第六章 暗闇に潜む女獅子①
朝。
コウタたちは宿の一階の食堂にいた。
メルティアだけは人見知りのため、部屋にまでアイリとゴーレムたちが朝食を運んでそこで食事をしているが、彼女とアイリ以外は、もしゃもしゃと床に置かれた皿の野菜を無心に頬張るボエトロンも含めて全員がいる。
大きなテーブルを囲んで、
「とりあえずさ」
パンにスクランブルエッグという簡単な朝食を取りながら、コウタは言う。
「出来るだけ早く出立したいと思っているんだ」
昨日からコウタは嫌な予感を覚えていた。
少しでも早くこの街を出るべきだ。そう直感が訴えていた。
「まあ、そうだな」
パンを一口かじり、ジェイクも同意する。
「もし妹さんから昨日のことを聞いていたら、あの伯爵。何か仕掛けてきそうだしな」
「そうなのか?」
スクランブルエッグをパンに乗せて、エルが言う。
「元々の予定は昼に街を出るのだろう? 私としては初めて見る街だったから、少し見物でもしたかった……」
「お気持ちは分かりますが、サザン伯爵は――」
リーゼが苦笑を浮かべた。
「これまでのことから鑑みると、かなり破天荒な方ですわ。アイシャさんからお話が伝わっているか分かりませんが、ここは急いだ方がよいかと思いますわ」
「まあ、確かに破天荒な奴よのう」
そう告げるのはリノだった。
「コウタたちの話もそうじゃが、昨日、街中で聞いた噂はな」
リノの台詞に全員が何とも言えない顔をした。
「これのことですね」
そんな中、リッカが何故かゴーレムの代わりにボエトロンに騎乗しているぬいぐるみを手に取った。それは白い騎士のぬいぐるみだった。
それを両手で掴み、リッカはポツリと呟いた。
「白金仮面……」
それは最近、サザンにて活躍する放浪の騎士らしい。
悪党が現れると、どこからともなく現れて退治するそうだ。
その姿はまさに正義の味方のようで子供たちには大人気だそうだ。
街中にヘルムを被った子供が多かったのもそれが理由だ。
このぬいぐるみもグッズの一つである。
雑貨屋で見つめたゴーレムたちが面白がって購入をせがんだのだ。
だがしかし。
「……センスが絶望的、なのです」
リッカの隣に座っていたアヤメが、リッカからぬいぐるみを取って言う。
まじまじとぬいぐるみを凝視して、
「破天荒がすぎるのです。いつの時代なのです? 今時こんな姿でうろつくなんて正気の沙汰じゃない、のです」
と、酷評する。
「「「……………」」」
コウタ、ジェイク、リーゼ。
サザン伯爵の奇行を知る三人は無言だった。
同意すぎてこれには何も言えない。
ただ気になることもある。
「その悪党退治、流石に自作自演ではありませんわよね?」
リーゼがその可能性を口にした。
「それはないと思うよ」
それにはコウタが答えた。
「剣を交えたから伯爵のことも少しぐらいは知っているよ。今までのことからして、自作自演はかなり好きそうだけど、これぐらいの大都市なら犯罪者も多いだろうし、どちらかというと武者修行のつもりなのかもしれない」
「いや、けどよ」ジェイクが言う。
「あの兄ちゃんのレベルだと小悪党退治なんぞ修行になんのか? 多分、エリーズ国や皇国の上級騎士よりも強いぞ」
「う~ん。そうだね」
コウタは眉根を寄せた。
「確かに伯爵さまは強いよ。その戦闘センスはずば抜けている。どこで手に入れたのか愛機も《九妖星》クラスだ」
一拍おいて、
「だから修行の一環ってつもりなのかも。特に対人戦の。一人一人は弱くても、武器を持った複数人を同時に相手するのって結構な経験にはなるから。まあ、それ以外にもこっそり魔獣狩りとかしてそうだけど」
「コウタ。そいつは伯爵なんだろう?」
エルがコウタに目をやって小首を傾げた。
「どうしてそこまで力を求めるんだ? 武を重視する私の国でも伯爵クラスならどちらかと言えば文官の方が多かったのだが……」
そう指摘され、コウタ、リーゼ、ジェイクの三人は顔を見合わせた。
「そういえば、あの兄ちゃん、どうしてあんなにハジけてんだ?」
「社交界では知的な紳士で有名な方なのですが……」
と、ジェイクとリーゼが言う。
コウタは「う~ん」と頭を悩ませてた。
こればかりは分からない。
「きっと武芸が趣味なんじゃないかな」
そうとしか言えなかった。
何気にそれが趣味であるエルとリッカは「なるほど」と納得していた。
いずれにせよ、これまでの伯爵の行動を鑑みると、武芸に人一倍こだわりを持つ伯爵さまはコウタを好敵手として見初めているように思えた。
だからこそ、あんな仮装までして母校の新徒祭に乗り込んで来たのだろう。
コウタにとっては本当にはた迷惑なことだったが。
「兎にも角にも今すべきことは」
コウタは残りの朝食も一気にかき込んだ。
よく咀嚼して水も呑み、
「伯爵さまが動き出す前に出立したい。はっきり言っておくよ」
コウタは真剣な顔でこう告げた。
「ボク、こういう時って絶対トラブルに巻き込まれるから」
それは何とも悲しくなるぐらいに。
自分のことをよく理解しているコウタだった。




