第六章 暗闇に潜む女獅子③
コウタたち一行は早速サザンを後にした。
王都パドロへと続く門から、大型馬車で街道に出る。
街道は整地されているが、両脇は深い森で覆われている。
その光景に、コウタたち――エリーズ国に住む者は懐かしさを感じた。
まさに森の国は今も健在だと思う光景だった。
「懐かしいですわ」
生まれも育ちもエリーズ国であるリーゼが外の光景を見て呟く。
「もう何年も帰って来てなかったような気がしますわ」
「ああ。そうだな」
ジェイクも言う。
「実際のところはまだ三ヶ月ぐらいなんだがな」
「……いや。ジェイクはもう少し長いでしょう?」
と、コウタがジェイクに目をやって告げる。
ジェイクは一瞬キョトンとするが、
「あ。なるほど」
愛する少女と宝珠で過ごした日々を思い出す。
「けど、それを言うのなら、マジでコウタは久しぶりか」
「……うん」
コウタの体感ではおよそ四年ぶりの帰国になる。
騎士学校もとっくに卒業するような期間だ。
流石にしばらくは、あの宝珠を使いたくないと思った。
ちなみにだが、かの宝珠は、自分は最後でいいと進言したリッカと、どうせまだ早いからと不貞腐れているアイリを除いた、エル、リーゼ、アヤメの三名による厳正なジャンケンの結果、現在、リーゼが所有していたりする。
ただ、彼女はどうにも切り出せずに足踏みしている状態だった。
エルとアヤメには常に催促もされているので非常に悩んでもいた。
――そう。景色を懐かしむ今も内心では悩んでいるのだ。
(メ、メルティアは一体どうだったのでしょう……)
リーゼは、コウタの隣に座るメルティアにこっそり視線を向けた。
今のメルティアは凄く自然な雰囲気だ。
いつものようにコウタの右隣にいる。左隣にはリノもだ。
本当に彼女たちはコウタと結ばれたのだろうか。
結ばれたのなら、リノはともかく、メルティアの方はもっとテンパるのではないか。
異界で一ヶ月も過ごしたら落ち着くのも分からなくもないが……。
(……わたくしは……)
胸元に手を当てる。
(悪竜の花嫁です。贄として喰らい尽くされる覚悟は出来ております。けれど)
小さく嘆息する。
完璧な淑女たる彼女とてコンプレックスはあるのだ。
例えば……。
(……う)
リーゼはメルティアとリノの豊かな双丘に目をやって内心で唸る。
コウタと結ばれたという二人の花嫁。
彼女たちに比べると、自分はあまりにも慎ましい。
他の悪竜の花嫁たちもだ。
自分よりも慎ましいのは、まだ幼いアイリぐらいである。
これはかなりのコンプレックスだった。
もし、彼にがっかりされたらと思うと――。
(……ううゥ)
それが、彼女が中々踏み出せない理由の一つでもあった。
(ですが、このままではいけませんわ)
正直、期間を開けるのは悪手だ。
リノによって運命は確かに確定されたかもしれない。
しかし、ここで大きく出遅れると、コウタの性格だと、メルティアとリノの二人だけで止まってしまう可能性もまだ大いに有り得るのだ。
逆説的に言えば、結ばれる花嫁が多いほど運命はより安定していくとも言える。
やはり、ここは勇気をふり絞らなければならないところだった。
少なくとも、今夜中には……。
(そう。今夜には……)
微かに喉を鳴らして、窓の外を眺めるリーゼだった。
そうして――。
夜。
コウタたちは街道沿いに馬車を停車させて野営をしていた。
少し森の奥に入り、そこで火を点けて焚火をたく。
王女さまであるエルも意外と野営には慣れたものでテキパキと手伝った。
御者にも食事を振る舞い、皆で夕食も済ませた。
そのまま御者の青年は馬たちの面倒をみるため、馬車に戻った。
森の奥からもその様子は窺える。
ちなみにゴーレムたちもボエトロンと一緒にその場にいた。
サザンの近郊には山賊が出ることもある。
今夜は彼も含めて、ゴーレムたちが寝ずの番をしてくれるという話だった。
ややあって少し落ち着いた。
「いよいよ明日か」
岩や倒木の上に座って皆で焚火を囲んだ中、ジェイクが言う。
「うん」コウタが頷く。
「いよいよ明日にはパドロに到着するよ」
久しぶりの故郷の街である。
コウタたちには哀愁が溢れていた。
一方でエル、リッカ、アヤメは興味の方が強いようだ。
「コウタの故郷か」
興奮気味にエルが呟く。
「楽しみだな。どんな街なのか」
「うん。到着して落ち着いたら案内するよ」
と、コウタは笑って言う。
ただ内心ではかなり悩んでいたが。
(……メルのこと、ご当主さまにちゃんと説明しないと)
説明――いや、説得しなければならない。
立場的にはコウタはアシュレイ家のただの使用人なのだ。
そんな人物が、アシュレイ家のご令嬢に手を出してしまった。
ゴシップにされても仕方がない話だった。
その上、リノのこともある。
コウタが愛したもう一人の少女。
一体、どう話せばいいのか全く分からなかった。
兄のように「彼ならば嫁さんが沢山いても不思議ではない」といった謎の説得力を持たせるだけの人間力がコウタにはまだなかった。
そんな彼の悩みは、実のところ、悪竜の花嫁たちには筒抜けだった。
「(……コウタの奴、悩んでおるのう)」
「(……ええ。仕方がないことでしょう)」
と、リノとメルティアが小声で話す。
この程度の心情が読めないようでは花嫁たる資格はない。
当然、まだ結ばれていない花嫁たちも――。
「(……どうするの? リーゼ?)」
アイリが隣に座るリーゼの顔を見て尋ねる。
ちなみにアイリ、リーゼ、エルとアヤメは並んで倒木に座っていた。
リッカだけは彼女の正面の岩に腰を下ろしている。
「(……コウタ、悩んでいるよ。まだたった二人なのに)」
「…………」
リーゼは無言だ。ただ膝の上で重ねた両手に少し力が籠る。
「(リーゼ=レイハート)」
エルが言う。
「(悩むコウタを気遣う気持ちは分かるが、正直なところ、二人目から長く間を空けるのはマズイと思うぞ……)」
少し唇を強く噛む。
「(機を見誤れば勝機を失うぞ。コウタが今、悩んでいるのがその予兆だ)」
「(腰が引けてるのなら、私と代わる、のです)」
アヤメが片手をリーゼに差し出して言う。
「(私なら押し切れるのです。さあ)」
真剣な眼差しで掌を大きく広げる。
そんな少女たちの様子をリッカは静かに見守っていた。
「………」
リーゼはまだ無言だった。
けれど、おもむろに片手を胸元に当てて強く拳を作る。
そうして、
「あの、コウタさま」
立ち上がって、リーゼはコウタを真っ直ぐ見据えた。
「どうやらお悩みのご様子です。宜しければ、わたくしと少し森の中でも歩いてお話をいたしませんか?」
そう告げた。
エルたちは、メルティアとリノも含めて目を見開いた。
――そう。
リーゼ=レイハート。
今こそ勇気をふり絞る時。




