第二章 煌めく心を胸に③
同刻。森の中。大破した馬車の近くの広場にて。
純白の鎧機兵から、一人の騎士が舞い降りていた。
――白金仮面だ。
赤い外套をなびかせて、近づいてくる。
相対するのは少女たちだ。
ジェイクたちもその場にいるが、前に立つのは二人の少女である。
一人は小柄な少女だ。緩やかに波打ち、獣人族のネコ耳を彷彿させるような癖毛が目立つ長く淡い菫色の髪。少女。瞳の色は紫色。恐ろしく整った顔立ちとまだ十五、六歳でありながら見事なスタイルの上には、蒼いワンピースドレスを着ていた。
とある組織の社長令嬢であり、すでに返還済みだが、《水妖星》の称号でも呼ばれていた実力者でもある、リノ=エヴァンシードだった。
もう一人は黒髪の少女だ。
年齢は十六歳ほど。肩ほどのサラリと黒髪に、黒い眼差し。リノ相手でもそう劣らないスタイル。その上にはアノースログ学園の制服を着ている。東方大陸アロンの血を引くと思わせる顔立ちも美麗だ。
焔魔堂一族の鬼の少女。アヤメ=シキモリである。
悪竜の花嫁の中でも最も苛烈な二人が前に立っていた。
なお、ここにはもう一人、悪竜の花嫁が合流していた。
始まりの花嫁。アシュレイ公爵家令嬢であるメルティア=アシュレイだ。
本来はリノやアヤメ、エルたちにも劣らない美貌を持つメルティアだが、彼女はトラウマ級の重度の人見知りだった。
今は少し離れて、着装型鎧機兵の中に引き籠っていた。アイリの手を掴んでいる。
ただ着装型鎧機兵の姿はかなり巨大だ。鎧機兵には届かないが、巨漢と呼べるジェイクよりも体格は上回る。そんな巨人が幼女の手を握るのはなかなかにシュールだった。
なお彼女たちの隣にはゴーレム二機――金の冠を頭に、ちょこんと乗せた紫色の小さな騎士・零号と、同型機ではあるが、相違点として悪竜のお面をつけ、目の冴えるような蒼色の鎧を付けたサザンⅩ。そして彼らの愛機・兜兎の姿がある。
それもあってさらにシュールな絵面だった。
まあ、それはともあれ。
「ふむ」
両手を腰に、リノは双眸を細めた。
「その様子では取り逃がしたようじゃな」
『ふゥむ』
リノの前で足を止めた白金仮面が兜に手を当てて答える。
『面目ない。なかなかに食えぬ相手でな』
一拍おいて、
『ただ、改めて危険な男だと認識したな。そちらはどうかね?』
白金仮面が周囲を見渡した。
『まだ我が宿敵の姿が見えぬようだが?』
「ああ。コウタならば一度は合流した」リノが答える。
「リーゼと共にのう。しかし、いささかリーゼに問題が起きておってな。今は再び二人は場所を変えておる。いずれ戻ってこよう」
さて、と続けて、
「それよりも状況を聞かせよ。何があったのじゃ?」
『うむ。そうだな』
そうして、白金仮面は語り始める。
その内容にリノを始め、ジェイクたちも表情を険しくしていった。
「……話によると」
アヤメがポツリと口を開いた。
「コウタ君も魔獣の襲撃を受けたそう、です。その魔獣自体は倒したそうですが」
アヤメはちらりと森の奥に目をやった。
彼女でも気配を掴めないが、この近くにはゴズとメズを筆頭に焔魔堂の陰たちが姿を隠しているはずだ。彼らの報告でもコウタが魔獣の襲撃を受けたのは確かだ。
「……魔獣の使役か」
ボリボリと片手で頭を掻きながら、ジェイクが前に進み出た。
「普通はそんなことは出来ねえはずだろ。まあ、そうだな」
そこでゴーレムたちの傍で何やらくつろいでいる兜兎に目をやった。
「あの《滅兎》だけは例外か。ただ《滅兎》は魔獣といっても枠外というかランク外って感じで基本無害だからな。普通の魔獣とは別物だな」
「私にとってはある意味で恩人ではあるがな」
と、エルが苦笑を浮かべて言葉を続ける。
「いずれにせよ、他の魔獣は違う。使役など不可能なはずだ」
『それをあの男は可能にしていたのだ』
白金仮面はその目で見た事実を語る。
『しかも連携まで駆使するほどにな。十セージル級の魔獣どもの連携だ。我が剣を以てしても脅威であった』
一呼吸入れて、
『己は放浪の騎士である前に正義の使徒なのだ。あれは見逃せぬ』
そう告げる放浪の騎士に、
(意外だな)(意外です)(……意外)
と、白金仮面の中の人を知るジェイクとメルティア、アイリはそう思った。
そこまで深い付き合いがあった訳ではないが、彼が身内になるかもしれないコウタの悩みっぷりから、もっと破滅的で破天荒な印象を持っていたのだ。
結婚を控えているということだからか、精神的にも大きく変わったのかもしれない。
『ゆえにだ』
そんな評価は知る由もなく、白金仮面は拳を固めた。
『ここは我が宿敵の力も借りたいのだ。確実にあの男を捕らえるためにな』
「……まあ、それは問題ねえと思うが」
ジェイクはそう呟きつつ、リノの方に目をやった。
「どうもあの魔獣野郎、リノ嬢ちゃんのことも知ってるふうじゃなかったか?」
「ふむ。そうじゃのう……」リノはあごに手をやった。
「恐らくは父上絡みとは思うが。あの男の言葉が真実ならば、わらわと直接の面識はないとのことじゃが、う~む……」
そこで腕を組む。
「どうもあの雰囲気、声には覚えがある。やはりその顔を見ておきたいところじゃな。まあ、今できることと言えば、まずは盗賊どものアジト潰しか」
リノは白金仮面に目をやった。
「盗賊どものアジトを聞いた。そこには囚われた者たちもいるそうじゃ。正義の味方殿。協力は願えるのかの?」
『無論だ』白金仮面は即答する。
『この白金仮面。悪を見過ごす気はない!』
そう宣言して、赤い外套をなびかせた。ゴーレムたちは『『……オオ!』』とガンガンと拍手している。
(いやいや。あんた、たぶん悪党寄りだろ。まあ、それを言うのなら、リノ嬢ちゃんなんか悪の親玉の愛娘か)
と、ジェイクが内心でツッコミを入れていた。
いずれにせよ、救える者がいるのなら、アジトは早めに潰しておいた方がいい。
魔獣使いの何かしらの痕跡も確認できるかもしれない。
「そうだな。コウタとお嬢の帰還を待ちてえところだが、伯しゃ……白金仮面も含めれば戦力は充分すぎるか。そんなら先に潰しておくのも手か」
ジェイクはゴキンと鳴らした。
「それに実のところ、オレっちはいま結構手柄とかが欲しいしな。少しでも早く一人前の箔をつけて迎えに行きたい奴がいるんだ。だからさ」
そこでニヤリと笑う。
「ここはオレっちに活躍させてもらおうか」




