幕間二 女獅子は深く静かに伏せる
――夜。静かな月夜。
ザーラは一人、宿の一室で腕を組んでいた。
窓の外に視線を向け、月を眺めている。
ただ、その姿は裸体だ。鍛え上げた肉体を惜しげもなく晒している。
室内にはベッドが一つあり、そこには同じく裸体のマイアが眠っていた。全身に汗を浮かべて、疲れ切った様子で寝息を立てていた。
――三時間前のことだ。
心配していたマイアは、こうして無事に帰還を果たした。
大きな負傷もなく、全員がホッとしたものだ。
ただ、マイアは休むこともなく、
『……ザーラ。報告したいことがあるわ』
緊張した声でそう告げた。
そしてザーラと兵団のメンバーに自分が知った話を語った。
とある少年と交わした約束についてもだ。
流石に全員が眉をひそめていた。
言葉もなく、ありのまま報告したマイアを見つめていた。
『えっと、ブラフとかじゃないんすか? ザーラさんをおびき寄せるための?』
と、最初に口を開いたのは、ムードメイカ―のラックだった。
『そのレオスさん。年齢誤魔化したり、若返ったりとか。胡散臭いっすよ』
『……いや。事実だろう』
それに答えたのはフェイだった。
『私の知るあの男ならあり得る。あの男の秘薬――《樹形図》ならばな』
全員がフェイに注目した。
『自らに才がないと苦悩したあの男が造り上げた薬物だ。服用すれば体内に新たな神経を構築し、老化を停滞させ、身体能力を大幅に向上させる効果がある』
『は? そんなのがあるの?』
と、エリスが目を剥いて言う。
『なんかお伽噺の不老不死みたいな薬ね』
『そうですわね~』ルシアが頬に手を当てて小首を傾げた。
『永遠の若さ。誰もが求めそうな薬です~』
『……そうだな。若さはともかく、力は手に入る。求める者は多かった。だが』
深々と被ったフードの下でフェイは自嘲の笑みを零した。
『あの薬には適性が必要だ。仮に適性がない者が服用すれば、全身の毛細血管が損傷し、十分もしない内に死亡する。適正率はわずか3%。それは生存率でもある』
フェイの言葉に、流石に全員が息を呑んだ。
――いや。一人だけ。
ザーラだけは静かな眼差しでフェイを見据えていた。
ザーラはややあって、ボリボリと頭をかき、
『フェイ。その薬ってのは服用した人物の体液からも摂取できるのかい?』
『……ザーラ?』
パメラがザーラに目をやった。他のメンバーも同じく視線を向ける。
愛する女たちの注目を浴びて、ザーラは少し気まずそうに口角を上げた。
『昔のことだよ。あたしも小娘だったからね。惚れた男のガキが欲しいと思ったことがあるのさ』
ザーラは改めてフェイを見やる。
『あたしの力。そんであの頃、ジジイ……レオスの言いつけを破ってあたしが死にかけたこと。要はそういうことなのかい? フェイ』
『……そういうことなのだろうな』フェイは嘆息した。
『私にしても想定外のことだった。お前と出会ったことも。そしてあの男にそこまで気遣う女がいたこともな』
『……一応、あたしはレオスに気遣われてたんだね』
ザーラは笑う。まるで少女のように。
あまりにも幼い笑みに、兵団のメンバーが驚いた顔をするほどだ。
が、ザーラの表情も一瞬だけだ。
『ともあれ、あの坊やの話は信憑性があるってことだね。あたしが探していたレオスの居場所を知っている。なら会わない訳にはいかないね』
『……ザーラ』マイアが言う。
『あの子は怪物よ。可能ならば避けるべき相手よ』
『残念だけど、引けないね』
ザーラはかぶりを振った。
『それだけ、あたしにとって重要なことなんだ。あんたらにまで付き合わせるのは悪いんだけど……いや。この言い方は情けないね』
ザーラは表情を鋭くした。
『あんたらは全員あたしのもんだ。あたしに尽くせ。いいね』
女王の勅命に一人も迷うことなく首肯した。
ザーラは満足げに頷き、
『みんな。今日のところは休みな。対策は明日考えるよ』
そこでマイアに目をやった。
『マイア。あんたはもう少しあたしに付き合え。坊やについて知りたい』
『……ええ。分かったわ』
マイアは承諾した。
そうして今に至るのだった。
「………」
ザーラは静かに窓の外を見やる。と、
『……ザーラ』
部屋の外。ドアの向こうから声がした。フェイの声だ。
『用意が出来た。お前の機体だ』
「ありがとね。フェイ」
ザーラはドアの方を見やる。
「入ってきて報告すりゃあいいのに」
『そうもいくまい。お前の裸はともかく、マイアもそうなのだろう?』
「はは。あんたって変なところで紳士だね」
ザーラは笑う。
一方、ドア越しのフェイは、
『……強いぞ。あの少年は。恐ろしくだ』
「分かっているさ」
ザーラは双眸を細めた。
「マイアの話を聞いてより一層にね。けどさ」
そこでザーラは拳を固める。
「ようやくの情報なんだ。国盗りも。獅子兵団も。あたしは全部レオスに会うためにしていることなんだ」
『…………』
「それは何よりも優先する。悪いけどさ」
『……仕方あるまい』
フェイはボソリと告げる。
『私も交渉には全力を尽くそう。あの男の居場所を知るために。戦闘はあくまで最後の手段にしてくれ』
「ありがとね。あんたには頼ってばかりだね」
『……構わない。私が好きでやっていることだ』
そう告げて、ドアの向こうから気配が消えた。
フェイは立ち去ったようだ。
ややあって、
「……さぁて。どうなるか。いずれにせよ」
ザーラは窓の外の月を睨み据えて言う。
「レオス=ボーダーの弟子を舐めんじゃないよ。坊や」
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