第一章 獅子の兵団①
夜。梟が飛ぶ。
大きく翼を広げて、森の上を飛翔する。
ややあって滑空を始めた。梟の眼下には大きな建物があった。
それは煉瓦造りの古びた砦だった。
百年以上間。戦時中に使われた砦だ。長年放置されて今や朽ちた城砦だ。
しかし、その砦の監視塔の一つ。
そこには今、一人の人間がいた。
二十代半ばほどの女性である。白い髪は男性並みに短く、スレンダーな肢体には獅子の紋様が刺繍された赤い隊服を着ている。
「………」
彼女は無言で右腕を掲げた。梟はホバリングして減速し、その腕にとまる。
女性は梟の脚に付けられた小さな筒を取り外した。それから塔の中に入り、梟を鳥舎に連れて行った後、階段を降りる。その間に筒に入っていた書簡に目を通した。
「……そう」
彼女は微笑んだ。
ややあって、砦内の食堂に近づいていく。
他の部屋は暗いが、その部屋だけは明るい。談笑のような声も聞こえた。
彼女は食堂へと入った。
そこには六人の人間がいた。
壁に背を預けて立っている者、椅子に座って酒瓶を持っている者など様々だが、全員が女性だった。全員が食堂に入って来た女性と同じ隊服を着ている。
食堂にいるメンバーは入って来た彼女に注目した。
白髪の女性は一拍おいて、
「ザーラから連絡が来ました」
そう告げだ。途端、「マジっすか!」と酒瓶を持っていた女性が立ち上がった。
「いよいよって訳っすね!」酒瓶をテーブルに置いて、にかっと笑う。
年齢は二十代前半ほどか。髪は短く灰色で、ハリネズミを思わせるほどボサボサだ。豊かな胸に女性的なスタイルを持つが、それ以上に生粋の戦士を思わす女性だった。
「……ああ。いよいよなのだな」
そう告げるのも戦士を思わせる女性だった。長い黒髪にスレンダーな肢体。腰には短刀を差している。眼光も鋭い二十代前半ほどの女性だ。
次いで、
「レミ。私たちの」「ラミ。うん。出番出番」
ポンと手を重ねて叩く二人の少女。二人とも十代半ばの少女だった。スタイルはほぼ年齢通りか、同じ黄色い髪を二人とも団子状に丸めている。ただし、丸めた位置は右側、左側と違うが。並んで椅子に座る少女たちは、双子なのかそっくりだった。
「まあ、ザーラお姉さまが……」
うっとりとした様子で呟く女性もいる。椅子に座った二十歳ほどの女性だった。豊かな双丘を持ち、おっとりとした様子の女性だ。頬に片手を当てて小首を傾げている。髪はふわりと長く紺色だった。
「では、ついに私たちのお披露目なんですね~」
容姿通りのおっとりとした口調でそう告げた。
そして、
「…………」
最後の一人は無言だった。
最も冷めた眼光を持つ十代後半ほどの少女だ。右頬に深い傷を持ち、それを隠すようにマフラーで口元を覆っている短い灰色の髪の少女である。少し痩せすぎの印象があるスレンダーな体格をしており、黒髪の女性と同じく壁に背を預けて腕を組んでいた。
他のメンバーが注目するが彼女だけは何も語らない。
タイプこそ違うが、白髪の女性を含めて全員が美しい女性だった。
そして白髪の女性は一拍おいて、
「ザーラは私たちにも動いてほしいそうです。副団長殿と、参謀殿はすでにザーラの傍におられるそうです」
「「「…………」」」
灰色の髪の少女も含めて、全員がジト目になって白髪の女性を見据えた。
一拍おいて、
「いやいや。その役職って確定なんすか? パメラさん」灰色の髪の女性が尋ねる。
「特に副団長ならパメラさんがやればいいじゃないっすか」
「……拙者は構わんぞ」
黒髪の女性も話に加わった。
「誰が副長であってもな。いずれにせよ我が主君はザーラのみだ。拙者の名の通り、拙者はザーラのツルギだ。それ以外何者でもない」
「う~ん、そうですね~」ポンと紺色の髪の女性が手を叩いた。
「私はツルギさんよりも、ラックさんの意見の方に賛同ですかね~。その副団長の方は入られたばかりですし~。そして参謀の方は男性なのでしょう~?」
そこで眉根を寄せる。
「ザーラお姉さまのご判断でも、やはり男性はちょっと……」
「……まあ、ルシアさんは入団するまで色々あったからっすしね」
と、ラックと呼ばれた女性が気まずそうな顔をした。ルシアと呼ばれた女性は、微苦笑を浮かべて少し視線を逸らした。
「まあ、役職はいいよ」「うん。新人でも男でも。だってお姉さまの決めた人だし」
双子の少女が言う。
彼女たちの名は髪を右側に丸めた方がレミ。左側をラミと言った。
「「私たちはお姉さまを信じるだけ」」
「……私は」
その時、灰色の髪の少女が初めて口を開いた。
とても小さな声であるが、それでも良く通る声だった。
「役職に興味はない。ツルギと同じくザーラの望むように動くだけ」
「相変わらずクールっすね。マイアさんは」
灰色の髪の少女に視線を向けて、ラックは苦笑を浮かべた。
「元傭兵のツルギさんもっすけど、元暗殺者の癖が全然抜けてないっすね」
「……いや。お前も元傭兵だろう。お前は抜けすぎだ」
ツルギが呆れたようにラックに告げる。と、
「……私もツルギやマイアと同じく役職に興味はありません」
パメラと呼ばれた白髪の女性が口を開いた。
全員が注目する。役職こそないが、彼女こそが七人のリーダー格だった。
「すべてザーラが決めることです。私たちはザーラのために存在しているのですから」
ただし、七人の真の主はザーラのみだ。それだけは変わらない。
パメラの台詞に全員が強く頷いた。
「だからこそ、いよいよ始まるのです」
一拍おいて、パメラは言葉を続ける。
「私たちの戦いが。私たちのザーラの願いを叶えるための戦いが」
パメラの言葉に全員が再び頷いた。
背を壁に預けていたツルギとマイア。椅子に座っていたラミとレミ、ルシア。元々立っていたラック。全員が立ち上がって動き出した。
パメラはそんな彼女たちに背を向ける。
そうして、
「では、参りましょう」
片腕を薙いで、パメラは同志たちと共に歩み出す。
「我らが愛する主の元に。今こそ獅子兵団の初陣です」




