第三章 怨敵の残影②
「さて。フェイの奴は上手く誘い出せるかね」
森の中。木々が少し開けた場所でザーラは腕を組んで呟いた。隣には護衛として短剣の柄を握るツルギの姿がある。
しかし、それ以外の団員の姿はない。それぞれが近くの木陰で息をひそめている。
「……参謀殿が誘い出せない場合はいかにされますか?」
と、ツルギがザーラに尋ねた。ザーラは「はは」と苦笑して、
「誘い出すこと自体は心配してないよ。ただフェイは男前なんだけど少しばかり不愛想だからね。お姫さまのご機嫌を損ねてないか気にしてんだよ」
「……そうですか」
ツルギは一瞬だけ複雑な表情を見せた。
ザーラが男性も女性も問わず愛せる人物なのは知っているが、兵団唯一の男性団員にはやはりまだ思うところがあった。ある意味で新参の副団長以上にだ。あのフェイという男が、自分も知らないザーラの一面を知っていると思うと猶更だった。これはきっと団員たち全員が思っていることだろう。
(……いかんな)
ツルギは内心で嘆息した。
嫉妬のような感情は剣を鈍らせる。
これから会うのは相当な強者だと聞いていた。だからこそ、対人最強である自分がザーラの傍にいるのだ。改めて短剣の柄を強く握る。
ややあって、森の奥からフェイが現れた。
少し遅れてその後ろには一人の少女が追従していた。
脚には長靴。蒼いワンピースドレスを纏った少女だった。
小柄ながらもそのスタイルは抜群。だが、それ以上に美貌が凄まじい。魔性という言葉が思い浮かぶほどだ。ツルギは思わず息を呑み、ザーラは「ひゅう」と口笛を吹いていた。
「あんたが《水妖星》さん?」
「その称号はすでに父上に返還したがな」
ザーラの問いかけに美貌の少女――リノはそう答えた。
「ふむ」
リノはザーラとツルギを順に見やり、視線をザーラに定めた。
「そなたがザーラか? 盗賊団の女頭目か?」
「ああ。そうだよ」
ザーラは腕を組んだまま首肯する。
「まあ、その盗賊団もあんたら完全に潰されたみたいだけどね」
「ふん。ここにおるのは盗賊団などではないということか?」
言って、リノはフェイに目をやり、続けて周辺の森にも目をやった。
ネコのように、すうっと目を細めて、
「潜んでおるのは六、いや七人か。一人は気配を掴みづらいの。暗殺者か? いずれにせよなかなかの粒ぞろいじゃ。確かに盗賊団のレベルではないのう」
「へえ。凄いね」
ザーラは驚いた顔をする。
「マイアの隠形なんて達人レベルなのにそれにも気づいたのかい?」
「侮るな。わらわは闇の寵児ぞ」リノは腕を組んで不敵に笑う。
「そなたの師――《木妖星》レオス=ボーダーのかつての同胞の一人じゃ。レオスを知るのならばわらわの力量も察することじゃな」
「……へえ」
リノの言葉にザーラは少し神妙な表情を見せた。
「師匠の元同胞か。そりゃあ侮れないね。つうか師匠の二つ名なんて初めて聞いたよ」
「《木妖星》は厳密に言えば二つ名ではないがの。どちらかと言えば役職じゃ。父上を守る九つの星の名じゃな。さて」
リノは再び周囲に目をやった。
「位置を変えようとしても無駄じゃ。大人しく出て参れ」
「ああ~、そうだね」
ザーラは片手を上げた。
「みんな。出ておいて。不意打ちとかは意味がなさそうだ」
そう告げると、木々の間からパメラたちが姿を現した。そこには合流したエリスの姿もある。暗殺者であるマイアだけは少し躊躇していたが、最後に姿を現した。
「ふむ。これはまた美女ばかりじゃのう」
と、全員の顔を憶えつつ、リノが率直な感想を告げた。
「容姿だけで選んだ訳じゃないけどね」
ザーラはポリポリと頬を掻いた。
「いずれにせよ全員があたしの女さ。ちなみにフェイはあたしの男だ」
「なんじゃ? そなたのハーレム兵団ということか?」
リノが目を瞬かせた。
「しかもいわゆる両刀使いか。随分と女側に偏っておるようじゃが……」
「まあ、あたしは男勝りな性格をしてるからね」
「……いや。わらわにとってそなたの印象はかなり乙女なのじゃが」
「……はあ? なんで会ったばかりのあんたが……」
そこでザーラはフェイの方に目をやった。
フェイはかぶりを振って「すまない」と告げて、日記を外套から取り出した。
「無事に回収はしたが一歩遅かったようだ。姫君には読まれてしまった」
「フェイィ……」少し拗ねたように頬を膨らませるザーラ。
それからブスッとした表情でリノを睨んだ。
「他人の日記を盗み読みするなんていい趣味してんね。あんた」
「敵対勢力の情報収集じゃ。文句など言うでない」
リノは呆れたような口調で返した。
「ともあれ、おかげでそなたの心情は知っておる。ところで」
リノは密かに飛び込む機会を計っているエリスたちを一瞥して、
「察するにこやつらはそなたの私設兵団ということじゃな。名は何という?」
「……獅子兵団と名付けたよ」
ぶすっとした表情のまま、ザーラはそう告げた。リノは大きく嘆息した。
「流石に直球すぎるぞ。やはりそなたは乙女のようじゃな」
「うっさいね」
ザーラは不機嫌だった。が、そこでにんまりと笑う。
「ああ、そうだ。お姫さん、どうだい? なんならあんたも、あたしの兵団に加えてやってもいいんだよ」
「ご免じゃな」リノは即答した。
「わらわはすでに売買済みじゃ。この身と心はすでに余すことなく悪竜のモノ。もはやわらわの心にいかなる者も入り込む余地はない。そもそもじゃ」
リノは双眸を細めた。
「レオスの弟子。レオスの名を冠する兵団。そしてレオスの面影を持つ者。はっきり言ってそなたらはわらわの敵以外何者でもないぞ」
そう断言する。
初対面でありながら、この明確な敵対宣言にはザーラも怪訝な顔をした。
少なくともこの少女に対してだけは、敵意を見せていないのにも関わらずだ。
エリスたちも少し戸惑い、フェイもフードの下で微かに眉をひそめた。
「本題に入るぞ」
一方、リノはいよいよ話を切り出すのであった。
「そなたらの狙いは何じゃ? やはりコウタの命なのか?」
――と。




