです!」
「帰りたい……」
エンジンは周囲の人々が動きを止めるほどの轟音を上げ、重い体を動かし始める。ひとしは止めようと操縦桿をガシャガシャ動かし、そこら中にあるボタンを押す。
すると、機銃から大量の武器が射出される。壁は剣や槍に、豆腐のように軽々と貫かれた。
ゆっくりと深呼吸をしたひとしは、諦めて椅子へ深く座る。その目は全てを悟った、仏のようだった。
「やめろ! やめて! やめてください!」
「「死ねー!!」」
メイス=スアーマンの言葉への返答とばかりに、主砲から剣やら槍やら斧やらが吐き出された。刺さった武器は、ピッという音を立てて爆発する。
戦車だから、ちゃんと爆発するんだなぁと、ひとしはぼんやりと思った。
「撤退だ! 全員逃げろ! 避難訓練の通りに!」
「私とひとしさん以外は滅びるDEATH!」
「私とお兄さん以外は要らないDEATH!」
押さない、駆けない、喋らない、戻らない。ネオPS団は秩序を守り、言葉一つ発さずに歩いて逃げ出す。
だが、もちろん歩いていては逃げられるわけがない。片っ端から全員倒されて行った。
そして、5分程のヘルタイムが終わりを迎えた。
「動体センサーに反応無し! やりましたよひとしさん!」
「熱源センサーにも反応無し! お兄さん、勝利DEATH!」
「やりましたと言うか、殺りましただよね。後、DEATHって語尾はおかしいから」
ひとしがそう言うと、二人はぺろりと舌を出して笑う。
この正面のモニタに映る二人の顔を消せないものかと考えたが、どうせまた変な兵器が動き出すだけだと、ひとしはため息をついた。
「むむっ、お兄さん大変DEATH!」
「この状況の方が大変だけどね」
「メイス=スアーマンが逃げ出そうとしているのを確認しました!」
「もう逃がしてあげてもいいんじゃないかな……」
「「追撃に移るDEATH!」」
二人は全く話を聞かず、武装戦車は光を発した。
どうせまた禄でもない変形をすることは、ひとしも分かっている。しかし抗えないので、光を失った目で変形が終わるのを待った。
光の中で、ドゴン! ガシャン! と何かを壊す音が聞こえる。ひとしはお経を唱えて、音を無視した。
眩い光が収まったとき、ひとしの前には一本の操縦桿。そして左右の席には、パイロットグラスをかけたミリーとマリーが座っていた。
たくさんのボタンにレバー。それはひとしもTVで見たことがある、飛行機の操縦席さながらだった。
「銀髪ビッチ、システムチェック」
「オールグリーンです、腐れピンク」
「ひとしさん、いつでも行けます!」
二人は機器や計器をチェックした後、ビシッと親指を立ててひとしを見る。その目は爛々と輝き、機長へ出発を促す副機長のようだった。
目を逸らし、乾いた笑いをあげながら、ひとしは二人へ告げた。
「……変形解除」
「「ゴー!」」
「聞いた意味ないよね?」
ひとしの声はエンジンの唸り声の中へ消える。
そして超重量級の絨毯爆撃機は、全ての法則を無視して垂直に浮かび上がった。
「いや、これはおかしい」
「私とひとしさんの愛の力です!」
「私とお兄さんの愛が奇跡を為しました!」
「つまり、二人の力が相乗効果をもたらしたんだね……」
穴が空いた天井も、崩れてくる瓦礫も、壁に刺さった翼も。全てを無視して爆撃機は空を目指す。
星が光る空へ辿り着いた時、ネオPS団のビルは完全に崩壊していた。
「動体センサーに少数の反応あり、爆撃開始」
「熱源センサーにも少数の反応あり、爆撃開始します」
「何も残らないね……」
二人はビルの周囲をくるくると旋回させながら、爆発する剣や槍や斧、大量の爆弾を投下する。黒い塊が地を目指し落ちていった。
剣はバンカーバスターのように地面へ刺さり、地中で爆発する。地上も地上で、爆弾が爆発するので瓦礫も粉々になった。
「ひとしさん大変です!」
「この状況のほうが大変だよ」
「メイス=スアーマンが装甲車で逃亡しています! どうしますかお兄さん!」
「……ゴー?」
「ひとしさんの許可がおりました!」
「全責任はお兄さんに! ゴー!」
「待って? こういう時は聞こえているの!?」
どうせ聞いてもらえないのだからと、言ったことが間違いだった。全ての責任をひとしに押し付け、爆撃機は装甲車を追いかけ始めた。
当然すぐに追いつく。車が飛行機から逃げられるはずがない。攻撃を始めようとしたとき、通信が入った。
「通信回線開きます!」
『待て! 私たちがなにをした!? というか、もう勘弁してください!』
「通信切ります!」
『ちょっと待っ……』
悪逆非道なネオPS団の言葉を聞く必要はなく、通信は遮断される。
二人がバンッとコンソールを叩くと、ひとしの前に髑髏のマークがついた真っ赤なボタンが現れた。明らかにやばいやつである。
「押さないからね?」
二人はにっこりと笑い、左右からひとしの手を掴んだ。振り払おうと暴れたが、押さえつけられたひとしの手はボタンへ添えられた。
「「ファイア!」」
「結局こうなるんだ……」
爆撃機から、今日最大の爆弾が投下される。爆撃機は巻き込まれないように、すぐさま高速で離脱を開始した。
そして物凄い音が鳴り響き、機体が少し揺れる。さすがにただごとじゃないと、ひとしは目を見開いて後ろを見た。
「ひとしさん、後部のカメラを起動します」
「モニタを見てください」
「見たくない見たくない見たくない」
ひとしは目を閉じて、モニタを見ない。……だが、ほんの少し興味があり、目を僅かに開いてモニタを見た。
そこには、画面一杯のキノコ雲が映っていたのだ。
「あれやばいやつだよね!?」
「大丈夫です! 人体には影響がありません! ひとしさんは優しいですね……」
「お兄さんの、そんなところが好きです」
「そうじゃないから! 本当にそうじゃないから!」
「ミッションコンプリート!」
「帰還します!」
悪の組織ネオPS団を滅ぼし、三人は凱旋パレードさながらに、その場を後にする。意味もなく機体から花火が打ちあがり、夜空を鮮やかに照らした。
世界の和菓子屋の平和は、また人知れず守られたのだった。
日常を取り戻したひとしは、自分が英雄だと言うことを今回も隠し、学校へと向かった。
穏やかなみんなの顔を見て、ほっとする。だが、よく聞けば分かる。誰もが昨日の話をしていた。
「謎の爆発があったらしい」
「山奥の会社が爆発事故を起こした?」
「町中じゃなくて良かった」
しかし、その話題もその日だけのものであった。自分たちに関係ないことであれば、そこまで気にしないものである。
ひとしの気がかりは、体調不良で素甘さんが入院したというニュースだけであった。
今度お見舞いに行こう。そう決め、この機会に仲が進展しないかな、そんなことを考えて帰宅した。
実家の和菓子屋には、今日も行列ができている。みんな口々に「ここのすあま凄くおいしいのよ。和菓子はいまいちだけど」「すあまおいしいわねぇ、和菓子はまずいけど」と、嬉しそうに言っていた。
ひとしの耳には都合の悪いことは聞こえず、店が賑わっていることを素直に喜んだ。
だが、そんなひとしの目の前を、慌てて走り去って行く人物がいた。嫌な予感がし、ひとしは店を見る。
……しかし、ミリーとマリーは穏やかな笑顔でゆっくりと歩いていた。
「ひとしさん、万引きです!」
「うん、警察に連絡しよう」
すぐさま追撃行動へ入らない二人を見て、ひとしは成長を感じた。……だが、それは間違いだったとすぐに分かる。
「お兄さん、万引き犯の氏名住所職場、これまでの経歴も押さえました」
「よくやりました銀髪ビッチ。盗んだ商品には爆弾を仕掛けてあります」
「人がいないところまで行ったら起爆しますよ、腐れピンク」
「爆弾……?」
「「ファイア!!」」
どーんと音がし、周囲がざわめき出す。だがひとしは神妙な顔で頷いた。悪いのは相手だし、多少の犠牲は付き物だろう、と。
悪の組織ネオPS団をまた壊滅させ、平和を取り戻した三人は、その後も幸せに和菓子屋を経営しました。
終わり




