第七章 放浪の騎士、再び➂
『フハハハハハハハハハハハハハ―――ッ!』
夜の街道に声が響く。
ガンガンガンと。
ゴーレムたちの拍手も響く。
黒衣の男も含めて、ジェイクたちは何も言えず沈黙していたが、
「あ、あのさ」
思い切ってジェイクが口を開いた。
「伯……じゃなくて白金仮面だっけか」
『フハハハ―――む?』
純白の鎧機兵がジェイクの方を見やる。
『どうしたかね? 少年』
「え、えっとさ」
ジェイクは顔を強張らせて問う。
「あんた、何しに来たんだ?」
『フハハハッ! 決まっておろう!』
大双刃を振るって言う。
『我が宿敵! 悪竜の騎士と相まみえんためよ!』
「……悪竜の騎士ってのがコウタのことなのは分かるけど……」
メルティアに抱き着いたアイリが眉根を寄せて尋ねる。
「……どうして? 別に戦う必要はないと思うけど?」
『ん? いや、それはシンプルな話だぞ。幼き少女よ』
伯爵……もとい白金仮面は答える。
『偶然にも我が宿敵がこの地に来たと聞いたのでな。ならば手合わせをしようと馳せ参じたということだ!』
(うわあ、この伯爵さま……)
ジェイクは再び顔を強張らせた。
要はこの伯爵さま。今回は小細工も策略もなしに真っ向から手合わせに来たのだ。
謀略や策略が得意なイメージがあったので、これは想定していなかった。
『だが、どういうことかね?』
純白の鎧機兵は周囲を見渡した。
街道沿いの森。待機する大型馬車。
少年少女たちと、御者らしき青年。
他には、はしゃいでいる小さな騎士たち。一人は何故か兜兎に乗っている。
ここに目的の少年はいない。
そしてそこら中に、倒れ伏す山賊どもの姿があった。
『察するに山賊に襲われ、返り討ちにしたようだが……ふむ』
鎧機兵はとある木の上に目をやった。
そこには黒衣の男が佇んでいる。
『問おう。貴公が山賊どもの頭目か?』
大双刃の切っ先を突きつける。
「さあな」
それに対し、黒衣の男は肩を竦めた。
「頭目ではないが、この場は任されたので私は頭目代行といったところか」
『そうか』
ブォンッと大双刃を振るう白い鎧機兵――《アズシエル》。
『実は己は鼻が利く。例えば強者の匂いなどな。ここにいるのは誰もが素晴らしい強者であることは分かるぞ。だがもう一つ』
《アズシエル》は両腕で大双刃の柄を握った。
一切の隙も無く黒衣の男を眼光で射抜く。
『貴公からは強者の匂いだけではない。混濁とした奇妙な匂いでもあるが、強烈な悪の匂いもする。さて』
一拍おいて、
『宿敵との手合わせを望んできたが、この白金仮面。悪を見逃すつもりはない』
「…………」
黒衣の男は無言だ。
一方、ジェイクたちは何とも言えない顔をしていた。
とりあえず味方をしてくれるようだが、これまでの行いを振り返ると、彼の善悪の基準とはなんなのだろうかと思っていた。
『投降を勧めよう』
「……有難い申し出だが」
黒衣の男は片手を上げた。
「お断りする。私が捕まっては拗ねてしまう女がいるのでな」
言って、パチンッと指先を鳴らした。
その直後のことだった。
不意に月明かりが何か巨大なモノに遮られたのだ。
『ッ! 避けろッ! 少年少女!』
白金仮面が叫ぶ。
その声と同時に全員が動いた。
リノは鋭く舌打ちして、メルティアとアイリに体当たりする勢いでぶつかって、そのまま二人を押し倒した。「……メルサマ! アイリ!」「……ヒメ!」と零号とサザンXが倒れた三人の前に立って壁と成った。
ジェイクは、唖然とする御者の青年の腕を掴んで力尽くで引き寄せる。
馬車の近くにいたアヤメは後方へ跳躍。
少し離れていたリッカとエルは腕を交差させて身構えた。
そうして、
――ズズゥンッッ!
いきなり馬車が破壊された!
上空から飛んできた巨大な物体に押し潰されたのだ。
木片や車輪が飛ぶが、幸い誰にもぶつかることはなかった。
濛々と土煙を上げて潰された馬車の上に立つのは一頭の熊だった。
――いや、正確には熊ではない。
その体躯は七セージルほど。背中には岩のような外皮を持っている。
――《甲熊》。
サザン近郊の森の奥に住まう魔獣の一種である。
岩の外皮を持つ巨熊は咆哮を上げた。
ジェイクたちは息を呑み、御者は「ひいいッ!」と頭を抱えて震えた。
『――魔獣だと!』
《アズシエル》が大双刃を薙いだ。
それは《甲熊》が後方に下がったために空を切る。
だが、元より生身の少年少女から引き離すための牽制だ。
唸り声を上げる巨熊を警戒しつつ、白金仮面は黒衣の男に向けて叫んだ。
『貴公ッ! よもや魔獣を操っているのか!』
「操っているとは違うな」
黒衣の男は言う。
同時にのそりと木々の間から巨大な影が現れた。
黒い体毛に覆われた六セージルほどの巨大な猿。
これも魔獣。名を《暴猿》といった。
魔猿は右掌を上に向けて黒衣の男の方に差し伸べた。
黒衣の男は魔猿の掌に降り立った。
「彼らはただ私のことをとても大切に思ってくれているだけだ」
『……戯言を』
強く大双刃の柄を握る《アズシエル》。
「いずれにせよ、私はそろそろお暇させていただくよ。これ以上ここで暴れて、姫君の反感を買うことだけは避けたい」
黒衣の男がそう告げると、《暴猿》が咆哮を上げて跳躍した。
木々を越えて森の奥へと消えていく。
『――待て!』
《アズシエル》が追跡しようとすると、
「ガアアアアアアアアッ!」
咆哮と共に《甲熊》が突進してきた。
白金仮面は舌打ちする。
そして、
『―――フッ!』
――ザンッ!
一刀のもと、《甲熊》を両断する!
白金仮面は珍妙な姿、奇行をしようと、操手・機体ともに《九妖星》にそう劣らない実力を有している。十セージル級にも至っていない魔獣など敵ではない。
しかし、出遅れてしまった。
『そこの少年!』
白金仮面はジェイクに向かって叫ぶ!
『己はあの者を追う! ここは頼むぞ!』
「あ、ああ。分かった!」
ジェイクは頷いた。
直後、《アズシエル》は跳躍した。
運が良ければ追いつけるだろう。
「……どういうことだよ」
両断された《甲熊》の死骸に目をやりつつ、ジェイクは呻く。この場を任されることを即座に承諾したのは、ジェイクもこの異常性に危機感を覚えたからだ。
「……オルバン」
神妙な声を掛けて、ジェイクに近づいてきたのはエルだ。
隣には困惑した顔のリッカとアヤメもいる。
御者の青年は腰を抜かしてまだ立てず、メルティアたちはゴーレムたちに手を引かれて立ち上がったところだった。
「私はこの国のことをよく知らないのだが……」
エルは眉をしかめた。
「この国では魔獣を使役する技術があるのか?」
「いや。聞いたこともねえよ」
ジェイクは拳を固めた。
「これまでそんなことが出来た奴なんて一人もいねえはずなんだ」
だからこそ、危機感を覚えたのだ。
それはあり得ないことだったからだ。
白金仮面……サザン伯爵も同じ危機感を覚えたのだろう。
ゆえに、コウタと仕合うという目的も置いてまであの男を追ったのだ。
――あの黒衣の男を。
「……ありゃあ、一体何モンなんだ?」
ジェイクの問いに答えられる者はいなかった。




