第六章 伝言者①
その時。
(………う)
不意に、マイアは意識を取り戻した。
取り戻した直後は意識が混濁していたが、すぐさま覚醒する。
まず身体の確認。
大きな負傷はない。打撲の痛みはあるが、骨折や出血は恐らくない。
しかし、やはり拘束はされていた。両腕は後ろに回されて手首を拘束。両足は足首を固められていた。口には猿轡を嵌められていた。四肢の拘束は逃走を防ぐため、口は自害の防止目的だろう。拘束された状態で自分は床の上に転がされているようだ。
次に周囲を確認する。
どこかの部屋。かなり豪華な造りだ。察するにサザン伯爵邸の一室か。
(……不覚)
よりにもよって侵入先で捕縛されてしまうとは。
未だ生きているのは、自分を尋問するつもりなのだろう。
(隙を見て逃走を……ううん、自害を)
ザーラの足手まといになることだけは絶対に許容できない。
尋問の際には猿轡も解く可能性がある。その機会を待つしかない。
と、考えていた時だった。
「……ム」
不意にマイアの顔を覗き込む者がいた。
流石に驚く。それは蒼い全身鎧を着た小さな騎士だった。
「……アニジャ。ジェイク。コウタ」
すると、小さな騎士は別方向に顔を向けた。
「……オキタゾ」
「お。そっか」
そう返すのは少年だった。
大柄な少年だ。騎士学校の制服を着ている。彼は椅子に座っていた。
「起こす手間が省けたな。コウタ」
「うん。そうだね」
大柄な少年に、そう返すのも少年だ。彼もまた騎士学校の制服を着ている。テーブルを挟んで大柄な少年の対面の席に座っていた。
マイアは表情を険しくする。
自分を捕えた恐るべき黒髪の少年だった。
その傍らには、紫色の全身鎧を着た小さな騎士がいた。色やデザインが少し違うようだが、自分の前にいる小さな騎士と同じ鎧を着た子供のようだ。
(体格的には幼児? なんで全身鎧を?)
どうして尋問の場に幼児がいるのか。
危機的な状況ではあるが、不可解さに疑問を抱く。
「その子たちのことは気にしなくていいよ」
その時、マイアの疑問を察したか、黒髪の少年――コウタが言う。
「二人とも子供に見えるけど、そうじゃないから。それよりも」
コウタは一拍おいて尋ねる。
「君は『ザーラ』という人の仲間だね」
「……………」
マイアは答えない。表情も動かさない。
同時に状況を分析する。
ザーラのことを知られている。一体どうしてか。
「君は『ザーラ』のためなら、自害も厭わない」
コウタは言葉を続ける。
「けど、今は疑問を抱いているはずだ。どうしてボクが『ザーラ』を知っているのか。彼女のためにそれを探らなければならないと思っているはずだ」
「…………」
これにもマイアは答えない。
猿轡をされているせいでもあるが、頷くこともしない。
「ボクたちがどれだけ君たちのことを知っているのか。それを知りたいはずだ。だから自害はしないで欲しい」
「…………」
マイアは数秒ほど沈黙したが、ややあって頷いた。
コウタも頷き、「サザンX」とマイアの傍にいる蒼い小騎士を呼んだ。
「猿轡を外して欲しい。少し会話をするよ」
「……ウム。ワカッタ」
そう返して、蒼い小騎士はマイアの猿轡を外した。
これで舌を噛んで自害も出来るようになったが、マイアは動かない。
忌々しくあるが、情報収集こそが重要と判断したからだ。
「君の名前は?」
コウタがそう尋ねるが、マイアは鋭い眼差しを向けるだけで沈黙したままだ。
「まあ、正直に答えてくれねえか」
大柄な少年――ジェイクが肩を竦めた。
それから親指で自分を差し、
「オレっちの名前はジェイク=オルバンだ。そんで」
ジェイクはコウタに視線を向けた。コウタは小さく頷いた。
「こっちはコウタ=ヒラサカだ。コウタの名前は知ってんだろ?」
「―――ッ!」
流石にマイアも表情を変えた。
知っている。《水妖星》が言っていた少年だ。ザーラもまた怪物だと警戒し、あの暴虐の魔人から二つ名を与えられたという人物だった。
(一気に謎が解けたわね)
マイアは内心でそう思う。
怪物じみた実力も得心が行く。勝てなくて当然だった。
そしてザーラのことを知っているのも《水妖星》から聞いたのだろう。
(白金仮面は彼らと行動を共にしていた。この可能性も考えるべきだった)
失態だった。
だが、ここまで知れば充分だ。マイアは自害を考えるが、
「ボクはレオス=ボーダーの居場所を知っている」
おもむろに口にしたコウタの言葉に、マイアは目を見張った。
「あの男は君たちにとって特別なんだろう?」
淡々とした声でコウタは言う。
マイアは答えられない。その名前を知ったのはつい最近のことだ。
けれど、ザーラにとって特別な人物だと聞いている。
ザーラが誰よりも会いたがっている男だと。
(………)
微かに胸の奥が痛む。
初めての痛みだ。これが嫉妬なのかもしれない。
だが、マイアにとってザーラこそが至上だった。ザーラが切望するこの情報だけは何としても持ち帰らなければならない。
「……まず君の名前を教えて欲しい」
コウタがそう尋ねる。
「……マイアよ」
今度はマイアも素直に応じた。
「家名はないわ。獅子兵団の一人。マイアよ」
「……獅子兵団か」
椅子に座ったまま、コウタは双眸を細めた。
「あの男の名を冠した兵団か。リノの言っていた通りだ」
「やっぱり《水妖星》から聞いていたのね」
マイアはコウタを睨みつけた。
「けど、私は知らないわ。あなたがザーラの大切な人を知っていたなんて」
「……大切な人か」
コウタは少し遠い目をした。
「人は生きていれば縁も結んでいく。それが誰であったとしても。あの男にも大切な人がいても当然なのか……」
「……おい。コウタ」
ジェイクが少し心配げにコウタを見やる。
「大丈夫か? 尋問ならオレっちがするが?」
ジェイクの気遣いに、コウタはかぶりを振った。
「ありがとう。けど、大丈夫だよ。これはボクがすべきことだから」
コウタは改めてマイアを見据えた。
「マイアさんだったね」
「……ええ。そうよ」
マイアは最大限の警戒を以てコウタを睨む。
コウタはその眼差しを真っ直ぐ受け止めて。
「じゃあ、少し話そうか。その話し合いによっては」
一拍おいて、こう告げる。
「ボクは君を開放するつもりだ。ボクからの『ザーラ』への伝言者として」




